#刑事の娘はなにしてる?第6回

「僕はねぇ、従来の常識に囚われたくないんだよ。誰もが思いつかない発想こそ、誰もが成し得たことのない大業を成し遂げる秘訣さ。僕の言う大業とは、企業を上場させることでも莫大な年商を上げることでもないんだ。僕が死んでも、後世に語り継がれるような記憶に残る起業家になるのが夢さ」
 赤らんだ小鼻を膨らませ、腫れぼったい一(ひと)重(え)瞼(まぶた)を細めて自己陶酔するポールに、今度は神谷の横隔膜が痙(けい)攣(れん)した。
「あ、そうそう、君達、王子と姫のことで僕に訊きたいことがあるんだって?」
「王子と姫?」
 神谷は怪訝な顔で訊ね返した。
「ウチの出会い系アプリ......『トキメキ倶楽部』の男性会員を王子、女性会員を姫と呼んでいるのさ。だって彼らは、マイカンパニーに利益を運んでくれる大切な存在だからさ」
 陶酔顔のポールに、三田村が噴き出したのをごまかすように激しく咳をした。
「はい。先ほど女性の方にも言いましたが、現在捜査中の事件の被害者が、御社が運営する出会い系アプリに登録していたのです。そのことで、少しお話を聞かせてください」
 神谷は笑ってしまわないように、頭を仕事モードに切り替えた。
「とりあえず、『玉座の間』に行こう。わかるかい? ウチでは社長室のことをそう呼んでいるのさ」
 ポールが気(き)障(ざ)にウインクし、フロアの奥に足を向けた。
 神谷と三田村は、ポールのあとに続いた。
 三田村は歯を食い縛り、太(ふと)腿(もも)を抓(つね)っていた。
「どうぞ、好きなところに座って」
「玉座の間」に入ったポールが、金色のハイバックチェアに腰を下ろし神谷と三田村に言った。
 神谷は眼を疑った。
 ハンモックとブランコがぶら下がっているほかには、椅子らしきものはなかった。
「私達は、立ったままで結構です」
 神谷は言った。
「あっはっはっはっは。エンジョイスタイルが、気に入らないようだね。ちょっと待ってくれるかな」
 ポールが吹き替え声優のようにわざとらしく笑い、スマートフォンを手に取った。
「ああ、チェルシー。『玉座の間』に椅子を二脚持ってきてくれるかな。よろしく。ウチはスタッフにも芸名をつけているんだよ」
 電話を切ったポールが得意げに言った。
 ノックの音に続き、チェルシーと呼ばれたレギンスパンツを穿いたショートカットの女性が丸椅子を運んできた。
「普通の椅子があるんですね」 
 三田村が嫌味っぽく言った。
「刑事さん達みたいに、僕のエンジョイスタイルが合わない人達もいるからね」
 嫌味を言われたことにも気づかず、ポールが肩を竦(すく)めた。
 神谷と三田村は、丸椅子に腰を下ろした。
「早速ですが石井信助さんというのは、そちらが運営している『トキメキ倶楽部』の会員でしたよね?」
 神谷は切り出した。
 これ以上、ポールの変わり者ぶった遊びに付き合っている暇はない。
「石井信助さんねぇ......ジャストモーメント」
 ポールが下(へ)手(た)な発音の英語を使い、タブレットPCを手に取った。
「シンスケイシイ......シンスケイシイ......」
「あの......どうして名前を逆に言うんですか?」
 三田村が、悪意に満ちた質問をした。
「ん? ああ......一時期オーストラリアに留学していたから、ふとしたときに英語の癖が出ちゃうんだよねぇ」
 自慢げに嘯(うそぶ)くポールには、三田村のおちょくりなど一切通じていないようだった。
 それから五分ほど、ポールは無言でタブレットPCをスクロールしていた。 
「いた! シンスケイシイ。半年前に登録してるね。仕事は......マスコミ関係ってなってるよ。ほら」
 ポールがディスプレイを、神谷と三田村に向けた。
「彼です。間違いありません」
 神谷は即答した。
「シンスケイシイが、なにか事件を起こしたのかい?」
 ポールが口臭タブレットを口に放り込みながら訊ねてきた。
「『粗大ごみ連続殺人事件』をご存知ですか?」
 神谷は質問を質問で返した。
「もちろんさ。粗大ごみの処理券が死体に貼ってある事件だよね? まさか......シンスケイシイが犯人!?」
 ポールが素頓狂な声を上げた。
「いえ、石井さんは被害者です。先月、遺体が発見されました」
「オーマイガーッド!」
 ポールが天を仰いだ。
「石井さんの遺体が発見される前日に、つむぎさんという女性会員と会っています」
 神谷はつむぎの画像を表示したスマートフォンのディスプレイを、ポールの顔前に向けた。
「なんてこった! この女性会員がシンスケイシイを殺したっていうのか!?」
 ポールが大声を張り上げた。
「そうではありません。ただ、事件の前日に被害者と会った方なので参考人聴取をお願いしたいと思いまして。つむぎさんの連絡先を教えて頂きたいのですが」
 神谷は核心に切り込んだ。 
「オーケー! いいだろう。ただ、個人情報保護法があるから、本人に確認を取ってからになるけど、いいかな?」
 ポールがスマートフォンを掲げながら言った。
「はい。では、お願いしてもいいですか?」
「オフコース!」
 頬肉を震わせながら親指を立ててウインクするポールに、神谷は心で舌打ちした。
 外国人かぶれや奇抜な趣味は本人の勝手だが、殺人事件の捜査とわかってもおかしな英語を織り交ぜるポールの言動に神谷はいら立ちを覚えた。
 ポールのとっちゃん坊やのような容貌も、神谷のいら立ちに拍車をかけていた。
 ポールがスマートフォンを耳に当てた。
「ハイ! ツムギ! 僕は『トキメキ倶楽部』の運営の者だけど、メッセージ聴いたらそっちに表示されている番号に連絡を貰えるかな? 頼んだよ。バーイ」
 留守番電話にメッセージを残すポールに、三田村があんぐりと口を開けていた。
「社長は、つむぎさんと知り合いなんですか?」
 神谷は訊ねた。
「いや。話したこともないよ」
 あっけらかんとポールが言った。
「初対面の女性に、あんな感じの電話で大丈夫ですか?」
 神谷は遠回しにポールを非難した。
 皮肉を言いたいわけではなく、不審に思ったつむぎからコールバックがなければ困るからだ。
「ノープロブレム! 僕は生まれつき人に好印象を与える星のもとに生まれているからさ。あっはっはっはっ」
 神谷は、小鼻をヒクヒクさせる三田村の足を踏んだ。
 ポールはさわやかに笑っているつもりだろうが、まったく似合っていなかった。
「石井信助さんは、なにかトラブルを抱えていたりしていませんでしたか? または、誰かに恨まれていたり」
 神谷は訊ねた。
 男女関係と金銭関係の縺(もつ)れが、殺人事件の動機の大半を占める。
「シンスケイシイのトラブルねぇ。ジャストモーメント。いま、管理部に訊いてみるから」
 ポールが言うと、スマートフォンを手にした。
「あ、レイチェル? ウチの会員でトラブルの話を聞いてないかい?」

