そして誰かがいなくなる第10回


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 盗作の暴露――。
 錦野光一は目を剥いたまま、言葉をなくしていた。他の招待客たち――林原凛や藍川奈那子、山伏大悟も同様だ。困惑が貼りついた顔で御堂勘次郎を見返している。
「盗作というのは――」
 錦野は恐る恐る訊いた。
 御堂勘次郎は口元を緩めると、担当編集者の安藤友樹を一瞥した。
「安藤君には事前に伝えておいたね」
「......はい」安藤が答えた。「いただいた招待状の中で、今回の目的に関しては少し触れられていましたから」
 面々の眼差しが安藤に注がれる。
「おっと」御堂勘次郎が言った。「安藤君はそれ以上何も知らないよ。誰のどの作品の盗作を明かすつもりか、ということはね。問い詰めても無駄だよ」
「僕も皆さんと同じで、何も分かりません」
 御堂勘次郎が全員を順に見回した。
「公表すれば相当な騒ぎになると思うよ」
 錦野はごくっと唾を飲み込んだ。
「それはこの中の誰かの――?」
 言葉尻が弱くなった。
 招待されていない作家の盗作を暴露するなら、出版社なりメディアなりに告発すればいい。そうしなかったということは――。
 御堂勘次郎は意味ありげな笑みを錦野に向けた。
「何か不安でもあるかな?」
「いえ!」錦野はすぐに否定した。「まさか。何もありません。純粋な好奇心です」
 御堂勘次郎は、ふふ、と笑い声を漏らした。
「誰のどの作品が盗作なのか。気になるかな?」
「......もちろんです」
「そうだろう。しかし、それはメインイベントとして、夜のお楽しみにとっておこう」
 夜まで引っ張る・・・・つもりなのか。
 御堂勘次郎の口ぶりからすると、やはり招待客の中の誰かの作品を告発しようとしているように思う。
 それが御堂勘次郎の目的なのか? 盗作の暴露という目的のために招待された面子ということか。
 錦野は瞳を動かし、面々の表情を窺った。誰もが緊張した顔つきをしている。
 当然だろう。盗作疑惑は作家にとって致命的な騒動になる。新刊が売れている藍川奈那子、『天使の羽ばたき』が青山賞にノミネートされている林原凛――。盗作が発覚したら、ブレイクの兆しは消失し、業界でアンタッチャブルな存在に成り下がる。
 もちろん、『大歯車の殺人』で注目を浴びてデビューした自分も――。
 長年、覆面作家として活動してきた御堂勘次郎が素顔を晒(さら)してまで新居に人を集めた理由が、まさか盗作の暴露だとは想像もしなかった。一体誰の"罪"を暴露するつもりなのか。
 錦野は再び生唾を飲み込んだ。
 もしかして、今回の招待客たちは全員が容疑者・・・なのか――。
 チャイムが鳴ったのはそのときだった。
 全員が顔を見合わせた。
 まだ招待客がいたのだろうか。
 老執事が応対に向かい、二、三分してから二人の男性を引き連れて戻ってきた。
 一人の顔は知っている。コンビ作家の片割れ――獅子川正(ししかわせい)だ。年齢はたしか三十代後半だっただろうか。茶味がかった前髪を左側に流しており、比較的整った顔立ちをしている。
「すみません、電車を乗り過ごしてしまって。次のを待っていたら遅刻してしまいました」
 獅子川正が頭を下げた。
 御堂勘次郎が進み出た。
「来てくれてよかった。欠席かと思ったよ。私が御堂勘次郎だ」
「初めまして。獅子川正です。このたびはご招待いただき、どうもありがとうございます」
 藍川奈那子と林原凛が進み出て、順に自己紹介した。
「僕もお二人の作品はもちろん読んでいます」
 三人が軽く賛辞を交わした。話の切れ目で山伏が挨拶した。獅子川正が「ああー」と声を上げる。
「何度か書評を書いていただきましたよね。その節はどうもありがとうございます」
 獅子川正が軽くお辞儀をする。
 安藤が前に出てにこやかに言った。
「僕からも感謝します。弊社から刊行した獅子川さんの『長野の流星群』では、山伏さんに誌面で取り上げていただきました」
 御堂勘次郎が言った。
「編集者としても、自分の担当作が取り上げられると嬉しいものだね」
「......え?」安藤が怪訝そうな顔で彼を見返した。「獅子川さんの担当は僕ではありませんよ」
 御堂勘次郎が戸惑いを見せた。
「ああ、そうだったか。すまんすまん、勘違いしていた。別の作家と間違えていたかもしれん」
「いえいえ」
「ボケるような年齢でもないんだがね」
 彼は耳の裏を掻きながら苦笑いを浮かべた。
「僕もうっかりはしょっちゅうです。御堂先生にご迷惑をおかけしていなければいいんですが」
