#刑事の娘はなにしてる?第38回
☆
「それにしても、遅いなぁ。もしかして、渡辺満は家に帰ってないんじゃないんですか?」
三田村が買い置きしていたメロンパンを齧りながら、スマートフォンのデジタル時計に視線を落とした。
三田村が不安になるのも無理はない。
渡辺満の自宅を張ってから既に四時間が経ち、午前十一時になっていた。
「いや、七十近いジジイが外泊はないだろうよ」
「まあ、たしかにおじいちゃんが朝帰りっていうのは似合わないですね。あの、いまさらなんですが、本当に佐藤は楓さんを殺したんですかね?」
三田村が訊ねてきた。
「忘れたのか! さっきも見せただろう!? 朝陽がノートに書き残した文章を!」
神谷は三田村に怒声を浴びせた。
ディスプレイには、朝陽がノートに書き残した文章を撮影した画像が表示されていた。
「さっきも言ったが、朝陽はここのとこ、行方不明になった楓ちゃんのことを探していた。楓ちゃんの両親も言ってたよ。娘が『トキメキ?楽部』っていう出会い系に登録してるってな。朝陽は楓ちゃんを救うために、『トキメキ?楽部』に登録して佐藤に接触していた......何度も同じことを言わせるんじゃねえ! ボケナスが!」
神谷は唇をきつく噛み、拳を握り締めた。
「すみません......。いま、朝陽ちゃんはどこにいるんですかね?」
三田村が、神谷の顔色を窺いながら訊ねてきた。。
「わからねえ。だが、楓ちゃんが佐藤に拉致監禁され陵辱されたことを知った朝陽が、復讐を考えているのは間違いねえ。それに......」
神谷は言葉を切り、唇を噛んだ。
眼を逸らし続けてきた危惧の念が、神谷の胸奥で急速に膨らんだ。
怒りで、どうにかなりそうだった。
取り乱せば、危惧が現実になりそうで怖かった――怒り狂えば、現実を受け入れたことになりそうで怖かった。
朝陽が死にたいと書いていたのは、親友がひどい目に遭ったのは自分のせいだと思い込んだからだ。
そうに決まっている......。
神谷は自らに言い聞かせた。
「それに、なんですか?」
眼を逸らしても、事実は変わらない。
現実から逃げても、事実は変わらない。
脳内で声がした。
噛み締めた唇――口内に血の味が広がった。
握り締めた拳――爪が掌に食い込んだ。
「まさか......」
三田村が息を呑んだ。
神谷はダッシュボードを右の拳で殴りつけた。
「あの野郎っ、ぶっ殺してやる! ぶっ殺してやる! ぶっ殺してやる!」
抑圧してきた感情が爆発し、二発、三発、四発とダッシュボードを殴り続けた。
皮が捲(めく)れ、肉が露出した。
指根骨を襲う激痛......構わなかった。
朝陽の身になにもなければ、たとえ腕一本を失っても構わなかった。
「神谷さんっ、やめてください! 骨が折れちゃいますよ!」
三田村がドライバーズシートから身を乗り出し、神谷にしがみついた。
「朝陽に指一本でも触れていたらっ、絶対にぶっ殺してやる!」
五発、六発、七発......ダッシュボードに罅(ひび)が入り、拳が血(ち)塗(まみ)れになった。
「神谷さんっ、だめですって! やめてください! 朝陽ちゃんは大丈夫ですよ! 悪いふうに考えないでください!」
「離せっ......」
LINEの通知音に、神谷は正気を取り戻した。
LINEは、朝陽と三田村としかやっていない。
神谷は床に落ちていたスマートフォンを拾い上げ、LINEアプリをタップした。
朝陽のアイコンについた赤い通知のマークに、神谷の心臓が早鐘を打った。
神谷は血に濡れた震える指先で、朝陽のアイコンをタップした。
話があるから、一時に「109」の前にきて。
「誰ですか?」
「渡辺が出てきたら頼んだぞ!」
スマートフォンを覗き込んできた三田村を押し退(の)け、神谷はパッセンジャーシートのドアを開けた。
「あっ、ちょっと、神谷さん! どこに行くんですか!?」
背中を追ってくる三田村の問いかけに答えず、神谷はタクシーを拾うために大通りに向かった。
Synopsisあらすじ
4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。
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