ええじゃないか第二十一回 晋八は腕を組んで考えた
晋八は腕を組んで考えた。だが、俄には何も思い浮かばない。
ふと、乙吉の様子が目に入った。一分金を弾き、他の一分金を弾き飛ばしている。そうして畳の上を滑っていく一分金は、また他の一分金にぶつかり、さらに他の一分金にぶつかり......と、たった一回、一つの一分金を弾いただけで、けたたましい騒ぎになっていた。
もしかして。
「こういうことか? 海老で鯛を釣る、ってやつか。祭りが開かれたら困る連中がいて、そいつらに揺さぶりをかけているのか」
ましらは薄汚れた袖を揺らして何度も手を叩いた。
「いいねいいね。そうだよ、そういうこった。村で祭りを開かれたら困る連中......そいつぁ誰だろうね」
「町方か。人足が出づらくなるし、村の作物も出なくなる。そうなりゃ、町が干上がる」
「ああ。その通りだ。今頃、町方は相当困っているところだろうよ。どの村も祭りで休んじまってて動かないんだからね。今が丁度いいところかね。町方の力あるお歴々に、こう吹き込みに行くんだ。あたしたちなら祭りを辞めさせることができる、ってね」
「そんなこと、できるのか」
もっともな晋八の問いに、できるわけないだろ、とましらは答えた。
「祭りってのはいつか終わるもんさ。それに、村方だって馬鹿じゃない。手前らが働かないとおまんま食い上げちまうのは手前が一番弁えてるところだろう。この祭りは、放っておいてもいつか必ず終わるのさ」
「つまるところ、いつか終わる祭りを脅しの種に、銭を巻き上げると」
「脅すなんて人聞きが悪いよ。あたしは親身に悩みを訊いてやるだけさね。貰った銭は相談料みたいなもんさ」
うそぶくましらを前に、晋八は唸った。
「なるほどね。だが、まだ解せねえ。まだ、おめえのいう大博打には程遠い気がするんだが」
町方への脅しは手堅く儲かる代わり、痛い目を見ることがない。博打は手前が痛い目を見ることがあるからこそ止められねえ、という、いつだか出会った博打狂いの言葉が不意に晋八の耳奥に蘇った。
晋八の顔を覗き込んだましらは、途端に不機嫌な面に変じた。
「あんた、ほんとにここで察しがよくなっちまったねえ。あんたの馬鹿面に講釈垂れるのがあたしの楽しみだったんだが。まったく、頭が軽そうなのが気に入って拾ったとこもあったんだが、案外地の頭がよかったのが想像の埒外だったね」
どうやら図星だったらしい。
「誉められてるんだか馬鹿にされているんだかわからねえが、婆、いい加減伏せ札を見せやがれ。てめえ、何を考えてる」
首の辺りを掻いたましらは、歯のほとんど残らぬ口元を不敵に緩めた。
「村方、町方に手を回したとなりゃ、次に手を回すのは決まってるだろう。お武家さんだよ」
「お武家――、ってことは、吉田家中か」
「ご名答」ぱちぱちとましらは手を叩いた。「今、吉田はまあまあな騒動になってるだろ。となりゃ、きっと御公儀の御庭番辺りが動く」
「御庭番ってあれか? 大樹様直下の忍びだっけか。本当に御庭番が動いてるのか?」
ましらはひらひらと手を振った。
「違うよ。大事なのは、〝本当に御庭番が動くか〟じゃない。〝御庭番が動きそうな様子だ〟ってことだ。本当に御庭番が動いているかどうかなんて知らないよ。でも、今、吉田領には御庭番が忍び込んでいても不思議じゃない有様だ。もし村方と町方がこんなことになっている最中、御庭番を名乗る男が吉田城に上がったら、どうなると思う」
ようやく、晋八にもましらの考えが見えてきた。つまるところ――。
「吉田家中相手に、金を巻き上げようって肚か」
曰くありげにましらは頷いた。それが答えだった。
Synopsisあらすじ
――それは、江戸と京を結ぶ東海道のど真ん中で起こった。
慶應三年五月。三河国浜松宿に一つの影が落ちた。無宿人の晋八。「憚りのある旅」で、江戸から逃げてきた。
慶應三年六月。同じく浜松宿に二つの影が落ちた。和多田権兵衛と息子・市之丞。この先の吉田宿に不審あり、調べるべしとの大命を携えた御庭番の親子である。
晋八は浜松で得たおかしな二人連れと、市之丞は御用町人の娘を供に、吉田宿に辿り着き、奇妙な光景を目の当たりにするのであった。
* * *
江戸時代最後の年に起こった史上最大の騒乱「ええじゃないか」。煽る者、翻弄される者、機に乗じようとする者、真理を見定めようともがく者。巨大な時代のうねりの中で、彼らが見たものとは――
Profile著者紹介
1986年東京都生まれ。駒澤大学文学部歴史学科考古学専攻卒。第18回歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝 狩野永徳』でデビュー。著書に『蔦屋』『曽呂利!』『奇説無惨絵条々』『廉太郎ノオト』『絵ことば又兵衛』『西海屋騒動』『北斗の邦へ翔べ』などがある
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