#刑事の娘はなにしてる?第43回

     ☆

「まったく、なんという野蛮な男じゃ! シロ! さっさと片づけんかい!」
 渡辺茂が命じると、ボディガード......シロが飛んできて神谷に引っ繰り返された大理石のテーブルを起こした。
「本当にヤクザみたいな男だな! シロ! テーブルより先に零(こぼ)れたツマミを早く拭かんか! 高い絨毯がシミになるだろうが!」
 大善光三郎が命じると、シロが俊敏な動きでキッチンに駆けキッチンペーパーを手に戻ってきた。
「港署の署長に、一本連絡を入れておいたほうがよさそうですね。おいおい、シロ君。生ハムより先にキャビアやメロンの汁気の多い物を片づけないと」
 岩田明水が命じると、ボディガードがキッチンペーパーでキャビアを包み始めた。
「いやいや、署長なんぞ手(て)緩(ぬる)い! 大善先生! 警察庁長官に電話を入れて、あの昭和マル暴を片田舎の派出所にでも飛ばしたほうがいいですな。こらっ、シロ! そんなに強く押さえたらチャビアが潰れるだろうが! そんな働きじゃ一本やれんぞ!」
 俵良助が怒鳴りつけると、シロが何度も頭を下げた。
「そうですね。俵選手と同意見です。あの刑事は娘が事件に絡んでいるので、正気を失っていて厄介です。早めに圧力をかけたほうがいいですね。それと、彼をそうイジメないであげてください。ポチに比べると、遥かに優秀ですから」
 渡辺満が俵に同調しつつ、シロを庇った。
「そのポチが問題じゃ! あやつのロリコン癖は知っておったが、よりによって刑事の娘に手をつけるとは! やっぱり、愛人の子じゃな!」
 茂が吐き捨てると、満が肩身狭そうに身体を小さくした。
「まったくだ! あの雑種犬のせいで、野蛮刑事がわしらの周りをチョロチョロするようになった。害獣どもの死体の写真を残しておくなんて、どういうつもりだ!」
 大善の怒声に、満がよりいっそう身体を小さくした。
「私らに捜査の手が伸びることはありませんよね?」
 岩田が不安を口にした。
「心配する必要はなし! 検察庁と警察庁のトップは大善先生が送り込んだ天下りだし、渡辺会長ともずぶずぶだ。両巨頭! 大船に乗った気持ちでいいですな?」
 俵が茂と大善に念を押すように訊ねた。
「もちろんじゃ。奴らはわしの福沢諭吉で、別荘や車を買いまくっておるからのう!」
 茂が高笑いした。
「大先輩で大恩人の俺を捜査の的にかけるなんてことは、万が一、いや、億が一、もとい、兆が一にもないから安心してよい」
 大善が高笑いした。
「一本っ一本っいっぽーん!」
 俵が破顔一笑し、決め台詞(ぜりふ)を連発した。
「みなさん! これを見てください!」
 満が大声を上げ、リモコンでテレビを指した。
 四人の視線が、テレビに映るコメンテーターの青年に集まった。
『老害という言葉は僕も好きではありません。ですが、老いによる思考力と体力の低下というものは生き物として避けられない現実です。偉そうに能書きを垂れている僕も、あと四十年もすれば初老と呼ばれる年になります。運動能力が低下すれば、人身事故を起こす可能性も高くなります。誤解を恐れずに言えば、被害者はもちろんのこと家族にも償い切れない罪の片棒を担がせてしまいます。僕も年を取れば、例外ではありません。この場を借りて僕が訴えたいのは、高齢者にたいしての非難ではなくライフスタイルのチェンジです。たとえば、世界記録を出した短距離選手でも還暦を迎えると九秒台では走れず、大会に出るとすれば同年代の選手と競うシニア部門になるわけです。年齢を重ねても二十代、三十代の頃と同じ感覚で車を運転したり、お酒を飲んだり、運動をしていると無理が生じるのはあたりまえです。その年齢にあった生活......』
「けしからん!」
 渡辺茂、大善、俵、岩田がほとんど同時に叫んだ。
「シロ!」
 そして、ほとんど同時にシロを見た。
 シロが頷き、取り出したスマートフォンの検索エンジンにコメンテーターの名前を入力していた。
「以心伝心お見事一本! シロ! 任務の前に、シャンペンを五人分注いで持ってこい!」
 俵に命じられたシロがキッチンに走り、ほどなくしてトレイに載せたグラスのシャンパンを運んできた。
 五人が次々とグラスを手に取った。
「みなさん、お手元の用意はいいかな?『昭和殿堂会』のさらなる繁栄と安泰を祝して、かんぱーい!」
 大善が乾杯の音頭を取ると、みながグラスを触れ合わせた。
「『昭和殿堂会』の栄光に、いっぽーん!」
 俵の野太い声に、爆笑が沸き起こった。

#刑事の娘はなにしてる?

イラスト/伊神裕貴

Synopsisあらすじ

4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。

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