#刑事の娘はなにしてる?第20回
☆
渋谷のホテルのカフェラウンジ――神谷は氷だけになったアイスコーヒーをストローで吸い上げながら、ラウンジの出入り口に眼をやった。
約束の七時になっても、つむぎは現れなかった。
テーブルの上で、スマートフォンが震えた。
ドタキャンかもしれないですね
右斜め前のテーブルにいる三田村からのLINEの着信だった。
宮益坂のコンビニエンスストアに、切り取られた乳房を送りつけてきた送付主の情報を得るために向かっている途中で、つむぎからの返信が三田村に入った。
コンビニエンスストアに小包を持ち込んだのは三十代から四十代と思しき、中肉中背の男性だったという。
店員の話では中年男性はニット帽を被りマスクをつけていたので、顔はわからなかったらしい。
監視カメラの映像でも顔は確認できず、中肉中背の中年男性ということしかわからなかった。
決めつけるな。女は待ち合わせに遅れるもんだ。
三田村にそう返信したが、内心、神谷も懸念していた。
つむぎが、三田村との顔合わせをすっぽかすのではないかと。
それにしても、あの切り取られた乳房を送り付けてきたのは誰か?
被害者女性は、殺害された可能性が高い。
だとすれば、遺体はどこに?
犯人が捜査一課に送り付けてきた目的は?
「粗大ごみ殺人事件」の連続殺人犯でないにしても、まったくの無関係なのか?
「野中さんですか?」
三田村の偽名を呼ぶ女性の声に、神谷は首を巡らせた。
黒髪のロングヘアの長身の女性が、三田村の前に立っていた。
「つむぎさんですか?」
「はい。遅れてしまってごめんなさい」
つむぎが頭を下げた。
「とりあえず、座ってください」
三田村がつむぎを席に促した。
「女子大生にしては、大人っぽいですね」
三田村が言うように、つむぎには大人びた雰囲気があった。
「小さい頃から、大人に囲まれた環境で育ちましたから」
つむぎが笑顔で答えた。
「大人に囲まれた環境ですか?」
「ええ。私、六歳まで子役をやっていたんです」
「やっぱり、どこか垢(あか)抜けた方だと思いました」
「そんな、私なんて全然です」
つむぎは謙遜しているものの、言葉とは裏腹に当然、といった顔をしていた。
「つむぎさんは、通訳になるためのイギリス留学のお金を支援してくれる人を探しているんですよね?」
三田村が訊ねた。
「あ、イギリス留学は嘘です」
つむぎが、あっけらかんと言った。
「嘘!?」
三田村が驚いた顔で繰り返した。
「はい。洋服を買ったり、美味しい物食べたり、旅行したり。やりたいことをやるには、お金がかかるんです。だから、良質な太パパを探しています」
つむぎが、なんのためらいもなく言った。
相当に肚(はら)の据わった女だ。
「良質な太パパ?」
「ええ。月(つき)極(ぎ)めで三十万以上くれて、月1で満足してくれるパパです。最悪なのは、払ったぶんを取り戻そうと月に何度もセックスしようとする強欲パパです」
淡々と語るつむぎに、明らかに三田村は引いていた。
茶番劇は終わりだ。
「石井信助さんは、良質な太パパになれそうでしたか?」
神谷は口を挟みながら、三田村の隣に座った。
つむぎが、驚いた顔を神谷に向けた。
「あの......誰ですか?」
困惑した表情で、つむぎが神谷に訊ねてきた。
「私、こういうものです」
神谷は警察手帳を、つむぎの顔前に突きつけた。
「野中さん、どういうことですか!?」
つむぎが、三田村に気色ばんだ顔を向けた。
「じつは僕達、君が食事した石井信助さんが殺害された事件を捜査しているんだよ」
三田村が、バツが悪そうに言った。
「騙したんですか!?」
つむぎが、三田村に咎める口調で訊ねた。
「すみません。結果的にはそうなってしまいます。でも、捜査の一環なのでご理解ください」
三田村がつむぎに頭を下げた。
「私には関係ありません」
つむぎはにべもなく言うと、腰を上げた。
「その非協力な態度は、感心しねえな。容疑者としてあんたを見なければならなくなるぜ」
神谷はつむぎを見上げ、押し殺した声で言った。
「容疑者......どうして私が容疑者になるんですか!?」
つむぎが血相を変えた。
「あんたとマッチングアプリでパパ候補として会った翌日に、石井さんは殺されているんだ。事件と無関係なら、進んで捜査に協力するはずだ。この状況で捜査に協力しないということは、あんたに疚(やま)しいことがあるからだ。さあ、どうする? このまま帰って容疑者となるか、捜査に協力して疑いを晴らすか? 好きに決めていいぞ」
神谷が突き放すように言うと、つむぎが強張った顔で腰を下ろした。
「わかってくれたようだな。早速だが、石井さんはあんたのいわゆるパパだったのか?」
神谷は単刀直入に訊ねた。
「石井さんとは、顔合わせの一回しか会ってません。いいパパを紹介するって言われたから期待してたんですけど」
つむぎが、不満そうに言った。
「誰に言われたんだ?」
神谷は質問を重ねた。
「ポールさんです」
つむぎの言葉に、神谷と三田村は顔を見合わせた。
Synopsisあらすじ
4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。
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