そして誰かがいなくなる第15回

 最初に口を開いたのは林原凛だった。
「私は御堂さんなりのジョークかと思いました。だからすっかり忘れてました」
「私も同じです」藍川奈那子が同調した。「盗作うんぬんなんて言われても心当たりありませんし、御堂先生がこの集まりを盛り上げようとしておっしゃられたのかな、って」
 錦野光一が鼻で笑った。
「いやいや、建前はよしましょうよ。あんな意味のないジョークは言わないでしょ、普通」
 藍川奈那子が「そうですか?」と首を傾げる。
「ジョークなら、オチ・・があるはずでしょ。その場で『なーんてね』で終わらせないと、笑い話にできません。もったいぶって引っ張るようなネタじゃないと思いますね」
「......まあ、それはそうかもしれませんね」
「だから本当に暴露があるんだと思ってますよ、俺は」
 彼女が他の作家たちを見回した。
「この中の誰かの作品が盗作――」
「僕は違いますよ」獅子川正がかぶりを振った。「盗作なんてモラルに反する行為、断じてしません」
 錦野光一がいぶかしむように眼差しを向ける。
「断言できるんですか?」
「もちろんです。作家の良心に誓います」
「......へえ」
「何ですか」
「でも、あなたはコンビ作家の執筆担当・・・・でしょう? プロットは相方の真さんが考えているんですよね。なぜあなたに断言できるんですか?」
「それは――」
 獅子川正が言葉を詰まらせた。
「でしょう?」
「......僕は真を信じてます」
 錦野光一が冷笑した。
「別にお二人を疑うわけじゃないですけど、せめて本人が否定しないと、説得力はないんじゃないですかね」
 編集者の安藤が「まあまあ」と作家たちのあいだに割って入った。「現時点で御堂先生の真意は分かりませんし、あれこれ考えても仕方がないのではないでしょうか」
 錦野光一が彼に目を向けた。
「たしか事前に多少聞いていたんでしょう? 本当に詳しいことは何も知らないんですか」
 安藤は困り顔でうなずいた。
「御堂先生がおっしゃったとおり、今日の集まりで、ある作品の盗作を暴露する、としか知らされていませんでした。招待状と一緒に手紙が同封されていまして、そこでそのように――」
「御堂さんとは電話もしないんですよね?」
「覆面作家として徹底して編集者にも素性を隠されていましたから。お声を聞いたのは今日が初めてです」
「メールで詳しい話を訊かなかったんですか」
「はい。手紙の中で、それ以上は当日まで内緒だ、とおっしゃっていましたので」
 錦野光一は嘆息した。
「手がかりはなし――か」
 林原凛が目を細めて、彼の顔を見つめた。慎重な口ぶりで訊く。
「そんなに気になります?」
「いや、そういうわけじゃないけどね。俺自身がどうの、ってことじゃなく、もし盗作疑惑が事実で、この中の誰かが告発されるなら、場の空気が凄いことになりそうだな、って。そうでしょ? 告発された作家は居心地悪いと思うよ。針のむしろ」
 作家陣の顔が険しくなった。それぞれの胸中にあるのは、不安なのか怯(おび)えなのか――。
 ぽつりとつぶやいたのは安藤だった。
「......本当に皆さんの中のどなたかの作品なんでしょうか」
 錦野光一が「どういう意味です?」と尋ねた。
「御堂先生は、『あるベストセラー作品が盗作であることを公表しようと思う』としかおっしゃいませんでした。全然別の作家のベストセラーの可能性もあるのではないでしょうか」
「いやいや。それをここで発表する意味はないでしょう。招待客の中に疑惑の作家がいる――と考えるのが自然では? 無関係の人間を招待しないでしょうから」
「関係――ですか」獅子川正が言った。「そうだとしても、必ずしも僕らの作品とはかぎらないかもしれませんよ」
「ちょっと意味がよく――」
「たとえばですね、僕らが関わった誰かの作品の盗作疑惑かもしれませんよ。帯コメントを寄せたり、新聞エッセイで取り上げて称賛したベストセラーかも」
