そして誰かがいなくなる第19回

「そもそも、状況が分からなすぎます」山伏は面々を振り返った。「御堂さんの叫び声が聞こえましたが、あれは何だったのか......」
 彼女が深刻な顔で答えた。
「御堂さんが転倒されたとか、そんなことも考えましたけど、それなら消えているはずがありません」
 獅子川正が踵を返した。
「書斎を見に行きましょう」
 全員で階段を下りた。天童寺琉が「念のために――」と一階トイレとパウダールームを調べた。浴室の浴槽の中も、ランドリーも、しっかり見たものの、御堂勘次郎の姿はなかった。
 一階廊下の突き当たりにある書斎に来た。獅子川正がノッカーを叩く。
 間を置き、室内から「はい!」と応じる声がした。
 一瞬、御堂勘次郎がいるのかと思ったが、声は違った。
 ドアを開けて書斎に入ると、担当編集者の安藤が奥に立っていた。当惑した眼差しで面々を順に見る。
「あのう......。そんな顔をして、どうかしたんですか」
 獅子川正が「御堂さんは?」と尋ねる。
「御堂先生ですか?」
「打ち合わせをしていたのでは?」
 安藤の瞳に困惑の色が表れた。
「それが――」
「何です?」
「書斎を訪ねましたところ、御堂先生はいらっしゃらず、代わりにこのメモが――」
 安藤が差し出したメモには、プリンターで印刷した文字で『私が戻るまで電話番を頼む』と書かれていた。
「それで書斎で一人、ずっと電話番を?」
 獅子川正が訊くと、安藤は「はい」とうなずいた。「皆さんは一体何を――」
「御堂さんの叫び声を聞きませんでしたか?」
「叫び声?」
「二階から御堂さんの叫び声がしたんです。あれは普通じゃない声でした」
 安藤はますます困惑した顔になった。
「書斎には何も聞こえませんでした」
 獅子川正が振り返る。
「不可思議ですね。御堂さんは書斎にいなかった。安藤さんに電話番を任せて、どこかに消えていたんです」
 天童寺琉が顎先に触れながら書斎内を見回した。それから安藤が立っている奥まで歩いていき、鎮座する両袖のプレジデントデスクの裏側を確認した。
「......書斎も無人です。御堂さんが陰で倒れていたりもしません」
 林原凛が戸惑いがちに言った。
「御堂さんの消失――」
「どういうことなんでしょう」山伏は誰にともなく言った。「そんなことがあります?」
「邸宅内はくまなく確認しましたよね?」
 天童寺琉が指折り確認していく。
「マスターベッドルーム、シアタールーム、二階トイレ、ゲストルーム、一階トイレ、パウダールーム、浴室、ランドリー、書斎――。各部屋を確認しました。人を隠せそう・・・・なスペースも調べました」
 山伏は彼に言った。
「まるで事件のような口ぶりですね」
「事故であるなら、御堂さんがいなくなるはずはありません。転倒したり何らかのアクシデントがあったなら、叫び声を上げた後、助けを求めるはずです。意識があれば」
「なるほど」獅子川正が錦野光一に目を注いだ。「でもそうなると、二階にいたのは――」
「俺を疑ってるんですか?」錦野光一が険しい顔になる。「御堂さんなんて見てませんよ、俺は」
「いえ。錦野さんがどうこうと思っているわけではなく、単なる事実の確認です」
「どうだか」
 彼は不快そうに鼻を鳴らした。
 御堂勘次郎が叫び声を上げて消えた――。
 これは一体どういうことだろうか。上から叫び声が聞こえ、すぐ二階へ上がり、各部屋を調べた。しかし、御堂勘次郎の姿はなかった。
「これ!」
 突然、獅子川正の声が響き渡った。
 顔を向けると、彼は西側の本棚を睨(にら)みつけていた。
「どうかしましたか?」
 林原凛が訊くと、彼は二段目の棚を指差した。全員の目が集まる。
「並んでいた御堂さんの著作がごっそり消えています」
 言われてみれば、不自然に空きが生まれていた。八十数冊の著作がなぜか消えている。
「どういうことでしょう?」
 藍川奈那子が小首を傾げた。
 錦野光一が本棚に近づき、棚板を撫でた。
「御堂さんに害を加えた犯人がいたとして、何らかの目的があって持ち去った――ということでしょうね」
 天童寺琉が安藤に目を向けた。
「安藤さんは書斎にいたわけですよね。御堂さんの著作が消えていたことには気づいていましたか?」
 安藤が怯えを孕(はら)んだ顔で首を横に振った。
「い、いえ――。全く気づきませんでした」
 山伏は口を挟んだ。
「八十冊以上の著作を誰にも気づかれずに持ち出すなんて芸当――可能でしょうか?」
