山の上の家事学校第9回

 食事は、生徒だけでなく、岡村先生や花村校長も一緒だった。
 花村校長はハンバーグを一口食べて、柔らかい笑顔を浮かべた。
「よくできていますよ。とてもおいしいです」
 サラダを食べて驚く。レタスにプチトマトを添えただけのなんの変哲もないサラダだが、レタスがしゃきしゃきして、それにドレッシングがうまく絡んでいる。自分がこれまで作ったことのあるサラダと全然違い、外食で食べるサラダみたいだ。
 氷水に晒(さら)し、サラダスピナーで水気を切ってから、食べる寸前まで冷やし、そして食べる寸前に丁寧にドレッシングと和える。それだけでこんなに違うのだろうか。
 もちろん、毎日、自分が食べるためだけにはそんなことまでしない。だが、誰かにおいしく食べてもらいたいと思ったとき、知識があれば、同じ材料でもよりおいしく作れるのだ。
 ハンバーグも柔らかくてとてもおいしかった。ソースにウスターソースを足したことで、ごはんととても合う。
「煮込みハンバーグだと、少し早めに作っておいて、家族が揃ってからあたためても、おいしく食べられますからね」
 なるほど、だから煮込みハンバーグなのか。普通のハンバーグなら、やはり食べる寸前に焼く方がいい。
 ここは料理教室ではない。先ほどの白木のことばを思い出す。おいしい料理を作る技術も教わるが、日常的に料理を作れるようになるための教室なのだ。
 食べ終えると、校長がぼくと猿渡に言った。
「後片付けは、三人で手分けしてやることになっているの。みんなと相談して、不公平のないように、後片付けに参加してね」
 白木と鷹栖が食器を集め始めたから、ぼくは手を上げた。
「あ、ぼくもやります。早く慣れたいんで」
 食べ終えた食器をトレイにのせて、厨房に持って行く。八人分はさすがに多い。
「わたしが洗いますよ。仲上さんは食器のある場所を覚えた方がいいので、食器をしまう係を担当するのがいいんじゃないですか?」
「じゃあ、俺が拭きながら、仲上さんに食器の場所を教えるよ」
 鷹栖は油ものとそうでないものを分け、飯椀とスープカップから洗い始める。最初はすることがないので、鷹栖の手元を後ろから見る。
 白木は布巾で丁寧に水気を拭いていく。
「別にひとつひとつしまわなくてもいいよ。いくつか溜まったところで」
「わかりました」
 飯椀の場所は先ほど覚えた。四つをまとめて棚にしまう。白木が言うのが聞こえた。
「ここは上下関係なんかないし、敬語じゃなくてもいいよ」
 ぼくは残りの四つを手に取りながら言う。
「でも、鷹栖さんは敬語ですよね」
「わたしはその方が話しやすいんですよ。どちらを強制されることもないんです。相手に失礼なことさえ言わなければね。丁寧語を使いたければ使えばいいし、気楽に喋りたければ喋ればいいんです」
 ぼくは、少し考えた。やはり敬語の方が今は話しやすい。もう少し親しくなれば変わるのかもしれないが。
 食器を片付けていると、校長が厨房にやってきた。
「仲上さんって、車の運転はできたわよね」
「はい、できます」
「じゃあ、後で買い物に行ってくれる? 猿渡くんと岡村先生と」
 生徒が猿渡と二人ということは、これも実習の一環なのだろう。ぼくは頷いた。
「わかりました」

山の上の家事学校

Synopsisあらすじ

ゴミがたまってきた。布団もしばらく干してない。もう、こんな生活うんざりだ……。ある日、仕事から帰ってくると、妻と娘は家を出てしまっていた。すさんでいく生活を見かねた妹から紹介されたのは――家事を習いたい男性のための学校? そこには、様々な事情を抱える生徒たちが通っていた……。

Profile著者紹介

1969年大阪府生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業。93年『凍える島』で第4回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。2008年『サクリファイス』で第10回大藪春彦賞受賞。著書に「ビストロ・パ・マル」シリーズほか、『歌舞伎座の怪紳士』『たまごの旅人』『シャルロットのアルバイト』など。

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