#刑事の娘はなにしてる?第30回


     ☆

 朝陽は四駆のポルシェの二メートル手前で足を止め、スマートフォンを手に取り電源を入れた。
 父からかかってくるので、オフにしていたのだ。
 案の定、父からの着信とLINE通知がそれぞれ二十件以上入っていた。
「なにやってるの? そんなとこ突っ立ってないで、早くこっちにおいでよ」
 ドライバーズシートの窓から顔を出した三宅が、朝陽に手招きした。
「ここでいいです。早く、ミミに電話をかけてください」
 朝陽は強(こわ)張(ば)った声で言った。
「え~っ。そんなに離れてちゃミミちゃんに電話をかけられないよ~。それとも、俺の手がゴム人間みたいに何メートルも伸びると思っちゃったりしてる? ビヨ~ン、ビヨ~ンってさ」
 三宅がふざけた口調で言いながら、左手を窓の外に何度も突き出した。
「ミミが電話に出たら、こっちに持ってきてください」
 朝陽はにべもなく言った。
「え? マジ? 俺が車降りて若葉ちゃんのところに携帯を持って行くの? え? え? え? 嘘でしょ? 冗談でしょ? このヒップホッパーの俺に、パシリをやらせようっつーの?」
 三宅が親指で己の顔を差しながら言った。
「私は車に乗りませんからお願いします」
 朝陽は素っ気なく言った。
「やれやれ、仕方ないな~......って、おっと、やれやれなんて言葉使ったら年がバレちまうぜ」
 三宅が舌を出して肩を竦めた。
「ヒップホッパーは年取らねえ年はただの記号意識した瞬間に老け始める意識しなけりゃ心は永遠のティーンエイジャー永遠のアオハル......」
「早く電話をかけてください」
 韻を踏み始めた三宅を、朝陽は冷え切った声で遮り促した。
「そんな能面みたいな顔してたら、せっかくのキュートフェイスが台無しになっちゃうぜ? 能面ってわかる? 悪魔の子ダミアンの『オーメン』じゃなくて能面......おっと、また年がバレちまうぜ」
 リプレイ映像のように舌を出して肩を竦める三宅を、朝陽は無言で睨みつけた。
「お~怖っ。はいはい、いまかけてやるから待ってろって」
 三宅がため息を吐きながら、スマートフォンのダイヤルキーを朝陽に見えないようにタップした。
「あ~あ、だめだ。繋がらねえ。あ~あ、まただ。電源が切られてるぜ。熱出して寝込んでるんだから仕方ねえか」
 三宅が芝居がかった口調で言った。
「本当に、繋がらないんですか?」
 すかさず朝陽は確認した。
 三宅は信用ならない。
 電話をかけたふりをして、でたらめを言っている可能性も十分に考えられた。
「ほら」
 三宅が窓から伸ばした左手に握ったスマートフォンを、朝陽に向けた。 
『オカケニナッタデンワハデンゲンガハイッテイナイカデンパガトドカナイバショニアルタメカカリマセン』
 三宅が電話を切り、リダイヤルキーをタップするとふたたびスマートフォンを朝陽に向けた。
「ほら、嘘じゃないだろ?」
 三宅が自慢げに言った。
「本当にミミの持ってる携帯にかけたかどうか、わかりませんよね」
 朝陽が言うと、三宅が首を横に振った。
「それは俺にも証明しようがないな。どうする?」
 唐突に、三宅が訊ねてきた。
「え? なにがですか?」
「俺はミミちゃんのとこに帰るけど、一緒に行く?」
 三宅が助手席を指差した。
「乗りません!」
 朝陽は間髪を容れずに拒否した。
「そんなに向きになるなよ。一応、訊いてみただけだから。ほんじゃ」
 三宅が片手を上げると、イグニッションキーを回した。
「どこに行くんですか!?」
 慌てて、朝陽は訊ねた。
「家だよ。帰るって言っただろ? もう、行っていいぜ」
 三宅が突き放すように言った。
 朝陽は返事に窮した。
 このまま別れると楓に会えなくなる。
 かといって、三宅と一緒の車に乗るなど冗談ではない。
「じゃあ、タクシー拾ってついてくれば?」
 予想だにしない提案を、三宅がしてきた。
「え?」
「一緒の車に乗るのが怖いんだろ? でも、タクシーなら俺の家にきても平気だろ? ちょうど空車もきてるし」
 三宅が背後を振り返りながら言い残し、車を発進させた。
「あっ、ちょっと......」
 朝陽は考える間もなく、空車のタクシーを止めて後部座席に乗り込んだ。
「......前の車に、ついて行ってください」
 不安と恐怖に苛(さいな)まれながら、朝陽は運転手に告げた。

#刑事の娘はなにしてる?

イラスト/伊神裕貴

Synopsisあらすじ

4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。

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