#刑事の娘はなにしてる?第3回

 ディスプレイには、童顔の美少女の写真が表示されていた。
「誰だ? この娘は?」
 神谷は怪訝(けげん)な顔で訊ねた。
「とりあえず読んでください」
 三田村に促され、神谷は視線をディスプレイに戻した。
 
 つむぎ
 20歳 東京都渋谷区

 自己紹介
 
 都内の大学に通っています。
 将来通訳になるためにイギリスに留学を考えています。
 私の夢を応援してくださる、心が広く余裕のある紳士的な方を探しています。
 一人の方と長くいいお付き合いができることを望んでいます。
 お茶やお食事をしながらお互いのことを知り、フィーリングが合えば大人も考えています。
 私を気になった方は、メッセージお待ちしています。

 詳細情報
 
 外見
 身長163センチ
 スタイル ナイスバディ
 
 職種 学歴
 大学生

 性格 その他
 性格 穏やか
 お酒 嗜(たしな)む程度
 暇な時間 土日の夕方
 同居人 一人暮らし
 
 希望する男性のタイプ

 年齢 40代~70代
 スタイル 気にしない
 煙草 吸わない人がいい

「なんだ、これは?」
 神谷は三田村に顔を向けた。
「登録している女性会員のプロフィールです」
「この娘は、イギリス留学の応援をしてくれる人を募集しているのか?」
「建前はそうです」
 すかさず三田村が言った。
「建前?」
「はい。理由なんてなんでもいいんです。彼女達は自分にお金を出してくれるスポンサーを探しているのですから」
「スポンサー? イギリス留学には数百万はかかるだろう? お茶や食事だけでそんな大金を払う馬鹿はいねえだろうが?」
 神谷は呆れた表情で言った。
「ちゃんと読んでください。フィーリングが合えば大人も考えていますって、書いてあるじゃないですか」
「大人ってなんだ?」
「やっぱり知らなかったんですね。大人は援助交際やパパ活の隠語でセックスのことです」
「はぁ!? セックス!? 顔も知らない奴らや犯罪者が見てるかもしれないアプリのプロフィールに、そんなことを書くのか!? この娘は二十歳の大学生だろう!?」
 神谷は驚きの声を上げた。
「そんなに驚くことじゃないっすよ。このアプリには、十八の女の子も登録してますから」
「十八だと!? ウチの娘と一つしか変わらないじゃねえか!?」
「神谷さんの娘さん、高二でしたっけ? 気をつけたほうがいいっすよ。最近じゃ、女子中高生もパパ活をあたりまえに......」
「てめえっ! それ以上一言でも喋ったら、口の中に手を突っ込んで舌を引っこ抜いてやるからな!」
 神谷は三田村の襟首を掴み引き寄せると、鬼の形相で怒声を浴びせた。
「す、すみません! 神谷さんの娘さんがパパ活をやってるって意味じゃないっすから......」
「あたりめえだろうが! ウチの娘がそんな不純な行為に手を染めるわけねえだろ! てめえはウチの天使を売春婦扱いしようってのか!」
 神谷は襟首を掴んだ両腕を激しく前後に動かした。
「い......石井さん......と女の大事な......メッセージを......見なくても......いいんすか......」
 三田村の切れ切れの言葉に、神谷は腕の動きを止めた。
「馬鹿野郎! 早く見せろ!」
 神谷は三田村の襟首から手を離し怒鳴りつけた。
「見せようとしてたのに......勝手な人だな......」
 喉を擦りながら、三田村が小声で文句を言った。
「これが石井さんとつむぎって子のメッセージのやり取りです」
 三田村がスマートフォンを差し出してきた。

 はじめまして! 石井と申します。
 都内でテレビ関連の仕事をしています。
 つむぎさんのお写真とプロフを拝見しました。
 とてもかわいいですね。
 大人の条件を教えてください。

 はじめまして(#^.^#)
 ありがとうございます(*'▽')
 加工はしていないので容姿でガッカリさせることはないと思います。
 ホ別ゴム有3
 よろしくお願いします。
 いつ頃にしますか?

「これは、石井さんが送ったメールなのか?」
 信じられないと言った表情で、神谷は訊ねた。
「そうです。四十五歳の既婚者が二十歳の女子大生を誘うメッセージっす」
 三田村が茶化すような口調で言った。
「死人を悪くは言いたくねえが、娘みたいな女の子にこんなメールを送るなんてとんでもねえ野郎だ。四十七の俺と娘の年の差と変わらないじゃねえか? ところで、ホ別ゴム有3ってなんの暗号だ?」
 神谷が訊ねると、三田村がため息を吐いた。
「ホテル代は別で、コンドームをつけてのセックスという条件で三万円ということです」「なっ......そんなこと、素性もわからない男に送ってるのか!? それに、自分の父親くらいの男だぞ!? 何度も会ってる顔見知りならわからんでもないが、二十歳の娘が見ず知らずの四十五歳の男に、三万で身体を売るなんておかしいだろうが!? おいっ、どうなんだよ!?」
 神谷は三田村の胸倉を掴んだ。
「ちょっと......僕が援助交際したわけじゃないっすから......苦しい......は、離して......」
 神谷は舌を鳴らし、三田村の襟首から手を離した。
「この女子大生と石井さんが会ったのはいつだ?」
「事件の前日です」
「前日!? 女子大生に会った翌日に石井さんは殺されたのか!?」
 神谷は大声を張り上げた。
「そういうことになりますね」
「行くぞ」
 神谷は三田村を促し、エントランスに向かった。
「どこに行くんですか?」
「つむぎって女子大生のところだよ」
「俺、住所わからないっすよ」
「なんで知らねえんだよ!」
 神谷は足を止め、三田村に詰め寄った。
「男性会員と違って女性会員は身分証明書を出さなくていいので、ほとんどがでたらめの名前や住所を書いてるんですよ。このつむぎって名前も住所が渋谷っていうのも、でたらめだと思います」
「だったら大元に乗り込むぞ」
「運営のことですか? 待ってください。いまホームを探しますから」
「運営だかなんだか知らねえが、クソみてえな淫(みだ)らなアプリを作った奴のところだよ! 早く探せ! 早く!」
 神谷は激しく三田村を急(せ)かした。
「そんなに急かさないでくださ......あ! ありました。電話番号と住所が載ってます。いま、電話をかけて......」
「貸せ」
 神谷はスマートフォンを三田村から奪い取り、速足でエントランスから外に出た。
「ちょっと、どこに行くんですか?」
「電話なんてまどろっこしい! 運営とかいうところに乗り込むんだよ! クソバエども、どけどけどけ!」
 神谷は振り返らず言い残すとエントランスを飛び出し、獲物に群がるハイエナの如き報道陣の群れに突っ込んだ。

#刑事の娘はなにしてる?

イラスト/伊神裕貴

Synopsisあらすじ

4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。

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