山の上の家事学校第33回

 連休中のアミューズメントパークは、恐ろしいほどの人だった。
 人に酔いそうになりながら、ぼくは和歌子や仁太朗たちと一緒に、施設をめぐった。仁太朗が、ぼくを誘った理由もすぐにわかった。
 大人がひとり加わるだけで、道中は少し楽になる。買い物を担当することもできるし、ふたりが子供たちを連れてトイレに行っている間に、荷物やベビーカーを見ていることもできる。亮太がいきなり走り出したときに、追い掛けることもできる。もちろん、へとへとにはなるが、ひさしぶりに子供に振り回されるのも悪くない。
 仁太朗が、すっかりベビーカーに飽きた茜を抱きながら言った。
「すみません。本当にいろいろ助かりました」
 空のベビーカーを押しながらぼくは笑った。
「いやあ、楽しかったです」
 仁太朗と和歌子の疲労感は、ぼくなどと比べものにならないだろう。しかも、彼らは昨日もUSJで過ごしている。
 一日半、たっぷりと遊んでくたびれた子供たちを連れて、ぼくの住むマンションに移動する。さすがに疲れたらしく、茜はベビーカーで眠り込んでしまったから、ぼくはベビーカーを仁太朗にまかせて、荷物の詰まったスーツケースを担当することにする。
 帰りの電車で、ぼくは和歌子に山之上家事学校の話をした。彼女が勧めてくれたことにはとても感謝している。
 猿渡から聞いた話を、ぼくは和歌子に話した。
「正直、いまだにそんな家があるんだなと思ったよ。うちはそんなことなかったよな」
 和歌子からは同意の返事がもらえるものだと思っていたのに、彼女はなぜか微妙な顔をした。
「お兄ちゃんにはそんなふうに見えてたんだ」
「え......?」
「確かに、お母さんは、お父さんやお兄ちゃんにだけおかずを一品多く作ったりはしなかったよ。でも、お兄ちゃんは私立の四年制大学に行っているのに、わたしは短大にしか行かせてもらえなかった」
 そのことばに、ぼくは息を呑んだ。
 ぼくは和歌子が望んで、短大に行ったものだとばかり思っていた。
「小学校くらいからお父さんにずっと言われていたよ。おまえは短大くらい出ればいいって。お兄ちゃんは『いい大学に行け』って発破を掛けられているのに。そりゃあ、わたしだってめちゃくちゃ勉強が得意だったわけじゃないから、納得はしたけど、でも、もやもやは残った。どうして、わたしはお兄ちゃんと同じくらい頑張れって言ってもらえないんだろうって。その方が楽だと思ったことはあったし、それでお兄ちゃんを恨んでるわけではないけど、でも、やっぱりまったく同じだったわけじゃないよ」
「ごめん......」
「うん、それに関してはお兄ちゃんが悪いわけじゃない。それはわかってる。だからわたしは茜と亮太の間に差はつけたくないと思ってる。女の子だから、このくらいでいいなんて思わないようにしている」
「うん......」
 愕然とするしかない。ぼくにはなにも見えていなかった。一緒に暮らしていた家族のことさえも。
 大学に行ったぼくと、短大だった和歌子とは明白な扱いの差があったのに、それを和歌子が選んだことだと信じ込んでいたのだ。

山の上の家事学校

Synopsisあらすじ

ゴミがたまってきた。布団もしばらく干してない。もう、こんな生活うんざりだ……。ある日、仕事から帰ってくると、妻と娘は家を出てしまっていた。すさんでいく生活を見かねた妹から紹介されたのは――家事を習いたい男性のための学校? そこには、様々な事情を抱える生徒たちが通っていた……。

Profile著者紹介

1969年大阪府生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業。93年『凍える島』で第4回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。2008年『サクリファイス』で第10回大藪春彦賞受賞。著書に「ビストロ・パ・マル」シリーズほか、『歌舞伎座の怪紳士』『たまごの旅人』『シャルロットのアルバイト』など。

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