#刑事の娘はなにしてる?第25回
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渋谷スクランブル交差点の近くのオープンテラスのカフェ。
斜(はす)に被った赤のニューエラのキャップ、赤いダボダボのフードパーカーのセットアップ、首に三重に巻いた金のネックレス、指に嵌めたごつい色石の指輪――テラス席に座り上半身を上下に揺らしリズムを取る三宅を見て、朝陽は早くも後悔していた。
密室は危険なので人目につく場所を指定したのだが、改めて三宅の出で立ちを目の当たりにすると知り合いだと思われるのが恥ずかしかった。
だが、引き返すわけにはいかない。
楓を救出するためには、三宅の協力が必要なのだ。
朝陽はテラス席に入ると、無言で三宅の前に座った。
「六時の約束いま六時ピッタリ僕と若葉ちゃんの息もピッタリエッチの相性もピッタリあそこに座るギャルのチビTピッタリビーチクポッチリでも僕がボッキするのは若葉ちゃんのビーチクだけオ~イェア~!」
三宅が舌を出し、中指を突き立てた。
朝陽は、初めて知った。
この世で、ゴキブリよりも生理的に受け付けない生き物がいることを......。
「なに飲む? ビア? シャンパ~ン?」
三宅がビールのグラスを片手に、おかしなイントネーションで訊ねてきた。
「アイスティーをお願いします」
朝陽は三宅を無視して、スタッフに注文を告げた。
三宅が、朝陽の全身に舐め回すような視線を這わせた。
今日の朝陽は、長袖Tシャツにデニムという肌の露出が少ない服装だった。
「若葉ファッション露出なしオー残念無念僕の雑念行き場なし......」
「ミミに会わせてください」
朝陽は、三宅を遮り本題を切り出した。
悪夢が蘇るので、たとえ一秒でも三宅の顔を見たくはなかった。
「まあまあ、そう焦らないで。エッチをした関係の二人が、せっかくこうやって会っているんだからゆっくり話でも......」
「いい加減にしてください! 本当にミミの居場所を知ってるんですか!? ラウンジで働いているって話も嘘だったじゃないですか!? もしかして、秀さんって人の話も嘘なんですか!?」
この前三宅は、飲み友達の秀という男が楓と一緒にいると言っていた。
この調子なら、その話もでたらめの可能性が高かった。
「そう、嘘」
三宅が、あっさりと認めた。
「え!? じゃあ、ミミはどこにいるんですか!?」
朝陽は身を乗り出し、三宅に訊ねた。
「俺の家」
三宅が自分の顔を指差した。
「どうして!? どうしてあなたの家にいるんですか!?」
朝陽は素頓狂な声で質問を重ねた。
「どうしてって、決まってるじゃん。俺に惚れたからだよ」
三宅は得意げに言った。
「そんなわけありません!」
思わず、朝陽は否定していた。
「なぜ? 俺みたいにイケてる男なら、ミミちゃんが惚れるのも無理はないさ」
三宅が自信満々に言いながら、朝陽にウインクした。
不意に、朝陽の食道を胃液が逆流した。
「だって、十七歳の子が四十五歳の男の人を好きになるわけないじゃないですか!」
口を衝く本音――いや、ハリウッドスターのような四十代なら年の差恋愛もありえるが、三宅のような気持ち悪い中年男を楓が好きになる可能性は万に一つもない。
「おっと、いくらヒップホッパーでも、そんな言いかたされたらブロークンハートだぜ」
三宅が左胸に手を当てて、大袈裟に顔を顰めて見せた。
「もう、その手には乗りません!」
朝陽はきっぱりと言った。
きっと三宅は、楓を部屋に連れ込み自分のときのように......。
朝陽は頭を振り、蘇りかけた悪夢を打ち消した。
「わかるよ~、警戒するその気持ち。この前、俺に騙されてあんなこともこんなこともやられちゃったわけだから。でも、今度は嘘じゃない。実は、俺も迷惑してるんだ。最初は若い女の子の体に興奮したけど、何回かやったら飽きちゃってさ。で、いまは居座られて困っちゃってるわけ」
三宅は大きな息を吐きながら、首を横に振った。
三宅の話は、俄(にわか)には信じられなかった。
百歩......いや、千歩譲っても、楓が三宅の家に転がり込むなどありえない。
「だったら、どうしてこの前、あんな嘘を吐いたのですか!? 最初から、三宅さんの家にいると言えばよかったじゃないですか!?」
朝陽は疑問を口にした。
自分をレイプするつもりなら、わざわざラウンジに呼び出さずに自宅でもよかったはずだ。
「ぶっちゃけ言うと、若葉ちゃんが抵抗したときに押さえつける助っ人がほしかったのさ」
ヘラヘラしながら言う三宅の顔に、熱湯をかけてやりたかった。
「信じられません」
朝陽は取り付く島もなく言った。
「じゃあ、俺が飯を食いに行く口実で、ミミちゃんを車で連れてきてあげるよ。これならいいだろ?」
「どこに連れてきてくれるんですか?」
間を置かずに朝陽は訊ねた。
「どこでも。若葉ちゃんが指定するところに連れて行くよ」
騙されてはならない。
あとからなにか理由をつけて、朝陽を誘き出すつもりに違いない。
「なら、渋谷の道玄坂の交番の前でお願いします」
朝陽は言うと、三宅を凝視した。
「いいよ」
あっさりと受け入れる三宅に、朝陽は肩透かしを食らった気分だった。
いったい、どういうつもりだ?
楓が家に転がり込んでいるというのは、本当なのか?
一分、二分......朝陽は逡巡した。
交番の前なら大丈夫という気持ちと、ふたたび罠だったらという危惧の念の間で朝陽の心は激しく揺れた。
「ぶっちゃけ、俺が若葉ちゃんでも警戒すると思うよ。もう忘れて。ヒップホッパーは、去る者は追わずだからさ。んじゃ、ここは若葉ちゃんの奢(おご)りっつーことで」
「これから、ミミを連れてこられますか!?」
席を立ち上がりかけた三宅に、朝陽は言った。
もし三宅がなにかを企んでいたとしても、交番の前なら実行できないはずだ。
三宅が現れなければ、楓が部屋にいるというのが嘘だとわかる。
どちらの結果になっても、三宅と顔を合わせるのは今日が最後だ。
「ちょっと用事あるから、九時頃ならオーケー!」
三宅が言った。
朝陽はスマートフォンのデジタル時計を見た。
九時までには三時間近くある。
父をこれ以上心配させたくないので、一度帰ったほうがよさそうだった。
「わかりました。九時に道玄坂の交番で」
「オーケー! イェア~! 九時にシクヨロ!」
三宅が右手を上げてハイタッチを求めた。
朝陽は無言で立ち上がり、千円札をテーブルに置くと出口に向かった。
Synopsisあらすじ
4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。
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