そして誰かがいなくなる第4回

 御堂は改めて地下の図面を見た。
「......まあ、階数が三の扱いになったとしても、やっぱり天井高は最低二メートルは欲しいね。排煙の計算とは?」
「排煙窓の増設や、窓の大きさの調整などです。必要最低限のサイズは確保しなくてはいけません。それに伴って、デザインなどを修正したものがお渡しした図面です」
「日本国内に建てるんだから、もちろん、建築基準法に異を唱えたりはしないよ。しかし、完成間近だったデザインに変更が必要になったのは少々残念ではあるが」
 御堂は図面に目を通し、デザインがどう変わったのか、それは許容範囲なのか、逐一確認した。長期間の打ち合わせを重ねて完成度を高めてきた洋館だ。最後の最後で妥協してしまっては、今までの労力が無になる。
 幸い、設計士として意匠が崩れない修正を考え抜いてくれたらしく、不満点は見つからなかった。
「これで行こう」
 葉山はほっとしたようにうなずいた。それから書斎の図面をめくり、テーブルに滑らせた。
「続いて書斎ですが......」
 ヨーロッパの歴史的なバロック様式の図書館をモデルにしたデザインだ。
「相当量の書籍を収めることになりますから、本棚の下はしっかり補強します。目いっぱい本を並べても床が抜けたりはしませんので、ご安心ください」
「それは安心だね」御堂はふと思い出して言った。「そうそう、補強と言えば、リビングダイニングと吹き抜けのホールの天井も、シャンデリアの設置場所は補強してほしい」
「重量があるシャンデリアを設置されますか?」
「実はね――」
 御堂は立ち上がると、モダンなオーク製のデスクに歩み寄り、引き出しから数枚の資料を取り出した。ソファに戻って腰を落とし、三人に資料を見せる。
「こういう良品を見つけてね」
 シャンデリアの写真だ。繊細な彫刻が美しく、色は鈍いアンティークゴールド。歳月を経た真鍮(しんちゅう)特有の黒ずみがある。植物を模したようなS字のアームが八方向に広がり、エイジング塗装された蝋燭カバーが立っていた。もちろん実際に火を灯すわけではなく、LED電球を取りつける。
 写真の下には年代と輸入国が記載されている。

