そして誰かがいなくなる第14回


            5

 食事が終わると、御堂勘次郎の案内で二階の各部屋――マスターベッドルーム、シアタールーム、廊下の先のゲストルームを案内された。
 一階と同じく、二階の各部屋も凝った内装だった。案内されながら全員が感嘆の声を漏らしていた。
山伏大悟は皆と一緒に一階のリビングへ戻った。
 御堂勘次郎がふと掛け時計に目をやり、言った。
「すまんね、私は少し書斎で仕事をしてくるよ。早々に主(あるじ)が抜けるのは非礼だと分かっているが、締め切りが迫っている原稿の存在を思い出してね」
 林原凛が「お気になさらず」と答えた。
「少々時間がかかるかもしれん。シアタールームでもどこでも自由に使って、楽しんでくれ」
 錦野光一が満面の笑みで「いいんですか!」と声を上げた。
「ゲストを退屈させるわけにはいかんだろう。飲み物は執事に声をかけてくれ」
 老執事がうやうやしく一礼する。
「では」御堂勘次郎が言った。「書斎以外なら自由に出入りしてくれて構わない」
「ありがとうございます」
 御堂勘次郎は踵を返そうとし、動きを止めた。思い出したように言う。
「あ、そうそう。一つ忠告があった」
「忠告――ですか?」
「ああ。ドアや窓なんだがね......」
 御堂勘次郎は背を向け、玄関のほうへ歩いていった。全員で飾り柱(コラム)が両脇に建つアーチを抜け、ホールまで付いていく。
「開けると――」
 彼は靴を履いて玄関に下り、ドアの鍵を開け、押し開けた。そのとたん、けたたましい警報が御堂邸全体に鳴り響いた。
 全員が驚きの顔を見合わせる。
「こうなる」
 御堂勘次郎は玄関脇のパネルを操作し、警報を切った。背中でパネルが隠れていたから、どのような操作をしたのか――パスワードを入力したのか、それとも特殊なキーでも差し込んだのか――招待客たちには見えなかった。
 彼がにやりと笑いながら振り返った。
「私の邸宅は警報装置が付けられていてね。外との出入りができる全ての窓とドアにだ。もし開けたら、私がこうして止めるまで警報が鳴り渡る」
「なるほど」林原凛がうなずいた。「部外者が侵入しようとしたら一発で分かるわけですね」
 錦野光一が大真面目な顔で言った。
「逆に言えば、俺らは御堂邸に閉じ込められたわけですね。厳密には出て行けるわけだけど、誰にも気づかれず――というわけにはいかない。ですよね?」
 御堂勘次郎が笑みで応えた。さすが発想がミステリー作家だね、と愉快がるように。
 錦野光一が胸を躍らせたような口ぶりで言った。
「警報が鳴ったら、その瞬間に誰かがドアか窓を開けたんだと周知されます。この吹雪なので、外部から人がやって来る可能性は皆無。つまり、招待客の誰かが外へ出た――ということになります。このシチュエーションで長編を一本、作れそうですね」
「私の家は私にネタにさせてくれよ」
 御堂勘次郎が朗らかに笑いながら廊下の先にある書斎へ姿を消すと、横たわっていた緊張がふっと緩んだ。
 気さくに話してくれているとはいえ、業界に君臨する大御所作家を前にしているのだ。新人や中堅の同業者なら誰でも緊張するだろう。
「それにしても素敵なお宅ですね」藍川奈那子が改めてリビング内を見回した。「憧れの御堂先生のご自宅に招待していただいて、先生ご本人とお会いできるなんて夢のようです」
 錦野光一は電気暖炉のマントルピースの上に掲げられた重厚な大型ミラーを眺め、自分の髪形をチェックしていた。毛先をいじりながら「たしかにね」と軽く応じた。御堂勘次郎が場を離れるや、ずいぶんリラックスしたようだ。
「実はリビングの様子を覗き見る隠しカメラがあったりして......」
 獅子川正が冗談めかして言ったとたん、錦野光一がピクッと反応し、慌てた顔で周辺を見回した。
 林原凛が「まさか」と笑い声を上げた。
「本格推理小説だと、家主の怪しい趣味は定番でしょう? 動機は様々ですが」
 獅子川正が言うと、林原凛が「『人間椅子』のような?」と江戸川乱歩の作品タイトルを口にした。
 約百年前に発表された短篇で、椅子専門の家具職人である主人公が椅子の中に空洞を作ってそこに潜み、その椅子を購入した家の女性作家に執着していくという、いわゆる"エログロナンセンス"だ。
「いやいや」獅子川正が言った。「乱歩御大の作品なら、むしろ『屋根裏の散歩者』では?」
