#刑事の娘はなにしてる?第16回
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警視庁刑事部捜査一課――デスクチェアに並んで座った神谷と三田村は、ノートパソコンのディスプレイを食い入るようにみつめていた。
「これじゃ、容姿どころか年齢もわからないっすね~」
三田村が投げやりな口調で言った。
「いろ色」の防犯カメラの約三分の映像のほとんどは、男女の後ろ姿しか映っていなかった。
一瞬、後ろ斜めからの角度で映ったが、キャップを目深に被りマスクを嵌めているので顔まではわからなかった。
唯一わかるのは、スタジアムジャンパー越しの中年男の体型が中肉中背ということだった。
「まあ、男がおっさんで女の子との関係が父娘じゃないってのはわかり......」
「これじゃ、おっさんの背中を見てるだけじゃねえか!」
三田村の声を、神谷の怒声が掻き消した。
「でも、このエンコーおやじが事件にかかわってる可能性が高いってことがわかっただけでも収穫っすよ」
三田村が、神谷を慰めるように言った。
「おっさんがシュシュとクマのキーホルダーを女の子と買っていたからって、事件にかかわってると考えるのは早計だ。お前も聞いただろう? 渋谷の店だけで日に数十個も売れている商品だ。何千人が買ってると思ってるんだ? 事件現場に落ちてたからって、何千分の一の確率だ。くそったれが!」
神谷はデスクに拳を叩きつけた。
「だけど、このエンコーおやじはどうも臭いますね」
三田村が言った。
「ああ、それは俺も同感だ。店員に、また来店したらメンバーズカードを作らせるか、無理でも防犯カメラに顔が映るように誘導してほしいと指示してあるからな」
「きますかね?」
「さあな。だが、違う少女を連れて二度も来店したロリコン野郎だ。二度あることは三度ある......だ。まあ、とにかく、いまはほかを当たるしかねえよ。ところで、あのアメリカかぶれのおっさんから、なにか連絡は入ったか?」
神谷は思い出したように訊ねた。
三人目の被害者......石井信助が殺害される前日に会っていたつむぎという女子大生と連絡が取れたら、神谷か三田村にポールが電話をする約束だった。
「アメリカかぶれ......ああ、ポールとかいうイタイおっさんですよね? そう言えば、まだ連絡がないっすね。つむぎって女子大生が捕まらないんですかね?」
「捕まらないのか捕まえないのか......」
神谷は腕組みをして、呟いた。
「なにをぶつぶつ言ってるん......」
「スマホを出せ」
神谷が三田村を遮り、右手を差し出した。
「え?」
三田村が怪訝な顔で、上着のポケットからスマートフォンを出した。
「『トキメキ倶楽部』に登録しろ」
「俺がマッチングアプリに登録するんすか!?」
三田村が素(すつ)頓(とん)狂(きよう)な声を上げた。
「ああ。登録して、つむぎにメッセージを送ってパパになるんだ」
「え!? パパ!?」
三田村が大声を張り上げた。
「そうだ。つむぎを誘(おび)き寄せるんだ」
「そんなに、うまく行きますかね?」
「好条件を提示すれば、必ず出てくるさ」
神谷はきっぱりと言った。
「好条件って、どのくらいの金額で釣りますか?」
三田村が訊ねてきた。
「マッチングアプリのパパ活ってやつの相場は、どのくらいなんだ?」
神谷は訊ね返した。
「単発の大人と月極(ぎ)めがありますけど、つむぎの場合は......」
三田村が言葉を切り、スマートフォンを操作し始めた。
「ありました! つむぎと石井さんのメッセージのやり取りでは、ホ別ゴム有3となっています」
「そんな言いかたをするんじゃねえ! 普通に言え!」
神谷が振り回した右手を、三田村がスウェイバックで躱(かわ)した。
「そう何度も、自慢の髪型を崩させませんよ」
してやったりの表情で、三田村が言った。
「いいから、早く相場を教えろ!」
神谷は舌打ちをし、三田村を促した。
「ホテル代は別でコンドームを装着して三万円です」
「なら、十万って書けば確実に出てくるだろ?」
神谷が言うと、三田村が立てた人差し指を左右に振りながら舌を鳴らした。
「神谷さんは、わかってないですね~。高ければいいというもんじゃないんですよ。いきなり十万なんて提示したら、冷やかしだと思われてしまいますって」
三田村が呆れたように言った。
「じゃあ、いくらにすりゃいいんだ?」
神谷が気色ばんだ。
「そうですね......五万くらいが、リアリティがあってちょうどいいと思います」
「えらそうにっ。なんでもいいから、プロフィールを作って早く登録しろ」
神谷は吐き捨てた。
「はいはい、SNSは若者に任せてください......うぁ!」
茶化すように言う三田村の座るデスクチェアの脚を、神谷は蹴りつけた。
キャスターでデスクチェアが、二メートルほど移動した。
「まったく......プロフィールを作ってるんですから、邪魔しないでくださいよ~」
