#刑事の娘はなにしてる?第24回

『害虫は若者にも老人にもいるけど、やっぱり老害は社会問題だよね。動体視力も体力も判断力も落ちてるから、公の場で問題発言したりアクセルとブレーキを踏み間違えて人を殺したりさ。差別してるわけじゃなくて、僕は物理的な見地から事実を言ってるんだよ。ほかの動物を見てごらん? 老いたライオンは獲物を捕獲できなくなり群れから追い出され、老いたチーターは犬より速く駆けることができなくなり、老いた鷹はカラスに追われ、猿は木から落ちるどころか登れなくなるよね? 野生では老いた動物は淘汰されるようになっているのさ。だって、それが自然の摂理なんだから。もし、老獣が自然の摂理に逆らったらどうなると思う? ライオンやチーターはシマウマやインパラを捕獲できないから人間や家畜を襲うようになり、鷹や猿は肉体が衰えたぶん人里で楽して空腹を満たそうとするってわけさ。僕の言いたいこと、わかる? つまり、人間も同じってこと。若い頃のように現役でいようとしたら、周りに多大な迷惑をかけるってことだよ。結論。年老いたら隠居して、現役世代に任せること』
「な......なんだこれは!」
 俵の怒声がフロアに響き渡った。
「この若造め! 好き放題ほざきおって!」
 大善の怒声があとに続いた。
「いったん擁護してるように見せかけておいて、私らを非難するなどけしからん奴だ!」
 岩田が掌をテーブルに叩きつけた。
「お父さん、どうしますか?」
 父が祖父に伺いを立てた。
「有罪に決まっとるじゃろうが!」
 祖父が壁に向かって投げたカマンベールチーズが、手元が狂って床を掃除していたポチの顔面に当たった。
 幸いなことに、祖父の手は震えて力が入らないのでまったく痛くなかった。
「これから、決を採る。このテェーとかいう不届き者を有罪と思う者は挙手してくれ」
 祖父が促すと、四人の老人が挙手した。
「満場一致じゃの。制裁決定じゃ。制裁法は、いつもの手順通りじゃ」
「問題は、どうやって誘(おび)き出すかですな」
 大善がブランデーグラスを掌で回しながら、思案顔になった。
「そんなもの、いつも通りで大丈夫でしょうが」
 俵が森伊蔵をラッパ飲みしながら、呑気な口調で言った。
 一人目のIT社長と二人目のライターと四人目の青年実業家の三人はテレビの取材だと偽り誘き出し、三人目のMCはマッチングアプリを利用して誘き出し飲料に混ぜたタリウムを飲ませ殺害した。
 殺害した死体は額に「粗大ごみ処理券」を貼り、マンションやビルのゴミ置き場に遺棄するというのがお決まりのパターンだ。
 監視カメラの死角の場所を、選ぶのは言うまでもない。
 偉大なる人生の功労者である自分達を老害呼ばわりする罪人を、粗大ごみのように捨てるという発想だった。
「このTという男を、以前、私の後輩議員が参院選に担ぎ出そうとしたことがあってな。そのときに打ち合わせで呼び出そうとしたらしいんだが、典型的な引き籠りで会食はおろかお茶も断り、すべてリモートとやらで済ませてくれと言ってきたそうだ。挙句の果てには、街頭演説は非効率だから選挙運動はインターネットでしかやらないと言い出してな」
 大善が苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。
「たしかに、その感じじゃ誘き出すのは難しそうですね」
 父がため息を吐いた。
「そんなもん、さらえばいいだろう! いくら引き籠りでも、コンビニくらいは行くはずだからな。家の近くで張ってれば、いつかは出てくるだろう!」
 俵が鼻息荒く言った。
「俵選手、それはいかんよ。『昭和殿堂会』は偉人達の集まりであって、誘拐集団じゃないんだから」
 岩田が俵を窘(たしな)めた。
「岩田先生、それ、真面目に言ってるのか? わしらは誘拐以上のことを......」
「俵選手!」
 俵の言葉を、大善の野太い声が遮った。
「俺達がやっていることは犯罪ではなく、世直しだ。俵選手、ゴキブリやカラスを駆除したら罪なのか? 人間に危害をくわえた熊を射殺するのは罪なのか? 自分のやっていることに、もっと誇りを持って頂きたいもんだな。それとも俵選手は、『昭和殿堂会』が犯罪者集団とでもいうのかな?」
 大善が俵を見据えた。
「い、いっぽーん! さすがは大善総理! たとえが秀逸ですな! わしが間違ってた。『昭和殿堂会』の品位を落とさないやりかたで、害獣を退治せんとな!」
 俵が大善に媚びるように、百八十度意見を翻(ひるがえ)した。
「でも、引き籠りのTが誘いに応じない以上、どうしますかね?」
 父が思案顔で訊ねた。
「たしかに、テェーを誘き出すのは容易ではなさそうじゃのう」
 祖父が渋面を作りながら、ワイングラスを口元に運んだ。
「Tの親しい人物を利用して、呼び出せんもんかな? おい、Tは独身か?」
 大善が床掃除をしていたポチに訊ねた。
「少々お待ちください」
 ポチは床に正座し、スマートフォンを取り出しTを検索した。
 獲物の素性を調べるのは、ポチの役目だった。
 老人達は、パソコンやスマートフォンを操作できないのだ。
「Tは独身のようですね。以前受けたインタビュー記事によれば、友達は必要ないという発言をしていますね。記事を鵜呑みにはできませんが、少なくとも引き籠りのTを誘い出すほど親しい友人はいないと......」
「おい、ポチ! ポチのくせに、なにを偉そうに自分の考えを言っとるんだ!? インターネットを操作できるくらいで、『昭和殿堂会』の一員になったつもりか!?」
 俵がポチの頭を平手ではたいた。
「ポチよ。その前に人間になったつもりかね? お前は犬なんだよ、犬! それも、ざっ・しゅ・け・ん!」
 岩田がポチの頭を扇子ではたいた。
「ポチ! 手を止めるな! テェーを誘き出す方法を探すんじゃ!」
 祖父の怒声が、ポチの頭頂に降ってきた。
 ポチは屈辱に耐えながら、Tの検索を続けた。
 その間もポチの頭上で、老人達の嘲りと侮辱の嵐が吹き荒れていた。
「会長、雑種犬にこんなことやらせても無駄......」
「あ!」
 俵の雑言を、ポチの大声が遮った。
「馬鹿もーん! 大声を出してびっくりするじゃないか!」
 俵がポチを一喝した。
「みつけました!」
「なにをじゃ?」
 祖父が訊ねてきた。
「インスタです! Tは無類のラーメン好きらしく、一週間後に銀座で開催されるラーメン祭りに行くと書いてあります!」
「インスタとはなんじゃ?」
 祖父が質問を重ねてきた。
 大善と岩田の顔にも、疑問符が浮かんでいた。
 
