そして誰かがいなくなる第28回

 山伏が振り返り、老執事に訊いた。
「執事(バトラー)サービスを依頼をしてきたのは、昨日のあの御堂さんでしたか?」
 老執事は困惑顔で答えた。
「依頼はお電話でしたので......」
「声はどうです?」
「同じだったように思いますが......正直、意識して聞いていたわけではありませんので、自信はございません」
 山伏は嘆息交じりにかぶりを振った。他の面々を見やり、「どう思います?」と訊いた。
 錦野光一が眉間を掻きながら答えた。
「どうと言われても――疑惑は疑惑ですし、それを確定するだけの情報は俺らにはありません」
 天童寺琉が人差し指を立てた。
「問題を整理してみましょう。まずは覆面作家、御堂勘次郎は本人だったのか、偽者だったのか。偽者だとしたら疑問がいくつか生まれます。その一。いつから入れ替わっていたのか。その二。本物の御堂勘次郎はどうなっているのか。その三。偽者が御堂勘次郎に成り代わった理由は何なのか。その四。偽者の御堂勘次郎はなぜ叫び声を上げて消えたのか。それは偽者にとって想定内だったのか想定外だったのか」
 林原凛が口を開いた。
「御堂さんが偽者で、その偽者が執事を雇ったとしたら、この新居お披露目会の招待状を出したのも御堂さん本人ではなかった――ということになりますよ」
「それはまだ断言できませんよ」獅子川正が反論した。「御堂さんが招待状を出した後、偽者が成り代わって執事を雇ったかもしれません」
「そうだとして目的は何でしょう」
 林原凛の疑問に答えたのは錦野光一だった。
「俺らに何かを仕掛けるつもりだろうね」
つもりだった・・・・・・、じゃなく、現在進行形・・・・・なんですか?」
「ん?」
「御堂さんは何者かに襲われた可能性がありますよね」
「......もちろんあると思うよ。でも、御堂さんが偽者で、かつ招待状を出した主なら、考え方は変わってくる。覆面作家になりすますなんて、突発的な行動じゃ、無理だよ。綿密に計画を練らなきゃ。だろう?」
「そうですね」
「犯人は――便宜上、犯人って呼ぶけど――綿密に準備していたはずだ。どんな目的があるにしろ。そんな犯人が易々と"被害者"になるとは思えないね」
「つまり、御堂さんの消失も"計画"のうちだった――と?」
「俺はそう推理するね」
 御堂勘次郎が叫び声を上げて館から忽然と消えた。彼の著作が全て本棚から消えていた。同じように林原凛の著作も消えていた。『そして誰もいなくなった』を模しているかのように。
 全て偽者の計画だとしたら、彼の言うとおり、まだ何かが起こるのかもしれない。そしてその標的は――。
 奈那子は林原凛の横顔をじっと見つめた。
 彼女の表情には不安の翳(かげ)りがある。
「でも――」獅子川正が口を開いた。「現段階で考えすぎても仕方ありません。必要以上の不安は逆効果です。落ち着いて吹雪がやむのを待つことにしましょう」
 山伏が訊いた。
「タクシーはどうします?」
「タクシー?」
「御堂さんが電話でやり取りしていなかったとしたら、何とかしないといけません。でも、私たちはあのタクシー会社の電話番号を知りません。一体どうしたらいいのか――」
 獅子川正は喉元を撫でながら思案げに首を捻った。しばらく考えてから答える。
「固定電話を使って知り合いに電話して、タクシー会社に連絡してもらうことは可能かもしれません。スマホやパソコンが使える人間ならタクシー会社の連絡先も分かるでしょう」
「なるほど、それは名案ですね」
「じゃあ、僕が電話をお借りして――」
 獅子川正はゴールドに輝くロココ調のコンソールに近づき、固定電話の受話器を取り上げた。プッシュ式のボタンを押し、誰かに電話を掛けた。
「――そう。だから困ってる。自分たちのスマホは全員、御堂さんに預けちゃって、まだ見つからない。だからタクシー会社の連絡先を調べて、僕らのことを伝えてほしい。吹雪がやんだら迎えに来てほしい」
 彼は何度か相槌を打ってから電話を切った。
 山伏がふうと息を吐いた。
「これでとりあえずは安心ですね。吹雪さえやんでくれたら帰れます」
「......まだ謎が残ってますし、スマホも失ったままです。吹雪がやむまでに解決したいですね」
 老執事がキッチンから「皆様、何か飲まれますか」と声をかけた。数人が「お願いします」と答えた。
 娘の美々が「ジュース飲みたい!」と声を上げた。
 老執事が笑顔で「かしこまりました」と応じた。
「私も手伝います」
 林原凛がキッチンへ歩いていく。
 奈那子は彼女を眺めた後、美々をリビングのスツールに座らせた。ダイニングチェアでは娘の座高が足りずにテーブルを使えないので、リビングでいただくことにする。
 しばらくすると、林原凛がリンゴジュースを持ってきて、「はい、どうぞ」と美々に手渡した。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
 受け取った美々が美味しそうに飲む。
「すみません、林原さん」
 奈那子は彼女に頭を下げた。
「いいえ」林原凛は笑顔で手のひらを振った。「気にしないでください。可愛らしくて、つい世話を焼きたくなります」
「遠慮がなくて、ひやひやします」
 奈那子は彼女と会話して時間を潰した。意識的に不吉な話題は避けていたように思う。小説の話だったり、都内の美味しいカフェの話だったり、両親が飼っている三毛猫の話だったりした。
 そのうち、美々が眠たそうにまぶたをこすりはじめた。
「眠くなっちゃった?」
 林原凛が美々に優しく声をかけた。娘が無言でうなずく。
「じゃあ、そこでお昼寝する?」
 彼女が指差したのは、リビングの奥に置かれた二人掛けのヴィクトリアン調のソファだった。
 再び美々がうなずく。
 奈那子は美々を立たせた。
「じゃあ、そこで横になってなさい」
 美々はソファに横たわった。膝を軽く折り曲げるようにして丸くなる。厚みがある肘置きに挟まれているものの、小さな体は窮屈そうではなかった。

そして誰かがいなくなる

Synopsisあらすじ

何かが起こりそうな洋館を建てたいんだよ――。大雪の日、人気作家の御堂勘次郎が細部までこだわった洋館のお披露目会が行われた。招かれたのは作家と編集者、文芸評論家と……。最初は和やかな雰囲気だったが、次第に雲行きが怪しくなっていく。奇想天外、どんでん返しの魔術師による衝撃のミステリー!

Profile著者紹介

1981年京都府生まれ。2014年に『闇に香る嘘』で第60回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。同作は数々のミステリランキングにおいて高い評価を受ける。同年に発表した短編「死は朝、羽ばたく」が第68回日本推理作家協会賞短編部門候補、『生還者』が第69回日本推理作家協会賞の長編及び連作短編集部門の候補、『黙過』が第21回大藪春彦賞候補となるなど、今注目を集める作家である。『難民調査官』『叛徒』『真実の檻』『失踪者』『告白の余白』『サハラの薔薇』『悲願花』『刑事の慟哭』『絶声』『法の雨』『同姓同名』『ヴィクトリアン・ホテル』『白医』『アルテミスの涙』『情熱の砂を踏む女』など著書多数。

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