「迷惑をかけられたことはないよ。いつも感謝している」
「そう言っていただけると」安藤が小さく頭を下げてから、山伏に顔を戻した。「あのときの書評には弊社の担当編集者も感謝していました」
「いやいや」山伏が顔の前で手を振る。「紹介したい作品を取り上げたにすぎません。ここだけの話、某賞にノミネートされてもおかしくありませんでした。予備選考会では、最後までノミネートを争っていました」
「そうなんですか!」獅子川正が驚きの声を上げた。「いや、その裏話だけで励みになります。正直、『長野の流星群』は売れ行きも厳しくて、自信喪失していたんです」
「良かったですね、獅子川さん」安藤が言った。「あ、ご挨拶が後になってしまって、すみません。僕は仁徳社の編集者で、安藤と申します。御堂先生を担当しています」
「初めまして。仁徳社は頑張って著作を売ろうとしてくれたので、感謝しています。結果が振るわなかったのは、ひとえに僕の力不足です」
「今のご時世ではどの作家も苦労しています。作品の責任ではありません。むしろ、良い作品をいただいたにもかかわらず、弊社の力不足で、ご満足いただける結果に繋がらず、仁徳社の編集者として責任を痛感しています」
 会話が落ち着いたタイミングを見計らって、錦野も自己紹介した。獅子川正が笑みと共に答える。
「どうも初めまして」
 錦野は思わず眉を顰めた。
 二年ほど前の文壇パーティーの場で、獅子川正には一度会ったことがある。一言二言だったが、挨拶も交わした。こっちが覚えているのに向こうが覚えていない事実に、内心カチンときた。だが、場が場なので、努めて表情には出さないようにし、同じく「初めまして」と答えておいた。
 錦野はもう一人の青年に顔を向けた。三十代くらいだろうか。長身痩躯でベージュのトレンチコートを着ており、好青年――という表現が似合う顔立ちだ。穏やかそうな雰囲気を醸し出している。
「あなたが獅子川真(しん)さんですね?」
 獅子川の作品は未読だが、デビュー直後は実力派のコンビ作家として話題になった。獅子川は、真、正の二人で活動している。インタビューによると、プロット制作担当が獅子川真で、執筆担当が獅子川正だという。
 コンビ作家と言えば、最も有名なのはエラリー・クイーンだろう。エラリー・クイーンは、フレデリック・ダネイとマンフレッド・ベニントン・リーの合作ペンネームだ。プロットとトリックの考案の担当はダネイで、執筆はリーだ。
 獅子川正と真がクイーンを意識しているのは、クイーンの『ローマ帽子の謎』や『フランス白粉の謎』『オランダ靴の謎』『ギリシア棺の謎』など、有名な"国名シリーズ"にちなんで、"県名シリーズ"を刊行していることから分かる。
 だが――。
 青年は困惑顔で頬を掻いた。
「いや、僕は――」
「彼は獅子川真ではありません」獅子川正が答えた。「真は人見知りで、人前に出ないもので、公の場に顔を出して作品のインタビューに答えるのは僕、獅子川正の役目なんです」
 獅子川真のほうは表に顔を出したことがない。そういう意味では御堂勘次郎と同じ、覆面作家と言えるかもしれない。
「獅子川君の言うとおり、彼は獅子川真君ではないよ、錦野君」御堂勘次郎が含み笑いをこぼしながら答えた。「もっと言えば、作家でもない」
「え?」
 御堂勘次郎が青年に言った。

そして誰かがいなくなる

Synopsisあらすじ

何かが起こりそうな洋館を建てたいんだよ――。大雪の日、人気作家の御堂勘次郎が細部までこだわった洋館のお披露目会が行われた。招かれたのは作家と編集者、文芸評論家と……。最初は和やかな雰囲気だったが、次第に雲行きが怪しくなっていく。奇想天外、どんでん返しの魔術師による衝撃のミステリー!

Profile著者紹介

1981年京都府生まれ。2014年に『闇に香る嘘』で第60回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。同作は数々のミステリランキングにおいて高い評価を受ける。同年に発表した短編「死は朝、羽ばたく」が第68回日本推理作家協会賞短編部門候補、『生還者』が第69回日本推理作家協会賞の長編及び連作短編集部門の候補、『黙過』が第21回大藪春彦賞候補となるなど、今注目を集める作家である。『難民調査官』『叛徒』『真実の檻』『失踪者』『告白の余白』『サハラの薔薇』『悲願花』『刑事の慟哭』『絶声』『法の雨』『同姓同名』『ヴィクトリアン・ホテル』『白医』『アルテミスの涙』『情熱の砂を踏む女』など著書多数。

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