#刑事の娘はなにしてる?第5回

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「出会い系アプリってやつは、儲(もう)かるんだな」
 神谷が高層マンションを見上げながら言った。
 南青山のマンションの十六階に、「トキメキ倶楽部」の運営会社である「ミライコーポレーション」の事務所は入っていた。
「儲かるでしょうね。有料の男子会員の登録数は十万人を超えていますから」
「こんな阿(あ)漕(こぎ)な会社、ヤクザか半グレの資金源に決まってる」
 神谷は吐き捨てた。
「神谷さん、それは偏見だし昭和の考えっすよ。半グレはまだしも、いまの時代ヤクザとかかわるとデメリットしかないですからね」
 三田村が呆(あき)れたように言った。
「じゃあ、半グレがやってるんだろう。あいつら、六本木や西麻布のキャバクラやラウン
ジを経営して、しこたま儲けているらしいからな。水商売だけじゃなくて、最近じゃIT
ビジネスにも進出しているみたいだしな」
「神谷さんの頭の中は、金儲けイコール反社なんですね」
 三田村がため息を吐(つ)いた。
「俺の刑事の勘がどれだけ鋭いか、行けばわかるって」
 神谷はボルサリーノ帽を脱いでから高層マンションのエントランスに足を踏み入れると、オートロックのタッチパネルとは反対側にあるメイルボックスのスペースに向かった。
 管理人室のガラス窓には、清掃中の札が立ててあった。
「どこに行くんですか? ドアはあっちですよ」
 神谷は三田村の問いかけを無視して、メイルボックスに背を預けて眼を閉じた。
「運営に行くんじゃ......」
「シッ」
 神谷は唇に人差し指を立て、耳を澄ました。
 自動ドアが開閉するモーター音が聞こえた。
「行くぞ」
 神谷はメイルボックスのスペースを出た。
 住居人らしき若い女性が出てくるのと入れ替わるように、神谷はオートロックのドアを抜けてエレベーターホールに足を向けた。
「こんな怪しい行動しないで、オートロックを開けて貰えば......」
「静かにしろ。警備員に聞こえるじゃねえか」
 神谷はエレベーターの前に立つと、ほとんど唇を動かさずに言った。
「別にみつかってもいいじゃないですか? 僕らは刑事っすよ?」
 三田村が、怪(け)訝(げん)そうな顔を神谷に向けた。
「だからだよ」
 神谷はエレベーターに乗り込み、十六階のボタンを押した。
 十人前後の男女が、同じエレベーターに乗った。
 そのうちの何人かは、首からIDカードをぶら下げていた。
「ちゃんと説明してくださいよ。さっきから意味がわからないっすよ」
 三田村が焦(じ)れたように訊(たず)ねてきた。
 神谷は三田村の問いかけに答えず、数字をオレンジ色に染める階数表示のランプを無言で凝視した。
 十六階――神谷と三田村はエレベーターを降りた。
 一緒に降りた二十代前半と思しき女性が、「ミライコーポレーション」とは違う部屋のドアを開けるのを見届け、神谷は三田村の頭を平手ではたいた。
「な、なんで殴るんすか!?」
 三田村が乱れたオシャレ七三を手(て)櫛(ぐし)で整えながら神谷に抗議した。
「お前も刑事なら、状況を察して頭を使え。オートロックで警察です、なんて馬鹿正直に訊ねたら、疚(やま)しい物を処分したり隠したりする時間を与えるだろうが? 警備員に訪問を告げるのも同じだ。それから、人がうじゃうじゃ乗っているエレベーターで俺が無視するのは、誰の耳があるかわからないからだ。運営の奴らが乗ってたらどうするんだ? ちっとは、ここを使え! ここを!」
神谷は早口で捲(まく)し立てながら、こめかみに人差し指を当てた。
「だったら老舗(しにせ)鮨屋の頑固な板前みたいに、俺の背中を見て盗め、的な感じじゃなくて事前に説明してくださいよ」
 三田村が不満げに言った。
「捜査にマニュアルはねえんだよ。皮膚感覚を磨け、皮膚感覚を!」
 神谷は三田村に背を向け、「ミライコーポレーション」の入る一六〇二号室の部屋番号を探した。
「っていうか、もう完全に運営を反社扱いにしてるじゃないですか」 
 三田村が小さく首を振りながら、神谷のあとに続いた。
「ここか。プレイトがかかってねえな。やっぱり、怪しい会社だ」
 神谷は一六〇二号室の前で足を止め、毒づきながらインターホンを押した。
『はい? どちら様でしょう?』
 ほどなくすると、スピーカーから若い女性の声が流れてきた。
「警察の者です。少し、お話を聞かせて頂きたいことがあるのですが......」
『どういったお話でしょう?』
 女性の声が警戒心に強張った。
「現在捜査中の事件の被害者が、貴社が運営する出会い系アプリに登録していまして、そのことで少しお話を聞かせてください」
 神谷の言葉に、スピーカーから緊張が伝わってきた。