 天童寺琉が「難しいでしょうね」と答えた。「リビングダイニングには人がいました。たしか、執事の方と林原さん、藍川さんと獅子川さんと山伏さん――でしたよね。談笑されていたと思いますが、大量の本を段ボールなどに詰めて運び出す人間がいたら、さすがに気づかないはずはないと思います」
「もしかして――」錦野光一が言った。「これ、御堂さんの催しの一環なんじゃないですか?」
「催し?」
「覆面作家、御堂勘次郎。新居お披露目パーティー。吹雪に閉ざされた洋館。集められた招待客――。何かが起きるには格好のシチュエーションです。僕たちを試すため――あるいは楽しませるためにあらかじめ計画されていた催しかもしれません。ミステリー作家としての悪戯心が芽生えたのでは?」
「なるほど」獅子川正が同調した。「そう考えれば筋は通りますね。家主として警報を切れば、安藤さんが書斎へやって来る前に、自分の著作を全て外へ運び出すことは容易です。その後は梯子(はしご)なんかを使って外からバルコニーへ上がって、二階のゲストルームで叫び声を上げて、すぐまた外へ出て、梯子を使って脱出――」
 天童寺琉は釈然としない顔をしていた。
「何か異論が?」
「......一つお忘れの現実があると思います。藍川さんがゲストルームで摘まみに手を伸ばし、僕が制止しました。ゲストルームの扉には鍵がかかっていたんです・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あっ」
「密室――」錦野光一がつぶやくように言うと、書斎の裏口のドアへ向かった。つまみを指差す。「こっちも鍵がかかってますね」
「そうなんです」天童寺琉が言った。「御堂邸は巨大な密室だったんです」
「安藤さんが共犯なら、御堂さんが書斎を出てから鍵を掛けることができますが――」
「はい。ですが、安藤さんに二階のゲストルームの鍵を掛けることはできません。たとえば、安藤さんと錦野さんと御堂さんが結託していたなら、可能です。御堂さんが書斎を出てから安藤さんが内側から鍵を掛け、御堂さんが外からバルコニーへ上がってゲストルームに入り、叫び声を上げてから部屋を出る。そして錦野さんが内側から鍵を掛け、何食わぬ顔でマスターベッドルームへ向かう――」
 複数人が共犯者――といえば、かの有名な古典ミステリーのタイトルが一番に頭に浮かぶ。
「俺は知らないですよ」
 錦野光一が否定すると、安藤が「僕も何もしていません」と答えた。
 御堂勘次郎はどこにどうやって消えたのか。
 二階で叫び声を上げた後、こっそり御堂邸を出ることは果たして可能だったのか。
「あの!」
 獅子川正が再び声を上げた。全員が振り向くと、彼が本棚の一つを指差していた。
「これ、見てください! 僕らの著作が並んでいた本棚から林原さんの本だけ消えています・・・・・・・・・・・・・・!」
 招待客たち全員の著作が並んでいた本棚に数冊分の空きがあり、たしかに林原凛の著作だけがなくなっていた。
 それはまるで、登場人物が殺されるたびに置き物のインディアン人形が一個ずつ減っていくアガサ・クリスティーの名作、『そして誰もいなくなった』のようだった――。

そして誰かがいなくなる

Synopsisあらすじ

何かが起こりそうな洋館を建てたいんだよ――。大雪の日、人気作家の御堂勘次郎が細部までこだわった洋館のお披露目会が行われた。招かれたのは作家と編集者、文芸評論家と……。最初は和やかな雰囲気だったが、次第に雲行きが怪しくなっていく。奇想天外、どんでん返しの魔術師による衝撃のミステリー!

Profile著者紹介

1981年京都府生まれ。2014年に『闇に香る嘘』で第60回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。同作は数々のミステリランキングにおいて高い評価を受ける。同年に発表した短編「死は朝、羽ばたく」が第68回日本推理作家協会賞短編部門候補、『生還者』が第69回日本推理作家協会賞の長編及び連作短編集部門の候補、『黙過』が第21回大藪春彦賞候補となるなど、今注目を集める作家である。『難民調査官』『叛徒』『真実の檻』『失踪者』『告白の余白』『サハラの薔薇』『悲願花』『刑事の慟哭』『絶声』『法の雨』『同姓同名』『ヴィクトリアン・ホテル』『白医』『アルテミスの涙』『情熱の砂を踏む女』など著書多数。

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