そして誰かがいなくなる第38回


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 山伏大悟は安藤の顔を見つめた。
 御堂勘次郎の担当編集者が――?
「いや、僕は何も――」安藤が困惑顔で面々を見回した。「何かの間違いです」
 林原凛がきっぱりと言った。
「見間違いじゃありません。ホールのフロアランプの仄明かりで人影の正体ははっきり見えました。深夜に書斎に忍び込んで、忽然と消えたのは安藤さんでした」
 錦野光一が険しい顔つきで進み出た。
「話を聞かせてもらいましょうか、安藤さん。あなたは御堂さんの"共犯者"なんですか? それとも、御堂さんを消した"犯人"なんですか?」
 安藤は唇を引き結んだ。
「あなたは隠し部屋の存在を知っているんでしょう?」
 錦野光一が追及すると、安藤は林原凛を一睨みした。
「容疑者の言い逃れを信じるんですか? 彼女は全部屋のロックを取り外して、犯行予告状まで作っているんですよ」
「"犯人"を炙り出す罠でしょ」
「それを鵜呑みにするんですか? 錦野さんに犯行を見破られたから、苦し紛れに他の誰かを"犯人"に仕立て上げようとしているとは考えないんですか」
 錦野光一が眉を顰める。
「......まあ、その可能性もないとは言いませんよ。でも、彼女の説明は筋が通ってますし、仮に言い逃れで話をでっち上げるなら、もう少し濁すんじゃないですか」
「濁す......?」
「人影の正体を特定しないとか。誰かは分からなかったって言えば、俺らもそれ以上追及できません。でも、彼女は安藤さんの名前を出しました。事実だからでは?」
「濡れ衣です」
 口論を聞いているとき、山伏はふと思い出した。寝ぼけ眼で見た深夜の光景が蘇る。
「そういえば――」山伏は言った。「寝ているとき、シアタールームの扉が開く音がして、一瞬だけ意識が覚醒したんですよ。出て行く安藤さんの背中を見た気がします。うつらうつらしながら、トイレに目が覚めたのかな、と思ったんです」
 錦野光一が薄笑みを浮かべた。
「客観的な証言が出てきましたね、安藤さん。もう言い逃れはできないんじゃないですか。それとも、林原さんと山伏さんがグルだって主張します?」
 全員の目が安藤に突き刺さっている。
 安藤が黙ったままでいると、錦野光一が書斎内を眺め回した。
「秘密の出入り口があるとしたら――定番は本棚扉ですかね」
 山伏は四方の本棚を順に見た。
「本棚扉ですか......」
 西側は備えつけの本棚のあいだに窓がある。本棚が動いたとしても、後ろに隠し部屋はないだろう。外への出入り口がある北側も同じだ。
 そう考えると――。
 山伏は南の本棚に近づいた。棚板に手のひらを添え、思いきり押してみた。
 だが――本棚はびくともしなかった。
「......動く気配はないですね」
 錦野光一が唇を撫でた。
「秘密のスイッチがあるとか?」
 林原凛が安藤に「どうなんですか」と訊いた。
 安藤は答えようとしなかった。
「実は――」錦野光一がマントルピースに近づき、「この前、これを見つけたんです」とロンドンの街並を描いた絵画に手を伸ばした。
 彼が絵画を取り外すと、壁に隠し金庫が埋め込まれていた。
 数人が「おおー」と感嘆の声を漏らした。
 錦野光一が金庫に触れた。
「皆で御堂邸を調べ回っていたとき、たまたま発見したんです。絵画の裏の隠し金庫なんて、定番でしょう? まさかね、と思いながら取り外してみたら、これがあったんです」
 金庫の扉には数字の書かれたボタンが並んでいる。
 山伏は「暗証番号は分かるんですか」と訊いた。
 錦野光一は顰めっ面を作った。
「分かりませんよ、もちろん。四桁なら総当たりで開けられますけど、数字を順に試していくのは面倒ですし、何より、御堂さんの金庫を勝手に開けるのはさすがにまずいと思って......」
 林原凛がうなずいた。
「そうですね。状況が状況とはいえ、いくらなんでも金庫を開けてしまうのは問題があると思います」
 天童寺琉が進み出た。
「開けられる前提の隠し金庫かもしれませんよ」
 林原凛が「どうしてそう思います?」と訊いた。
「実は僕も見つけていたものがありまして」
 天童寺琉がマントルピースに近づき、その横にある付柱(ピラスター)を撫でた。
「昨日、書斎を調べていたときに発見したんですが......」
 彼は付柱の縁に指をかけ、引いた。すると、縦に溝が入った付柱が開いた。縦長の隠し棚が現れる。
「それは――」
 安藤は隠し棚を見つめた。チェスの駒が――クイーンがぽつんと置かれている。
 天童寺琉はクイーンを取り上げた。