『少々お待ちください』
「いま頃、慌てて上司に報告してるんでしょうね。会員が犯罪に巻き込まれて殺されたとなったら、商売的に大ダメージですからね」
 三田村が声を潜めた。
 解錠音に続き、ドアが開いた。
「社長はいま接客中なので、中でお待ちください。土足のままどうぞ」
 応対に出てきたのは、二十歳そこそこのゆったりしたニットのサマーセーターを着た女性だった。
「失礼します」
 神谷と三田村は、女性スタッフのあとに続いた。
 フローリングの床を靴で歩くのは妙な気分だった。
 十坪ほどの空間には、イルカ、カバ、カメ、ワニの大きなクッションソファがランダムに置かれていた。
 それぞれのクッションソファには、セーターやTシャツ姿のカジュアルな服装をした若者達が、タブレットPCやスマートフォンを手に座っていた。
 遊んでいるように見えるが、各々仕事をしているようだ。
 男性が二人に女性が二人......四人とも、もしかしたら大学生なのかもしれない。
「こちらでお待ちください」
 女性スタッフが神谷と三田村をクジラの長ソファに促し、フロアの奥へと足を向けた。
「あ、ドリンクバーがあるのでお好きな飲み物をどうぞ」
 イルカのクッションソファに座っていた青年が、座ったまま声をかけてきた。
 不思議と、失礼だと感じなかった。
「お気遣いなく」
 神谷は言った。
「ドリンクバーがあるオフィスというのは斬(ざん)新(しん)ですね」
 三田村がフロアに視線を巡らせながら言った。
 奇抜なソファやドリンクバーのほかにも、ピンボールゲーム、ビリヤード台、ダーツ盤などがあった。
「会社っていうよりも、遊戯場みたいだな」
「ところで、どこが反社の巣(そう)窟(くつ)なんですか?」
 三田村が茶化すように言った。
「見た目で判断するんじゃねえ。詐(さ)欺(ぎ)師が詐欺師に見えねえのと同じで、外見じゃわからねえよ」
「はいはい、わかりました。最近のベンチャー企業は、こういう革新的なデザインにしているところが多いみたいですよ」
「なにが革新的だ。単なる目立ちたがり屋の趣味だろ」
 神谷は鼻で笑った。
「イエスイエスイエース! ここは目立ちたがり屋の、趣味の世界観なのさ!」
 不意に、洋画の日本語吹き替えの声優を真似する物まね芸人のような声が聞こえた。
 赤と白のタータンチェックのスリーピーススーツ、同じ柄の蝶ネクタイ、マッシュルームヘア、下膨れのナスビ顔、腹話術の人形さながらのまん丸な眼、赤らみ毛穴の目立つイチゴ鼻――フロアの奥から、四十代と思しき小太りの中年男が弾む足取りで現れた。
「変な奴がきたな」
 神谷は呟いた。
「聞こえますよ」
 三田村が肘で神谷を小突いてきた。
「そうさ! 僕は変な男さ! 変とは換言すれば、人と違うということだろう? 僕はね~、人と違う発想が大好きなんだよ! 僕、代表取締役のポール。よろしく!」
 マッシュルームヘアの男......ポールが気を悪くしたふうもなく、むしろ嬉しそうに言いながら右手を差し出してきた。
「あ、いや......会社の内装やスタッフさんの雰囲気など、昭和男の私には斬新過ぎて、つい失礼なことを口走ってしまいました。悪口のつもりではなかったのですが、申し訳ありません。私、港署の者です」
 神谷は素直に詫びながら、ポールに名刺を差し出した。
 これから事件に協力して貰わなければならないので、社長の機嫌を損ねたくはなかった。
「謝る必要はないさ。僕は本当に気を悪くなんかしてないから。むしろ、僕にとって変人扱いは誉め言葉だよ。それより、君達、僕の名前が気にならない?」
 ポールがワクワクした顔で名刺を差し出してきた。
 
 ミライ Co.Ltd
 CEO ポール

「ハーフじゃないですよね?」
 神谷は名刺を受け取りながら訊ね返した。
 わかりきった質問をしている自分が、馬鹿馬鹿しく思えた。
 この男がハーフなら、日本中がハーフだらけになる。
「ザッツラーイト! よくわかったね! ポールは芸能人でいうところの芸名さ。ウチのダディがビートルズの大ファンで、僕も影響されて聴くようになったらどっぷり嵌(はま)っちゃってさ。芸名はポール・マッカートニーから頂いたってわけ」
 ポールが、恥ずかし気もなく言った。
 神谷は、隣で噴き出しそうになっている三田村の足の甲を踏みつけた。
 本当は神谷も爆笑したいところだが、捜査に協力して貰うために懸命に我慢しているのだ。

#刑事の娘はなにしてる?

イラスト/伊神裕貴

Synopsisあらすじ

4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。

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