そして誰かがいなくなる第21回
「......屋根裏はどうなっているんでしょうね」
天童寺琉が閉じている点検口を見据えた。
「あそこを開けたら屋根裏を覗けそうですね」
「どうやって上ります? 肩車とか?」
「肩車は不安定ですし、難しいと思います」天童寺琉はすぐ横のイギリス風のアンティークデスクを見た。「これを踏み台代わりに使わせてもらいましょう」
藍川奈那子が難色を示した。
「御堂さんのデスクに乗るのは......」
天童寺琉が真剣な顔つきで彼女を見返した。
「事態が事態ですから、許してくださるでしょう。何事もなければ謝ればよいと思います」
彼はデスクを浮かし、一メートルほど左に移動させた。
天童寺琉がデスクに上り、全員が見守る中、天井の点検口の蓋を押し開けた。百八十センチほどの高身長なので、背伸びをしなくても簡単に手が届く。
屋根裏に手を掛け、伸び上がるようにして上半身を持ち上げた。点検口に顔を差し入れる。
「どうですか?」
山伏が訊いた。
天童寺琉は一分ほど経ってからデスクに足を下ろした。ふう、と額の汗を拭い、床に下りる。
「......普通の屋根裏でした。空調のダクトが黒い大蛇のように這い回っているだけで、人の姿はありませんでした」
錦野光一がデスクに手を掛けた。
「何をするんです?」
「俺も見ておこうと思って」
「ダクトだけでしたよ」
「天童寺さんを疑うわけじゃないんですけどね、推理小説の定番のトリックなんですよ」
天童寺琉が首を傾げる。
「たとえば、浴室を覗き込んだ人物が『こっちにも誰もいませんでした』と報告するんですけど、実はその時点で浴槽に被害者が隠されていて、消失したように見せかける――とか」
「なるほど。僕が犯人で、屋根裏に御堂さんを隠しておいて、皆さんに嘘の報告をしているかもしれない、ということですね」
「犯人――とまでは言いませんよ。これが御堂さんの催しや悪戯だとしたら、文芸界と無関係のあなたを共犯者にして、消失トリックを仕掛けているかもしれないでしょう?」
獅子川正が「可能性としてはありますね」と追従した。「名探偵を犯人や共犯者にするのは本格推理としてはアンフェアだと思いますが......」
天童寺琉が苦笑いした。
「現実は小説とは違いますよ。フィクションはフィクション。現実は現実です」
「もちろん理解してますよ。あくまで、今回の"出来事"が御堂さんの悪戯である――という前提の話です。御堂さんが仕組んだお遊びなら、探偵役を犯人や共犯者には据えないでしょう。御堂さんは作中でその辺りは徹底されていましたから。もし御堂さんにも不測の事件だったなら、その限りではありませんが」
「......今のところ、どちらなのか確定できる要素はありません。僕としても不要な疑惑は避けておきたいところです。今後の動きを制限されては不便ですから。どうぞ屋根裏を確認してください」
錦野光一と獅子川正が交互にデスクに上り、屋根裏を確認した。二人とも「異変はありませんでした」と証言した。
不可解さが増した。
「どういうことでしょう」凛は首を捻った。「錦野さんは屋根裏から御堂さんの叫び声を聞いたんですよね?」
錦野光一はムッとしたように顔を顰(しか)めた。
「嘘をついてると思ってる?」
「いえ......そうは言いません。ただ、屋根裏で襲われたとしたら、御堂さんはなぜ消えているんでしょう? 私たちは叫び声の後、マスターベッドルームに入って、全員で各部屋を確認して、全員で一階へ戻りました。誰にも御堂さんを別の場所に移動させる時間的余裕はなかったはずです」
天童寺琉が「はい」とうなずいた。「そもそも、屋根裏で御堂さんを襲ったとして、犯人にはリスクが高すぎないでしょうか。逃げ場がありません」
点検口があるのはマスターベッドルームだけだ。他の場所から屋根裏に出入りはできない。
「何より――」天童寺琉が目を細めた。「叫び声の大きさの問題があります」
「大きさ?」
凛は訊き返した。
「僕らは一階で御堂さんの叫び声をわりとはっきり聞いています。だから二階で何かがあったと判断したわけです」
「そうですね。パウダールームにいた私も聞きました」
「しかし、錦野さんの証言は違いました。上から叫び声が聞こえた、と答えました」
「御堂さんが屋根裏で叫び声を上げた後、消えた――ということですよね?」
「普通に考えればそうです。しかし、錦野さんの証言によると、そこまではっきりと叫び声を聞いていないんです」
「言われてみれば――」
「これは矛盾です。
全員がはっと目を瞠った。
天童寺琉が面々を眺め回した。
「これは一体どういうことでしょう?」
誰もが答えられずにいた。
Synopsisあらすじ
何かが起こりそうな洋館を建てたいんだよ――。大雪の日、人気作家の御堂勘次郎が細部までこだわった洋館のお披露目会が行われた。招かれたのは作家と編集者、文芸評論家と……。最初は和やかな雰囲気だったが、次第に雲行きが怪しくなっていく。奇想天外、どんでん返しの魔術師による衝撃のミステリー!
Profile著者紹介
1981年京都府生まれ。2014年に『闇に香る嘘』で第60回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。同作は数々のミステリランキングにおいて高い評価を受ける。同年に発表した短編「死は朝、羽ばたく」が第68回日本推理作家協会賞短編部門候補、『生還者』が第69回日本推理作家協会賞の長編及び連作短編集部門の候補、『黙過』が第21回大藪春彦賞候補となるなど、今注目を集める作家である。『難民調査官』『叛徒』『真実の檻』『失踪者』『告白の余白』『サハラの薔薇』『悲願花』『刑事の慟哭』『絶声』『法の雨』『同姓同名』『ヴィクトリアン・ホテル』『白医』『アルテミスの涙』『情熱の砂を踏む女』など著書多数。
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