「一つだけのチェスの駒。意味ありげではないですか?」
 彼が目を向けた先は――。
 マントルピースの上に厚みがあるシェルフがあり、写真立てとチェスの駒が並んでいた。左からポーン、ルーク、ビショップ、キング、ナイトが置かれている。
「クイーンだけ、ありません」
 天童寺琉は、並んでいる駒のあいだの不自然なスペースを指差した。
「実はこの五つのチェスの駒はシェルフに固定されているんです。両面テープなのか接着剤なのか分かりませんが」
 山伏は「つまり?」と訊き返した。
「位置が変わらないようにしてある、ということです。ルークとビショップのあいだにクイーンを置いてください――と言いたげです」
 天童寺琉はシェルフのルークとビショップのあいだに、クイーンの駒を置いた。そのとたん、電子音が鳴り、シェルフの下部がパカッと開いた。
「こんな仕掛けが――」
 錦野光一が口をあんぐり開けた。
 シェルフ型の隠し金庫には――開いたら見えるようにメモが貼りつけられており、横書きの文章があった。
"暗証番号は犯人の苗字+被害者の苗字である。ヒントYamadaは45"
「暗号ですか......」
 山伏は文章を見つめた。
「おそらく壁の金庫の暗証番号です」天童寺琉が答えた。「わざわざこのような文章を残してあるということは、僕らに解かせるつもりだったと思われます」
「御堂さんが?」
「そうでしょう。実はここまでは一人で確認していまして。昨日から暗号の解き方を考えていました」
「分かったんですか?」
「それほど難しい暗号ではありません。ヒントで、『山田』をあえてアルファベット表記にしてあることが親切な手がかりでした。『YAMADA』が45になる計算は、アルファベットを数字に置き換えて足し算すればいいんです」
「数字に置き換え?」
「なるほど」錦野光一が割って入った。「ミステリーの初歩的な暗号ですね。Aは1、Bは2、Cは3、Dは4――という具合に順番に数字に割り当てると、『YAMADA』は25、1、13、1、4、1に置き換えられます。それを全て足したらちょうど45になります」
「はい」天童寺琉がうなずいた。「そういうことだと思います。問題は犯人と被害者が誰か――ということです」
「簡単でしょ、そんなの。被害者は殺された藍川さんか、消えた御堂さんで、犯人は安藤さんですよ」
 安藤が叫び立てた。
「僕は犯人ではありません!」
「暗証番号を打ち込んでみたら分かることでしょ」
 安藤が無力感を噛み締めたような顔で首を横に振った。
 錦野光一は「『ANDO』を数字に置き換えて......」とぶつぶつ漏らしながら計算した。「1、14、4、15を全部足したら34。『AIKAWA』は1、9、11、1、23、1だから、46ですね」
 彼は金庫の番号をプッシュし、『3446』と打ち込んだ。だが――金庫は開かなかった。
「被害者は御堂さんのほうですかね」
 錦野光一は『3441』とプッシュした。
 金庫は――開かなかった。
「駄目ですね」天童寺琉が言った。「僕らの苗字の総当たりで試す手もありますが、今は隠し部屋を先に確認しましょう。そうすれば、手がかりが得られるかもしれません。想像していることがあります」
 錦野光一が安藤をねめつける。
「いい加減、素直に白状してほしいですね。隠し部屋に出入りする方法、知っているんでしょ」

そして誰かがいなくなる

Synopsisあらすじ

何かが起こりそうな洋館を建てたいんだよ――。大雪の日、人気作家の御堂勘次郎が細部までこだわった洋館のお披露目会が行われた。招かれたのは作家と編集者、文芸評論家と……。最初は和やかな雰囲気だったが、次第に雲行きが怪しくなっていく。奇想天外、どんでん返しの魔術師による衝撃のミステリー!

Profile著者紹介

1981年京都府生まれ。2014年に『闇に香る嘘』で第60回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。同作は数々のミステリランキングにおいて高い評価を受ける。同年に発表した短編「死は朝、羽ばたく」が第68回日本推理作家協会賞短編部門候補、『生還者』が第69回日本推理作家協会賞の長編及び連作短編集部門の候補、『黙過』が第21回大藪春彦賞候補となるなど、今注目を集める作家である。『難民調査官』『叛徒』『真実の檻』『失踪者』『告白の余白』『サハラの薔薇』『悲願花』『刑事の慟哭』『絶声』『法の雨』『同姓同名』『ヴィクトリアン・ホテル』『白医』『アルテミスの涙』『情熱の砂を踏む女』など著書多数。

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