そして誰かがいなくなる第29回
山伏が窓際へ歩いていき、カーテンを引き開けた。窓ガラスに吹きつける風雪は激しく、視界は白一色に閉ざされている。
「外の様子、確認したいですね......」
山伏がつぶやくように言うと、ダイニングチェアに座っている錦野光一が彼の背中を見つめた。
「窓からじゃなく、外に出て――という意味ですか?」
山伏が振り返った。
「はい。邸宅の周辺も調べたくありませんか」
「そりゃ、気にはなりますけどね。ドアや窓を開けたら警報が鳴り響くわけで」
「もちろんそうですが――」
「警報は御堂さんしか停止できませんよ。御堂さんがいない今、不用意に鳴らしてしまったら、丸一日、邸宅内にアラームが鳴りっぱなし――なんて状況に陥りかねません。頭がおかしくなりますよ、そんなの」
山伏は大きく嘆息した。
「それは困りますね......」
「警報の止め方が分からない以上、ドアを開けるのはここを後にするときでしょうね」
奈那子は二人の会話を聞きながら、
吹雪がおさまり、タクシーが迎えにやって来る。玄関ドアから全員が外に出る。そのとき、アラームは鳴り響いたままだ。それを放置して立ち去っていいものだろうか。
御堂先生に迷惑をかけるのでは――。
躊躇も覚えるが、今考えても仕方がない。
林原凛が面々を見回した。
「もう一度、室内を調べたほうがいいかもしれませんね。何か見落としがあるかもしれませんし」
獅子川正が「それがいいですね」と応じた。
それぞれが動きはじめた。獅子川正と安藤が老執事を引き連れて書斎へ歩いていく。錦野光一と山伏はサーキュラー階段を上り、二階へ。
林原凛はパウダールームへ姿を消した。天童寺琉はリビングを徘徊している。
奈那子は寝息を立てる娘を眺めた後、息をついた。
御堂先生は偽者だったのか、どうか――。
偽者だとしたら目的は何なのか。招待客を選んだのも偽者なのか。それとも違うのか。
謎ばかりが増えていく。
思案しながら二十分ほど経ったときだった。尿意を覚え、立ち上がった。
だが――。
トイレの付近に天童寺琉が立っていることに気づいた。彼はダイニングの壁のウォールランプを眺めている。
各部屋とトイレの鍵が抜き取られているので、近くに人がいたらさすがに落ち着かない。
奈那子は迷ったすえ、サーキュラー階段で二階へ向かった。階段のすぐそばにあるトイレに入る。
スイッチを入れると、天井の宮殿風のシャンデリアが明かりを放った。外のドアの横に備えつけられたレトロなウォールランプが室内の電灯と連動しているので、誰かが入っていたら点灯して分かるようになっている。
一息つき、改めて考えた。
犯人は一体なぜ全ての部屋の鍵を抜いたのか。
まだ
用を足すと、奈那子はトイレを出た。様子を見ようと思い、マスターベッドルームのドアを開けた。室内には錦野光一がいた。シアタールームに繋がるドアを開けたまま、アンティークデスクの前で引き出しを調べている。
奈那子は後ろ手にドアを閉めると、彼に声をかけた。
「何かありました?」
錦野光一が顔を向け、残念そうにかぶりを振った。
「何らかの手がかりになりそうなものはないですね」
「そうですか......」
「もっとも、何を探せばいいのか分からない状況じゃ、闇雲に部屋を調べるだけですし、手詰まりですね」
「せめてスマホだけでも見つかったら助かるんですけど......」
「ですね。でも、スマホくらい小さなものはどこでも隠せますし、見つけるのは至難の業かもしれませんね」
「御堂先生は意味深なことをおっしゃってましたもんね」
――他人が勝手に触れない場所に厳重に保管しているよ。少々趣向を凝らしていてね。この集りの最後に取り戻せるように考えている。
「つまり、簡単には見つけられない場所――ということですね」錦野光一が鼻息を漏らした。
「それこそ、カラクリがある可能性も――」
「ええ。『バイオハザード』のような」
彼は有名なホラーゲームの名前を出した。プレイしたことはないものの、ゾンビが出てきて、いろんな謎解き要素もあるゲームだという程度の知識はある。
「『バイオハザード』だと、特別なシンボルを像のくぼみに嵌めたり、石像を動かして決まった場所に並べたり、パズルを解いたりしたら、アイテムや隠し部屋が現れたりするんですよ」
「一見したかぎり、そんな凝ったギミックがありそうには思えませんでした」
「ダイニングのくぼみ(ニッチ)には女神像が飾られてたし、ホールには天使像の噴水が置かれていましたね」
「ありましたけど......何か仕掛けが?」
錦野光一は苦笑いした。
「調べてみたんですけど、ま、何の変哲もない像でしたね。残念ながらギミックはなさそうでした」
「残念です」
「実際問題、ゲームに登場するような非現実的なギミックを作るのは難しいでしょうしね。そっちはどうです?」
「え?」
「何か見つけました?」
奈那子は後ろめたさを覚えて視線を逸らした。
「私は寝ている娘のそばにいましたから......」
「ああ......」
「すみません、お役に立てず」
奈那子は彼と少し会話をしてからマスターベッドルームを出た。一階へ下り、リビングへ戻る。
そして――。
奥のソファに顔を向けたとき、眠っていたはずの美々の姿が消えていた。
Synopsisあらすじ
何かが起こりそうな洋館を建てたいんだよ――。大雪の日、人気作家の御堂勘次郎が細部までこだわった洋館のお披露目会が行われた。招かれたのは作家と編集者、文芸評論家と……。最初は和やかな雰囲気だったが、次第に雲行きが怪しくなっていく。奇想天外、どんでん返しの魔術師による衝撃のミステリー!
Profile著者紹介
1981年京都府生まれ。2014年に『闇に香る嘘』で第60回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。同作は数々のミステリランキングにおいて高い評価を受ける。同年に発表した短編「死は朝、羽ばたく」が第68回日本推理作家協会賞短編部門候補、『生還者』が第69回日本推理作家協会賞の長編及び連作短編集部門の候補、『黙過』が第21回大藪春彦賞候補となるなど、今注目を集める作家である。『難民調査官』『叛徒』『真実の檻』『失踪者』『告白の余白』『サハラの薔薇』『悲願花』『刑事の慟哭』『絶声』『法の雨』『同姓同名』『ヴィクトリアン・ホテル』『白医』『アルテミスの涙』『情熱の砂を踏む女』など著書多数。
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