そして誰かがいなくなる第43回


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 林原凛は安藤の顔を見つめた。
「安藤さんのほうが偽者――?」
 天童寺琉が「そうです」とうなずいた。「僕らは"御堂勘次郎"が本物か偽者か悩み続けてきました。それが間違いだったんです」
 安藤が当惑の表情でかぶりを振った。
「一体何を言い出すんですか、天童寺さん」
「安藤さん――正体が分からないので、今は"安藤さん"と呼ばせてもらいますが、あなたは仁徳社の担当編集者になりすました第三者です・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。だからこそ、御堂さんとの会話が食い違ったんです」
「馬鹿なことを言わないでください。僕は正真正銘、仁徳社の安藤です」
 天童寺琉は面々を見回した。
「今までに安藤さんとお会いしたことがある方はいますか?」
 全員が顔を見合わせ、静かに首を横に振った。
「そういえば――」錦野光一が言った。「俺らが御堂さんにスマホを預けたとき、安藤さんが結構抵抗したんですよね。担当作家から急を要する連絡があるかもしれない、ってもっともらしい理由を口にしてましたけど、編集者にしては食い下がるな、って」
 天童寺琉が答えた。
「スマホはもちろん本物の安藤さんのものではなく、自分のものなので、それを手放すことにためらいがあったんでしょう」
 疑念が籠もった眼差しが一斉に安藤に向く。
 錦野光一が問い詰めるように言った。
「スマホ、見せられますか?」
 安藤は一歩後退した。
「......プライバシーですから」
「本人だったら、ちょっと確認させるくらいはできるでしょう?」
「スマホは見せられません」
 今度は錦野光一が一歩踏み出した。
「多対一です。強引に確認してもいいんですよ」
「それは――」
「素直に提出・・するべきじゃないですか」
「まあまあ」天童寺琉が割って入った。「そういきり立たずに」
「しかし――」
「安藤さんが本物かどうか、確認することは簡単にできます。僕らは自分たちのスマホを取り返したんですから」