 よく代表が務まりますね。彼、頭大丈夫ですかね?
 
 三田村が神谷に、メモ機能が表示されたスマートフォンのディスプレイを向けた。
 神谷は三田村を睨み、顔をポールに戻した。
「オーケーオーケー。わかった」
 ポールが電話を切った。
「なにかわかりましたか?」
 すかさず神谷は訊ねた。
「ソーリー。待ち合わせをドタキャンされたとかプロフィール写真と本人が全然違うとか、小さなトラブルはたくさんあるけど、殺人事件に発展するような大きなトラブルはないそうだよ」
 ポールが両手を広げて首を傾げた。
「そうですか。今日はこのへんで失礼します。つむぎさんから連絡が入ったら、教えてください」
 神谷は立ち上がり、ポールに頭を下げると「玉座の間」をあとにした。
「つむぎって女、連絡してきますかね?」
 慌てて追いかけてきた三田村が、エレベーターに乗り込みながら訊ねてきた。
「こなけりゃ、次は力ずくであのとっちゃん坊やを絞り上げて連絡先を訊き出すさ。あーイライラした! ストレスで寿命が縮んだぜ」
 神谷は吐き捨てるように言った。
 許されるなら、あのいけすかないとっちゃん坊やの下膨れの顔に、思い切り平手打ちを浴びせたかった。
「それにしても、あの社長、マジに大丈夫っすかね? ポールとかチェルシーとかレイチェルとか『玉座の間』とか、ありえないっしょ?」
 三田村が呆れたように言った。
「俺も同感だ。何度生まれ変わっても、友達にはなれねえタイプだな。だが、ああ見えて、意外と頭がキレる男かもしれねえな」
 神谷はポールの言動を思い浮かべながら言った。
「それはないっしょ。それより、ポールの本名を訊くのを忘れてました。いまから戻って、訊いてきますか?」
「必要ねえよ。ほら」
 神谷は、「ミライコーポレーション」のホームページを表示したスマートフォンのディスプレイを三田村に向けた。
「会社概要だ。代表者の名前を見てみろ」
 神谷は悪戯(いたずら)っぽい顔で言った。
「え? 代表取締役......佐藤大作。なんすか! めちゃめちゃ日本的な名前じゃないですか!」
 三田村が爆笑した。
 神谷はなぜか、笑える気分ではなかった。
 その理由が、神谷にもわからなかった。

#刑事の娘はなにしてる?

イラスト/伊神裕貴

Synopsisあらすじ

4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。

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