「いやいや、それは関係が薄すぎでしょ」
「......僕が疑問なのは招待客の面子です」
「面子?」
「ええ。盗作した作家を仮にAとします。Aの盗作を暴露するとして、他の招待客はそもそも部外者ですよね? どんな理由で他の作家や評論家を招待したのか、気になりませんか?」
 錦野光一が思案げにうなった。
 獅子川正が間を置いてから口を開いた。
「僕は――全員が何らかの関与をしているんじゃないか、と思っています」
「は?」
 錦野光一が素っ頓狂な声を上げた。
「たとえば、山形勇作(やまがたゆうさく)さんの新刊の勝負作『悲報拡散』。中堅作家、大御所作家が何人もPOP(ポップ)にコメントを寄せましたよね」獅子川正が全員の顔を見回した。「僕を含め、皆さんの名前を目にしました。"ミステリーファンなら必読"。錦野さんはそう称賛していました。林原さんと藍川さんのコメントもありました。山伏さんは毎朝新聞のブックレビュー欄で書評していましたよね」
 山伏は眉を寄せた。
「『悲報拡散』が盗作だと――?」
「いえ、たとえばの話です。『悲報拡散』のように、僕ら全員が関与・・した作品は何作もあるはずです。そう考えたら、ある意味、当事者でもありますし、僕らが招待された理由にも説明がつくと思うんです」
 山伏はその可能性を考えてみた。
 話題作であれば、作家はもちろん、出版関係者の多くが何らかの媒体で触れる可能性は高くなる。文芸誌の書評、新聞コラム、自分のSNS、販促用のPOPやパネルに掲載されるコメント、作品の帯コメント――。
「可能性はゼロではないかもしれませんね」山伏は答えた。「招待客の中の誰かの盗作を告発――という話より、信憑性はあるかもしれません」
「でしょう?」
「新居お披露目パーティーの場で、招待客の一人を吊るし上げる催し・・は、少々、悪趣味な気もします。エッセイその他から見えていた御堂さんの人柄とは一致しません」
「そうなんです。御堂さんは『君たちが称賛したあの作品は盗作だったんだよ』と明かすつもりなのではないでしょうか。それなら全員が驚いて終わりです。この場での"処刑"はありません」
 自分が書評で称賛した作品が盗作だと発覚したら、文芸評論家として不明を恥じねばならないだろう。他人事ではない。そういう意味では、作品にコメントを寄せたり、SNSで絶賛した作家よりダメージが大きいとも言える。
 一体誰のどの作品が盗作なのか。
 御堂勘次郎が暴露するのは――。

そして誰かがいなくなる

Synopsisあらすじ

何かが起こりそうな洋館を建てたいんだよ――。大雪の日、人気作家の御堂勘次郎が細部までこだわった洋館のお披露目会が行われた。招かれたのは作家と編集者、文芸評論家と……。最初は和やかな雰囲気だったが、次第に雲行きが怪しくなっていく。奇想天外、どんでん返しの魔術師による衝撃のミステリー!

Profile著者紹介

1981年京都府生まれ。2014年に『闇に香る嘘』で第60回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。同作は数々のミステリランキングにおいて高い評価を受ける。同年に発表した短編「死は朝、羽ばたく」が第68回日本推理作家協会賞短編部門候補、『生還者』が第69回日本推理作家協会賞の長編及び連作短編集部門の候補、『黙過』が第21回大藪春彦賞候補となるなど、今注目を集める作家である。『難民調査官』『叛徒』『真実の檻』『失踪者』『告白の余白』『サハラの薔薇』『悲願花』『刑事の慟哭』『絶声』『法の雨』『同姓同名』『ヴィクトリアン・ホテル』『白医』『アルテミスの涙』『情熱の砂を踏む女』など著書多数。

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