 インスタグラムも知らない生きた化石どもが、僕を嘲るんじゃない!
 
 ポチは毒づいた。
 もちろん心で。

「写真と文章を投稿するブログみたいなものです」
 ポチは老人達にスマートフォンのディスプレイを向けながら説明した。
「写真付きの日記みたいなもんだな!」
 俵が得意げに補足した。

 ちげーよ! ばーか! ゴリラ脳みそは黙ってろ!

 ポチは毒づいた。
 もちろん心で。

「はい、そういう感じだと思ってください」
「ラーメン祭りに現れるかもしれんが、それからどうするつもりだ? さっきも言ったが、『昭和殿堂会』は拉致などしない。仮に拉致していいと言っても、軟弱なお前には無理だろう?」
 大善が小馬鹿にしたように言った。
「ラーメンにいつものやつを混入します」
 ポチは即答した。
「減点! だからお前は馬鹿だと言われるんだよ! そんなとこで死なれたら、どうやって死体を運ぶつもりだ!」
 俵がポチを一喝した。
「私達は、復讐のために害獣を駆除しているわけじゃない。奴らはゴミと同等の価値しかないということを、世間に知らしめるためにやっているんだ。もう何年も私達の下僕をやってるんだから、いい加減に覚えんか!」
 岩田が俵に続いてポチを叱責した。
「『ラーメン祭り』ではなく、いつものように僕が用意した店に呼び出します。Tさんの大好物と聞いて、今度オープンする知り合いのラーメン店を取材場所としてお借りすることができました、という誘いなら応じると思います」
「なるほど。それなら出てくるかもしれないな。ところで、肝心のラーメン店は用意できるのか?」
 父が訊ねてきた。
「飲食店の知り合いは大勢いますから、その点は大丈夫です。あとは、そこそこうまいラーメンを作れる人間を探します。どうせ、何口か食べたら死ぬんですから」
 ポチは口元に酷薄な笑みを浮かべた。
「なんだかお前、駆除の話になると生き生きするな。小説風にたとえると、頭の悪いサイコパスみたいだ」
 岩田が言うと、老人達が爆笑した。
 
 お前らを駆除できたら、もっと生き生きするぜ。

 ポチは毒づいた。
 もちろん、心で。

「まあ、ほかに手があるわけじゃなし、好きなようにやってみんかい。ただし、失敗したときには......わかっとるじゃろうな?」
 祖父が黄色く濁った眼でポチを見据えた。
「もちろんです。今回も、すべて僕が一人でやったことですから」
 ポチは老人達が期待している言葉を口にした。
 実際に、手を下し死体を遺棄しているのはポチだ。
 ペントハウスに出入りする際に、毎回、出入口を警護しているボディガードの厳重なボディチェックを受ける。
 レコーダー等を衣服やカバンに忍ばせることはできず、所有しているスマートフォンをチェックされるので老人達の会話は録音できない。
 ただでさえ圧倒的な人脈と権力を誇る老人達を、なんの後ろ盾もないポチが訴えたところで結果は見えている。
 しかも決定的な証拠があるわけでもなく、老人達は手を下していないのだから......。
「では、早速準備に取りかかりますので、僕はこれで失礼します」
 ポチは老人達に頭を下げ、出口に向かった。
「おい、ポチ。しくじるでないぞ! お前みたいなカスに目をかけてきてやったんだ。駆除くらいしか、お前にはわしらに貢献する術(すべ)はないんだからな!」
 ポチの背中を、俵の侮辱が追いかけてきた。
「かしこまりました!」
 ポチは足を止めて振り返り、ふたたび老人達に頭を下げた。

 僕が駆除する前に、一日でも早く死んでくれ。
 
 頭を下げたまま、ポチは吐き捨てた。
 もちろん心で。

#刑事の娘はなにしてる?

イラスト/伊神裕貴

Synopsisあらすじ

4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。

Newest issue最新話

Backnumberバックナンバー