山の上の家事学校第11回

 レジに並びながら考える。
 昔も鈴菜に頼まれて、買い物に行ったとき、頼まれたものが売っていないことがあった。ぼくはそのとき、「代わりになにが必要か」なんて考えたことがなかった。ただ、なかったのだから仕方ないと考えて、なにも買わずに帰ってきた。
 たぶん、「言われたことをやればいいだけで、後は鈴菜が何とかする」と思っていたのだ。そのくせ、ちゃんと家事を分担しているつもりでいた。
 さきほど、葉付きの蕪がなかったとき、味噌汁の具をどうするかということを考えたのは、代わりのものを買っていかなければ、自分の失敗になると思ったからだ。
 労力が大きく違うわけでもないし、知識が増えたというわけでもない。ただ、違うのは責任感だ。
 家事学校の仲間は家族ではないから、甘えることなどできないし、調理実習でてきぱき働く彼らを見ると、自分も情けないところは見せたくないと思う。
 自分があまりに現金な気もするが、それでも変わりたくてここにきたのだ。変われないよりは、変わることに前向きになれた方がいい。
 ふと思った。猿渡がどこか意固地なのは、彼が自分で望んで、家事学校に通い始めたわけではないせいもあるのだろう。保護者の希望だと言っていた。
 レジで支払いを済ませて、エコバッグに買ったものを詰めた。
 サッカー台の端で、先生と猿渡がなにか話しているのが見える。
「どうしてこれじゃダメなんですか?」
 猿渡の食ってかかるような声が耳に入る。
「猿渡くんが自分で買い物するならこれでいいんだけどね。七人分となれば、やはり割高だよ」
「でも、その分、労力が減りますよね」
 近づいて理解した。猿渡の持っているカゴには、パックに入った千切りキャベツが何袋も入っていた。
 ぼく自身もよく買うから、値段も知っている。一袋百円前後。七人分だと少なく見積もっても五袋か六袋必要だろう。
「学ぶための学校だから、労力を減らす必要はないんだよ。調理の時間は、時間割に組み込まれているからね」
「それでも手間がかからない方がいいでしょう」
 猿渡は引き下がらなかった。
「千切りの練習をしたい生徒もいるかもしれない。あらかじめ千切りになっているものだと、彼らが練習する機会を奪ってしまう」
 猿渡はしぶしぶカゴを持ち上げた。
「わかりました。でも、俺は絶対千切りなんてしませんよ」
 彼が行ってしまうと、先生はぼくの方を見て、ちょっと笑った。
「彼はなかなか頑固だね。家事にできる限り労力を割きたくないようです」
「彼の家では外注していたって聞きましたよ」
 ぼくがそう言うと、先生は少しだけ眉間に皺を寄せた。
「そうなのか。でも、じゃあどうして、ここにこようと思ったんだろうな」
 料理教室なら、趣味で通っている男性は珍しくないだろうが、家事学校となると、存在すら珍しいし、男性で通おうと思う人間も、子供を通わせようと思う親も滅多にいないだろう。
 それでも、猿渡の保護者はそうしようと考えた。
 猿渡は、ただ、それに反発しているだけなのだろうか。
 会計をすませて、キャベツを一玉カゴに入れた猿渡が戻ってくる。先生は鞄を肩にかけ直した。
「さあ、詰めたら学校に帰りましょう」

山の上の家事学校

Synopsisあらすじ

ゴミがたまってきた。布団もしばらく干してない。もう、こんな生活うんざりだ……。ある日、仕事から帰ってくると、妻と娘は家を出てしまっていた。すさんでいく生活を見かねた妹から紹介されたのは――家事を習いたい男性のための学校? そこには、様々な事情を抱える生徒たちが通っていた……。

Profile著者紹介

1969年大阪府生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業。93年『凍える島』で第4回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。2008年『サクリファイス』で第10回大藪春彦賞受賞。著書に「ビストロ・パ・マル」シリーズほか、『歌舞伎座の怪紳士』『たまごの旅人』『シャルロットのアルバイト』など。

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