座ったまま元の場所に戻りながら、三田村が文句を言った。
神谷は腕組みをして、デスクに両足を投げ出した。
現在までに「粗大ごみ連続殺人事件」でわかっていることは、四人の被害者の遺体が殺害現場とは別の防犯カメラのないゴミ置き場に遺棄されていたこと、一人目と三人目の被害者の遺体は唇が切り落とされ、二人目と四人目の被害者の遺体は十指が切り落とされていたこと、四体の遺体の額に「有料粗大ごみ処理券」が貼ってあること、四人目の遺棄現場のマンションのエントランスにシュシュとクマのキーホルダーが落ちていたこと、そして、四人の被害者すべてが老害による罪を糾弾していたことだ。
粗大ごみ置き場に遺体を遺棄することや、遺体の額に「有料粗大ごみ処理券」が貼ってあることについては殺害動機と無関係に思えた。
気になるのは、被害者が揃って「老害問題」を口にしていたことだ。
単なる偶然にしては、老害というテーマは偏り過ぎていた。
だが、「老害問題」を口にしたことでそれが殺害の動機になるとは思えない。
考えれば考えるほどに、「粗大ごみ連続殺人事件」は謎に満ちていた。
「できました! これでどうっすか!?」
三田村の大声に、神谷は目まぐるしく巡らせていた思考を止めた。
目の前に差し出されたスマートフォンを神谷は受け取った。
野中
27歳 東京都杉並区
自己紹介
IT系の会社を経営しています。
詳細情報
外見
身長 178センチ
スタイル 筋肉質
職種 学歴
IT関連
性格 その他
性格 面白い
お酒 少し
暇な時間 女性に合わせる
同居人 一人暮らし
希望する女性のタイプ
年齢 10代~
スタイル 気にしない
「なんだ、おまえ、やけに慣れてるじゃねえか? マッチングアプリをやってたんじゃねえのか?」
神谷は三田村が作ったプロフィールを読みながら言った。
「冗談はやめてください。マッチングアプリに頼らなくても、俺はモテますから!」
三田村が胸を張った。
「ハッタリはいいから、さっさとつむぎに送るメッセージを作れや!」
神谷はスマートフォンを三田村に返しながら言った。
「まったく、人使いが荒いんだから......」
文句を言いながら、三田村がスマートフォンを受け取った。
五分もかからないうちに、三田村がふたたび神谷にスマートフォンを差し出してきた。
「もうできたのか?」
神谷は、メッセージ欄に書かれた文面に視線を走らせた。
はじめまして!
野中と言います。
プロフィールを見て、素敵な方だなと思いメッセージさせて頂きました。
もしよろしければ、顔合わせをお願いします。
最初に、僕の条件を伝えます。
顔合わせはカフェ2、食事3、大人は5です。
複数の方ではなく、一人の方への支援を考えています。
因みに毎年、税金を一億納めています。
ご連絡、お待ちしてます。
「なーにが、因みに毎年、税金を一億納めています、だ。お前は、詐欺師の素質ありだな」
神谷は、呆れたように言った。
「詐欺師扱いするなんて、ひどいっすよ。さりげなく、年収二億ってところを匂わせるのがポイントです。ここに登録しているような女性の心を動かすのは、一にも二にも金ですから」
三田村が、したり顔で言った。
「マッチングアプリの能書きなんて垂れてねえで、さっさとメッセージを送れや」
神谷は、三田村のスマートフォンを手渡しながら言った。
「ちょっと待ってください」
三田村がスマートフォンをinカメラにして、 髪型を手櫛で整え始めた。
「なにやってんだ?」
神谷は訝しげに訊ねた。
「写真を撮ってください」
三田村が、神谷にスマートフォンを渡しつつ言った。
「写真? なんでだよ?」
「つむぎに送るためですよ。僕はプロフィールに写真を載せてませんからね。いくら金額の条件がよくても、顔もわからない相手と会おうとは思いませんからね」
「自分で撮ればいいじゃねえか」
「自撮りはナルシストのイメージがあって、女性会員に評判が悪いんですよ。まったく、神谷さんはなんにも知らないんすね」
三田村が肩を竦(すく)めた。
「一人で悦に入ってねえで、マスクをつけろ」
神谷は、三田村に命じた。
「マスクなんてつけたら、このイケメンが......」
「馬鹿野郎っ。素顔丸出しじゃ、ポールが見たら一発でバレるじゃねえか!」
神谷が一喝すると、慌てて三田村がマスクをつけた。
経営者のポールが、会員のメッセージのやり取りを読んでいても不思議ではない。
「マスクをつけましたよ!」
「三分後に撮ってやる」
神谷は言いながら、デスクチェアから立ち上がった。
「え? なんで三分後......」
神谷の右の平手が、三田村の頭をはたいた。
「自慢の七三を整える時間だ」
神谷は前歯を剥き出してニッと笑い、デスクチェアに腰を戻した。
Synopsisあらすじ
4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。
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