そして誰かがいなくなる第34回
14
――御堂さんの代わりに、
安藤友樹は、
盗作の暴露――。
一体どうすれば阻止できるのか。
盗作が公になるのは時間の問題か。
安藤は立ち上がり、室内を歩き回った。
厄介な問題だな、と思う。盗作が暴露され、メディアが報じ、SNSで騒動になる――。そんな未来が容易に予測できてしまう。しかし、告発を阻止する方法はない。
告発されれば、作家としての名誉は地に落ちるだろう。築き上げてきた地位も失う。
過去の愚行だとしても、世間は許してくれない。過去の醜聞でどれほどの芸能人やスポーツ選手が大打撃を被ってきたか。先例は枚挙にいとまがない。
事実無根として突っぱねる手もあるだろう。本人が無視を決め込めば、小火(ぼや)ですむかもしれない。だが、向こうが何らかの証拠を持っていたとしたら――。
否定してから決定的な証拠を出されたら、それこそ取り返しがつかないダメージを受ける。
それならば、いっそ――。
自分から素直に認めて謝罪したほうがいいのではないか。盗作被害者に何かしらの
もう一度会って交渉できないか、考えてみよう。
編集者としては胃が痛くなる問題だった。
彼女の告発によって、彼は大打撃を受ける――。
15
"幼子の消失は隠し部屋を使ったトリックである。次なる犠牲者は口の軽い愚か者である。隠し部屋に次なる犠牲者が倒れているであろう......"
ゲストルームで一人きりになると、ロココ調チェアに座り、デスクの上で手持ちの便箋に文章を綴った。
江戸川乱歩に倣って"怪人二十面相"でも名乗ろうか。それとも、シャーロック・ホームズの永遠の宿敵"モリアーティ教授"がいいだろうか。
あるいは――"御堂勘次郎"の名前が効果的か。
自然と口元がほころぶ。
迷ったすえ、御堂勘次郎の名前を書き記した。手紙を三つ折りにしたとき、ノッカーの硬質な音がした。
心臓が飛び上がり、冷や汗が滲み出る。
手紙をポケットに突っ込んで隠し、立ち上がった。緊張の息を吐き、扉に近寄る。
「はい......」
慎重に返事をし、扉を引き開けた。立っていたのは錦野光一だった。
「一人になるのは危ないよ、
林原凛は愛想笑いを返した。
「化粧直しをしてました」
「......そう」錦野光一はまじまじと凛の顔を見た。「普段と変わらず綺麗だよ」
乾いた笑いがこぼれそうになる。
だが――。
今は疑惑を抱かれるわけにはいかない。
「ありがとうございます」
作り笑いを浮かべながら礼を言っておいた。
「......それより、どうかしたんですか?」
「いや、夕食の準備ができたらしくてね。呼びに来たんだよ。心配もあったしね」
「わざわざすみません。そういえば、おなか空きましたね」
「俺も。でもその前に――」
彼は優男(やさおとこ)風の笑みを消すと、部屋に踏み入ってきた。凛は本能的に後ずさった。
錦野光一は吹き抜けのホールを一瞥し、後ろ手に扉を閉めた。
「......何ですか」
凛は警戒しながら訊いた。
「......俺の気持ち」
「え?」
「気づいてるでしょ」
「何の話だか......」
凛は曖昧に濁すと、視線をさ迷わせた。彼は表情を引き締め、凛の目を見つめた。
「俺の好意」
「それは――」
「彼氏、いる?」
――何でそんなことを答えなきゃいけないんですか。
漏れそうになった言葉を呑み込む。
「いえ......」
「じゃあ、いいよね」
錦野光一が自信満々の笑みを浮かべる。
凛は嘆息を押し殺し、努めて冷静な声で答えた。
「私、今は仕事が大事ですから」
「仕事だけの人生なんてつまんないでしょ」
「それは価値観の違いだと思います」
「人生、充実させなきゃ」
――充実はしています。
「俺と付き合ったら楽しいと思うよ」
その自信はどこから来るのだろう。はっきりと拒絶まではしなかったから、誤解をさせてしまったのかもしれない。
いくら顔立ちが整っていても、軽薄な性格が透けて見えるタイプは好みとは程遠く、言い寄られても困るだけだ。
彼の女癖の悪さは業界でも知られており、担当編集者から注意されたこともある。ファンの女性にも手を付けている、という噂もまことしやかに聞こえてくる。
凛は深呼吸した。
「皆を待たせてしまっては申しわけありませんし、そろそろ夕食へ......」
錦野光一は眉を顰めた。
「はぐらかすね、林原さん」
「そういうわけじゃありませんけど......」
「男心を弄(もてあそ)ぶの、上手いよね」
皮肉なのか軽口なのか、口調からは判断しかねた。
「大先輩のお宅で話すような内容とは思えません」
彼は肩をすくめた。
「素直になってほしかったけど......」
彼が背を向けると、凛は先ほど書いた手紙がこぼれ落ちないか、念のためポケットを確認した。
ふう、と一息ついて彼の後をついていく。
サーキュラー階段で一階へ下りると、ダイニングでは全員が席に座っていた。
「お待たせしてすみません」
凛は頭を下げた。
「いえ、全然」獅子川正がにこやかに応じた。「食事はできたばかりですから」
彼は「どうぞ」と隣のヴィクトリアン調のダイニングチェアを引いた。
「ありがとうございます」
凛は礼を言いながらチェアに座った。
全員で食事をするあいだ、頭の中にあったのは、いかに相手に気づかれず犯行予告状を忍ばせるかだった。
Synopsisあらすじ
何かが起こりそうな洋館を建てたいんだよ――。大雪の日、人気作家の御堂勘次郎が細部までこだわった洋館のお披露目会が行われた。招かれたのは作家と編集者、文芸評論家と……。最初は和やかな雰囲気だったが、次第に雲行きが怪しくなっていく。奇想天外、どんでん返しの魔術師による衝撃のミステリー!
Profile著者紹介
1981年京都府生まれ。2014年に『闇に香る嘘』で第60回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。同作は数々のミステリランキングにおいて高い評価を受ける。同年に発表した短編「死は朝、羽ばたく」が第68回日本推理作家協会賞短編部門候補、『生還者』が第69回日本推理作家協会賞の長編及び連作短編集部門の候補、『黙過』が第21回大藪春彦賞候補となるなど、今注目を集める作家である。『難民調査官』『叛徒』『真実の檻』『失踪者』『告白の余白』『サハラの薔薇』『悲願花』『刑事の慟哭』『絶声』『法の雨』『同姓同名』『ヴィクトリアン・ホテル』『白医』『アルテミスの涙』『情熱の砂を踏む女』など著書多数。
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