『屋根裏の散歩者』は、下宿屋の押し入れから屋根裏に上がれると知った主人公が天井から住人たちの私生活を覗き見るうち、完全犯罪の欲求にとり憑(つ)かれる倒叙形式――物語の最初から犯人が分かっている推理小説のジャンル――の短篇だ。明智小五郎シリーズの五作目でもある。
 林原凜が反論する。
「『屋根裏の散歩者』は下宿が舞台ですし、あまりしっくりこない気もします」
「それだと『人間椅子』も同じじゃないですか?」
 二人が古今東西のミステリー小説の作品名を挙げはじめたとき、藍川奈那子が少し憤慨したように口を挟んだ。
「御堂先生はそんな非常識なことは絶対にされません」
 二人のミステリー談義がぴたっと止まった。
 獅子川正が苦笑いしながら答える。
「本当に見張られていると思っていたら、こんな話題は口にしないですよ」
「それはまあ......」
「でしょ?」
「私は、御堂先生がいらっしゃらない場でこういう話は失礼じゃないかと――」
「軽口の類いですから。それとも――告げ口でもします?」
 藍川奈那子が眉間に皺を刻んだ。
「そんなことしません!」
 錦野光一が爽やかな笑みを浮かべて見せた。
「よかったです」
 彼女が毒気を抜かれたように黙り込んだ。
「それよりも――」錦野光一が真面目腐った顔で切り出した。「俺は例の盗作暴露の話が気になりますね」
 面々を見回しながら「皆さんはどうですか?」と訊く。
 他の三人の作家が互いの顔を覗き見る。相手の内心を探るような眼差しが交錯する。
 盗作の暴露――か。
 作家たちは内心、落ち着かないのではないか。故意に盗作をしていなくても、参考にしたり意識したりした先行作があれば、それのことなのかと、不安に駆られると思う。疑惑が吹聴されるだけでも作家として致命傷になる"罪"だ。
 疑惑が出たとき、どの作品がどの作品の盗作とされているのか、公になった場合はまだ救いがある。一般読者が作品を見比べ、アウトかセーフか判断できるからだ。
 たとえば、中盤で兄が病死するシーンしか一致点がなかった、とか、トリックも展開も全然似ていないけどどちらも双子トリックだった、とかだった場合、その程度の類似をアウトと見なせば、世の中の大多数の作品は盗作とされてしまうし、言いがかりだと判断できる。
 しかし、"盗作元"の作品が明らかにされなかったり、タイトルは出ていてもその作品がマイナーすぎて読んでいる読者がいなかったりした場合は厄介だ。比較できないので、無実だと判断してくれる読者がおらず、盗作作家の汚名だけが一人歩きしていく。
 文芸界でも盗作疑惑を出された作家や作品は枚挙にいとまがない。これは自作の盗作だ、と作家が声を上げるケースもあるし、これは誰々のあれの盗作ではないか、と読者が声を上げるケースもある。双方のファンが入り乱れて侃々諤々(かんかんがくがく)、盗作なのか盗作ではないのか、議論が激化する。
 疑惑の大半は、吊るし上げられた側が盗作を否定し――該当作は読んだこともない作品だと反論し――、事実無根の冤罪(えんざい)として決着することが多い。イラストの世界のトレース――他作品の絵を下敷きにしてキャラクターなどの線をなぞり、体形やポーズを別キャラクターに置き換える行為――とは違い、客観的に見てアウトと断じることができるケースが少ないからだ。

そして誰かがいなくなる

Synopsisあらすじ

何かが起こりそうな洋館を建てたいんだよ――。大雪の日、人気作家の御堂勘次郎が細部までこだわった洋館のお披露目会が行われた。招かれたのは作家と編集者、文芸評論家と……。最初は和やかな雰囲気だったが、次第に雲行きが怪しくなっていく。奇想天外、どんでん返しの魔術師による衝撃のミステリー!

Profile著者紹介

1981年京都府生まれ。2014年に『闇に香る嘘』で第60回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。同作は数々のミステリランキングにおいて高い評価を受ける。同年に発表した短編「死は朝、羽ばたく」が第68回日本推理作家協会賞短編部門候補、『生還者』が第69回日本推理作家協会賞の長編及び連作短編集部門の候補、『黙過』が第21回大藪春彦賞候補となるなど、今注目を集める作家である。『難民調査官』『叛徒』『真実の檻』『失踪者』『告白の余白』『サハラの薔薇』『悲願花』『刑事の慟哭』『絶声』『法の雨』『同姓同名』『ヴィクトリアン・ホテル』『白医』『アルテミスの涙』『情熱の砂を踏む女』など著書多数。

Newest issue最新話

Backnumberバックナンバー