 一九一〇年 フランス

「これは――」眞鳥が感嘆の息を漏らした。「本物のアンティークのシャンデリアですか?」
「百年以上前のフランスのシャンデリアだよ。輸入物でね。デザインも色味も最高だろう?」
 畠中が「美しいですね......」と見とれている。
「洋館に相応しい照明じゃないかな?」
「そうですね」眞鳥がうなずく。「かなり高額だったのでは? 何しろ本物のアンティークですし」
 御堂は、ふふ、と笑みを漏らした。
「そう思うだろう? ところがね、受注生産のものを注文するより安くてね。半額以下だったよ」
 三人が揃って目を瞠った。
「本当ですか!」畠中が驚きの声を発した。「百年前のフランスのシャンデリアなんでしょう?」
「輸入照明店で見つけたんだがね。店主によると、買いつけ費用と修繕費だけだから安いんです、と。良心的だろう?」
 眞鳥が納得したように答えた。
「アンティークの輸入家具なんかの販売は、基本的に販売する側が自由に値段をつけますから、店によっては本当に高額で販売されています。御堂さんは良いお店を見つけましたね」
「個人的には、同じ真鍮製の照明でも、きらきら輝くゴールド色は好みじゃないんだよ。派手すぎてね。打ち捨てられた廃洋館に吊り下げられているような、重厚で落ち着いた色味が好きだ。歴史の重みが伝わってくるようで、まさに何かが起こりそうだろう?」
「たしかにそうですね」
「既製品は綺麗すぎる。その点、年月を経て変色したアンティークゴールドの真鍮は、塗装では出せない本物の重厚さがある。雰囲気があるね」
 葉山がシャンデリアの資料を取り上げ、眺めた。
「真鍮でこの灯数ですと、相当な重量があるでしょうね」
「そうなんだよ。だから天井の補強はお願いしたい」
「分かりました。大きなシャンデリアが付く天井はしっかりと補強します」
「頼むよ。天井が落ちたら洒落にならん」
 葉山はまた図面に走り書きをした。
「さて――」御堂は言った。「実はもう一つ、君たちにぜひ見せたいものがあってね」
 御堂は三つの小箱を取り出し、中からコード付きの固定電話を出した。回転(ダイヤル)式を模してあるものの、使いやすい押しボタン式だ。本体は合金とABS樹脂製で、デザインはアンティーク調になっている。
 三人が揃って「おおー!」と感嘆の声を上げた。
 一つ目の電話機は白を基調にしたロココ調で、本体はゴールドのシーツが敷かれたベッドに、同じくゴールドのドレスを着た女性が寝そべっているデザインだ。
 二つ目の電話機は重厚なマホガニー色で、装飾部分はアンティークゴールドになっている。本体のデザインは高価な宝石箱を思わせる。
 三つ目の電話機も同じくマホガニー色だ。本体はヨーロピアンデザインで、曲線が流麗な台形だった。
「素敵ですね」畠中が電話機を撫でた。「まるで古いフランス映画に出てくるような......」
「私もデザインに一目惚れしてね」
「御堂さん、センスがいいですね」
「ヨーロッパのレトロな電話機のレプリカなんだ。本物のアンティークではないけどね」
 眞鳥が受話器を取り上げてまじまじと眺めた。
「これ、使えるんですか?」
 御堂はにやりと笑った。
「もちろん実際に電話できる。そう聞いたから購入したんだ。雰囲気あるだろう?」
「ありますね。御堂さんのご自宅のデザインにはとてもマッチすると思います」
「せっかくだし、ちょっと試してみようか」
 御堂はデスクに置かれたモダンな固定電話から伸びるモジュラーケーブルの先を見た。壁にモジュラージャックがある。
「入れ替えてみよう」
 御堂はモジュラーケーブルを抜き、アンティーク風の固定電話のものと差し替えた。
「よし」
 御堂はスマートフォンを取り出し、事務所の電話番号を選択した。他の三人の目が電話機に注がれている。その眼差しから期待感が伝わってくる。
 電話機がコール音を発した。
 畠中が感激の声を上げた。
「鳴りましたね!」
 御堂はうなずき、受話器を取り上げた。
 だが――。
 耳に当てるも、通じているようには思えなかった。そして――ツーツーと無機質な音に切り替わった。
 御堂は眉根を寄せた。
「どうしました?」
 畠中が怪訝そうに訊く。
「いや、どうも不調みたいでね」御堂は自分のスマートフォンを彼女に手渡した。「ここにかけてみてほしい」
「はい、お任せください」
 畠中は御堂のスマートフォンを操作し、電話した。アンティーク風の固定電話が鳴る。
 御堂は再び受話器を手に取った。
「もしもし?」
 畠中が「もしもし」と応じた。
 しかし、受話器からは声が聞こえてこない。目の前から彼女の声が聞こえるのみ。
 御堂は受話器を戻すと、嘆息した。人差し指で耳の下を掻(か)き、うなる。
「コール音は鳴っても電話は不通......。ディスプレイ用じゃなく、ちゃんと使えるという話だったんだが」
 眞鳥が同情したように眉を顰(ひそ)めた。
「他の二つはどうですか?」
「ん?」
「不通なのはその一台なのか、それとも他の二つも同じなのか、気になりまして」
「あー、なるほどな。一台だけならたまたまの不運な不具合だが、全部そうなら根本的な問題――というわけか」
「はい」
 御堂は他の二つの電話機のモジュラーケーブルを繋ぎ、順番に試してみた。コール音は鳴るものの、受話器を取ったら声が聞こえず、数秒の間を置いてから切れてしまう。
「駄目――か」御堂はかぶりを振った。「どうもまがい物を掴まされたかな......。一台、原稿用紙三枚分程度の金額だし、まあ、損害は大きくないとはいえ、いい気はしないな」
「コール音は鳴るわけですし、何か見落としがあるかもしれません。もう少し調べてみましょう」
「よろしく頼む」
「一つお預かりしても構いませんか?」
「もちろんだ」御堂は膝の上で指を絡めた。「ところで話は変わるが、ドアや窓に警報装置を設置することは可能だろうか」
「警報装置とはどのようなものを想定されていますか?」
「ドアや窓が開いたとき、館全体に警報音が鳴るような――そんな感じかな」
「それでしたら可能です。セキュリティ会社に入ってもらって、ご説明差し上げることもできます」
「建築予定地は森の奥深くの土地だから、セキュリティ会社に通報がいく必要はない。通報が届いても駆けつけることは困難だろうしね」
 眞鳥が苦笑いした。
「そうですね。さすがに森の奥までは、巡回の範囲外だと思います」
「私もそこまでは期待していないよ。館内に警報が響いてくれれば充分だ。侵入者が現れたら分かるし、警戒できる」
 そして――館を抜け出そうとした人間がいても。
 眞鳥が「分かりました」とうなずく。
「セキュリティ装置は取り外せないように頼む」
「窓やドアに埋め込む形で設置すれば可能です」
 その後も二時間以上、綿密な打ち合わせが続いた。日が落ちはじめたころ、御堂は切り出した。
「そういえば以前、『私たちはお客様のどんなご要望も否定せず、まずは可能かどうか検討するようにしています』と言っていたが、一つ難題を出してもいいかな?」
 眞鳥が「もちろんです!」と力強く答えた。
「今回、洋館を建てるにあたって絶対に譲れない希望がある」御堂は設計図を一瞥してから顔を上げ、三人を順に見ながら言った。「誰にも決して見破れない隠し扉を一つ造りたいんだ」

そして誰かがいなくなる

Synopsisあらすじ

何かが起こりそうな洋館を建てたいんだよ――。大雪の日、人気作家の御堂勘次郎が細部までこだわった洋館のお披露目会が行われた。招かれたのは作家と編集者、文芸評論家と……。最初は和やかな雰囲気だったが、次第に雲行きが怪しくなっていく。奇想天外、どんでん返しの魔術師による衝撃のミステリー!

Profile著者紹介

1981年京都府生まれ。2014年に『闇に香る嘘』で第60回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。同作は数々のミステリランキングにおいて高い評価を受ける。同年に発表した短編「死は朝、羽ばたく」が第68回日本推理作家協会賞短編部門候補、『生還者』が第69回日本推理作家協会賞の長編及び連作短編集部門の候補、『黙過』が第21回大藪春彦賞候補となるなど、今注目を集める作家である。『難民調査官』『叛徒』『真実の檻』『失踪者』『告白の余白』『サハラの薔薇』『悲願花』『刑事の慟哭』『絶声』『法の雨』『同姓同名』『ヴィクトリアン・ホテル』『白医』『アルテミスの涙』『情熱の砂を踏む女』など著書多数。

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