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 仁徳社編集部に泊まり込んでゲラに赤を入れていたとき、デスクの電話が鳴った。
 こんなに朝早くから一体何だろう、といぶかしみながら、安藤友樹・・・・は受話器を取り上げた。
「はい、仁徳社編集部、文芸第二です」
 聞こえてきたのは、比較的若い男性の声だった。
「探偵をしている天童寺と申します。編集者の安藤さんはいらっしゃいますか?」
 探偵――?
 安藤は首を捻りながら答えた。
「僕が安藤です」
「御堂勘次郎さんの担当編集者の?」
「......はい」
「実は御堂邸に招待されまして。今、御堂邸から僕のスマホで電話しています」
「御堂先生のお宅から......?」
「はい。他にもミステリー作家や文芸評論家の方が招待されていまして。あ、今、スマホをスピーカーにしています」
 天童寺の語った話はとても信じられないものだった。森の奥にある御堂邸に招待されて客が集まった場で、御堂勘次郎の叫び声が響き渡ったという。だが、本人の姿は見つからなかった。吹雪に閉ざされた館で二晩過ごした後、三日目の今日、隠し部屋の地下室を発見した。そこに御堂勘次郎の刺殺体があった。
「本当に御堂先生が――その、亡くなられたんですか?」
「残念ながら」天童寺が悔恨の滲む声で言った。「僕がトリックを見破り、犯人を突き止めました。その犯人は仁徳社の担当編集者、安藤さんでした」
「え?」
 天童寺が口にした台詞の意味が理解できず、言葉が頭を素通りした。
「ええと――僕が?」
「正確には仁徳社の担当編集者の安藤友樹を名乗っている人物――です」
「一体何がどうなっているのか......。僕はずっと仁徳社と自宅を往復する毎日で、御堂邸に伺ったことはありません」
「御堂さんから招待は受けていないんですか?」
「それは――」
 ――安藤君には共犯者・・・になってほしくてね。
 十日ほど前、御堂勘次郎からメールでそう言われた。
 共犯者とは一体何なのか。メールで真意を尋ねても、『それは時期が来たら明かすよ』と言われただけだった。一体何の共犯者になればいいのか。何かを手伝えということなのか。時期とはいつなのか。結局、それきり連絡はなかった。
 安藤は迷ったすえ、その話を天童寺に伝えた。
「なるほど、どうやら御堂さんは安藤さんの協力のもとで何かしらイベントでも企画していたのかもしれませんね。それを逆手に取られて殺されるはめになったのかもしれません。さて、ここからが本題なのですが、偽の安藤さんは本物の招待状を持っていました。つまり、あなたに送られたものだと考えられます。それをあなたから奪ったか盗んだかしたのだと思ったのですが、あなたは招待はされていないと言いました。つまり、招待状はあなたの手に渡る前に奪われたのです。心当たりはありませんか」
 安藤は記憶を探り、はっとした。
「......実は原稿が届いていません」
「原稿?」
「御堂先生が一年がかりで取り組まれていた勝負作です」
『次の作品は私の勝負作でね。企みに満ちたアイデアで、作家としての集大成になるだろう』
 御堂勘次郎が一年前にメールでそう言った。作品については、『今はまだ教えられない。第一稿を執筆したら原稿を送るよ』と言われた。進捗状況は定期的に報告メールを受けていたが、原稿は約束の期日になっても届かなかった。
「本当は十日前に原稿が送られてくるはずでした」
「届くはずの原稿が届かなかった。それはつまり、第三者に奪われたことを意味しています」
「まさか、そんな......」
 それ以上言葉を何も返せずにいると、壮年の男性の声が割り込んできた。
「横から失礼。初めまして。文芸評論家の山伏大悟です」
「あ、お世話になっております。安藤と申します」
「御堂邸に現れた偽者の安藤さんは、御堂さんの原稿は受け取っていると言っていたんです。原稿の内容も知っているようでした」
「そうなんです」天童寺が言った。「出版社に届けられた原稿が奪われる可能性はありますか?」
「先生方からいただいた原稿は大事にお預かりしています。奪われるようなことは――」
「もちろんそうだと思います。可能性の話です。誰かに悪意があればどのような手段が考えられますか。重要なことなんです」
「悪意と言われましても――」
「質問を変えましょう。出版社に届けられた原稿などは、どのように編集者のもとに?」
「総務部で受け取り仕分けされてから、編集部に届けられます。編集者が直接受け取りに行く出版社もあると思いますが、弊社の場合は、仕分けの担当者が編集部まで届けてくれます」
「届けられた原稿は編集者のデスクに?」
「はい、置かれています」
「編集者がデスクを離れていても?」
「......はい」
 打ち合わせや取材で社を離れ、長時間戻らないこともある。届け物がデスクに置きっぱなしになっていることも珍しくない。
「その隙に原稿を盗むことは可能ですね」
「編集部が無人になっていることはありません。原稿を盗むなんて、そんな......」
「出入りしていても不審がられない人間はいるはずですよね?」
「それはまあ......」
「たとえば?」
「......打ち合わせなどで編集部を訪れた作家先生とか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・――」
「なるほど、貴重な情報でした。ちなみに御堂さんは何かトラブルを抱えていませんでしたか?」
「トラブルと言われましても――」
「立場上、吹聴しにくい話かと思いますので、こちらから一点。御堂さんは誰かのベストセラー作品が盗作であることを暴露しようとしていました。それが殺害の動機だと考えています」
 ――御堂さんの代わりに、あの作品・・・・が盗作であると暴露してもいいんですよ......?
 先日も盗作被害者だと訴える女性作家・・・・・・・・・・・・・・・が編集部に乗り込んできて、脅し文句のように口にした。
 安藤は慎重な口ぶりで答えた。
それは御堂先生ご自身の作品のことかもしれません・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 電話の向こう側から、数人が「え?」と当惑の声を漏らすのが聞こえた。
「御堂さんご自身の――というのは?」
「......実は御堂先生は半年ほど前から盗作疑惑をかけられていまして。もちろん表立って騒がれてはいません。ある新人の女性作家が『七年前に新人賞に応募した作品のアイデアを盗用された』と訴えていました。二ヵ月ほど前に、デビュー版元を通じて御堂さんの事務所に手紙を送ったものの、なしのつぶてだったらしく、最近は僕のもとに糾弾にやって来ていました」
 数日前から頭を悩ませていた問題だった。編集部に乗り込んできた新人の女性作家から・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・責められ、御堂勘次郎の名誉を守るためにどうすればいいのか、苦しんでいた。自分の担当作でないにしても、盗作作家の不名誉はキャリアに大打撃を与える。
 まさか告白・・の決意をしていたとは――。
 向こう側から「俺たちの中の誰かの作品じゃなかったのか......」とつぶやく声が漏れ聞こえた。
 安藤は深呼吸して答えた。
「もし御堂さんが告白の覚悟をされていたなら、過去の過ちを認めなければ勝負作も胸を張って刊行できない――とお考えだったのではないでしょうか」
「......参考になりました」天童寺が答えた。「どうもありがとうございます。これで真相にたどり着いたように思います。事件は警察に通報済みですから、しばらくしたら報道されるかもしれません」
 安藤はごくりと唾を飲むと、受話器を置いた。

そして誰かがいなくなる

Synopsisあらすじ

何かが起こりそうな洋館を建てたいんだよ――。大雪の日、人気作家の御堂勘次郎が細部までこだわった洋館のお披露目会が行われた。招かれたのは作家と編集者、文芸評論家と……。最初は和やかな雰囲気だったが、次第に雲行きが怪しくなっていく。奇想天外、どんでん返しの魔術師による衝撃のミステリー!

Profile著者紹介

1981年京都府生まれ。2014年に『闇に香る嘘』で第60回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。同作は数々のミステリランキングにおいて高い評価を受ける。同年に発表した短編「死は朝、羽ばたく」が第68回日本推理作家協会賞短編部門候補、『生還者』が第69回日本推理作家協会賞の長編及び連作短編集部門の候補、『黙過』が第21回大藪春彦賞候補となるなど、今注目を集める作家である。『難民調査官』『叛徒』『真実の檻』『失踪者』『告白の余白』『サハラの薔薇』『悲願花』『刑事の慟哭』『絶声』『法の雨』『同姓同名』『ヴィクトリアン・ホテル』『白医』『アルテミスの涙』『情熱の砂を踏む女』など著書多数。

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