ええじゃないか第十五回 ふぅん、しみったれた村だね
「ふぅん、しみったれた村だね」
ましらは田んぼの真ん中に寄り合う王西村の集落を見遣り、そう口にした。
建物そのものは二十軒は軒を連ねている。村の中心にある大きな屋敷は名主のもの、その近くに寄り集まっているのは本百姓、少し離れたところに点在する小さな屋敷は小作人のものだろう。決して安普請の家々ではなかったが、子細に見てみると、茅を葺き替えていない様子の屋敷がいくつかある。それに、村の一角を占める竹藪も人の手が入っていないのか野放図に広がり始めているようだった。
「しみったれた、ってよか、手入れが行き届いてねえ感じがするな」
村の中に入った。だが、屋敷地には人の気配がなかった。先に田んぼの畦道を歩いていたときにも人の姿をほとんど見なかった。
「村人はどこに居るんだ」
「さあてね」
ましらと晋八が顔を見合わせていると、乙吉が耳に手をやり、明るい表情を浮かべた。
「おい、乙吉、どうした」
乙吉は答えず、村の端にある森へ、一目散に駆けていった。
ようやく、晋八も気づいた。
村の端にある、こんもりと葉の生い茂る森から、祭り囃子が聞こえる。
おかしいね、とましらは言った。
「今、七月だろ? 夏祭りにしちゃ真っ昼間からやっているのは変だし、秋祭りにしちゃ気が早い気がするね。一体全体どうなってるんだ」
晋八たちも乙吉の跡を追い、森の中へと入った。
果たしてそこは鎮守の杜だった。廻りを壕で囲まれた薄暗い森の入り口には鳥居が立ち、その奥には小さなお社がでんと構えていた。だが、この日は杜全体をぐるりと取り囲むように鯨幕が張られ、杜の中央、お社の前庭に当たるところで、普段着の老若男女が裾をからげ、篝火を取り囲んで乱舞していた。その脇では、やはり村人なのだろう、ねじり鉢巻きをした男たちが横笛を鳴らし、太鼓を力任せに叩いている。その様子を眺める者たちは、餅を食い、真っ昼間から酒を飲み干して顔を真っ赤にしていた。そんな祭りの様子が、木漏れ日の中に浮かび上がっていた。
奇妙な感じがした。最初、晋八はなんとなく覚えた違和感に形を与えることが出来ずにいたものの、しばらく祭りの様子を眺めているうちにその正体に行き当たった。
この祭りには、秩序がない。
大抵の祭りには概ねの段取りがあるものだし、流れる囃子にもお約束がある。だが、この祭りから、そういったものを感じ取ることが出来なかった。村人は気ままに踊り、笛を吹き、太鼓を鳴らし、酒に酔っている。そこに秩序はまったくない。
どうなってる――。しばし杜の入り口で戸惑っていると、村人に声をかけられた。
「旅人の方ですか」
年の頃二十ほどの若衆だった。既にかなり酒を飲んでいるのか顔は真っ赤で、ねじり鉢巻きに裾をからげた普段着、衿はすっかりくつろげた、裸足に下駄といったご機嫌そのものな姿をしている。
そうだが、と答えると、若者は晋八たちに升酒を勧めた。その酒を受け取って一気に飲み干した晋八は、若者に聞いた。
「なんだい、この祭りは。この村の伝統のものかい」
すると若者は首を横に振った。
「いや、にわか開きのお祭りなんですよ」
「にわかの祭りぃ?」
「へえ。数日前、伊勢外宮の御札が降ったんでさ」
Synopsisあらすじ
――それは、江戸と京を結ぶ東海道のど真ん中で起こった。
慶應三年五月。三河国浜松宿に一つの影が落ちた。無宿人の晋八。「憚りのある旅」で、江戸から逃げてきた。
慶應三年六月。同じく浜松宿に二つの影が落ちた。和多田権兵衛と息子・市之丞。この先の吉田宿に不審あり、調べるべしとの大命を携えた御庭番の親子である。
晋八は浜松で得たおかしな二人連れと、市之丞は御用町人の娘を供に、吉田宿に辿り着き、奇妙な光景を目の当たりにするのであった。
* * *
江戸時代最後の年に起こった史上最大の騒乱「ええじゃないか」。煽る者、翻弄される者、機に乗じようとする者、真理を見定めようともがく者。巨大な時代のうねりの中で、彼らが見たものとは――
Profile著者紹介
1986年東京都生まれ。駒澤大学文学部歴史学科考古学専攻卒。第18回歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝 狩野永徳』でデビュー。著書に『蔦屋』『曽呂利!』『奇説無惨絵条々』『廉太郎ノオト』『絵ことば又兵衛』『西海屋騒動』『北斗の邦へ翔べ』などがある
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