#刑事の娘はなにしてる?第11回


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 渋谷の宮(みや)益(ます)坂(ざか)下で朝陽は足を止め、スマートフォンに視線を落とした。
 位置情報では、もうこの近くだ。
 朝陽は顔を上げ、「珈琲家族」の看板を探した。
 中高年の喫煙者が数多く利用する有名なチェーン店なので、待ち合わせ場所に指定はしたが詳しい場所は知らなかった。
 五メートルほど先で視線を止めた。
「珈琲家族」の看板を認めた瞬間、朝陽の心臓が早(はや)鐘(がね)を打ち始めた。
 約束の時間まで、あと十分ある。
 気を落ち着けるために、朝陽は路地に入り深呼吸した。
 ふたたびスマートフォンに視線を落とし、昨夜三宅から返ってきたメッセージを読み返した。

 若葉さん、メッセージありがとうございます。
 来年、海外旅行を計画しているんですね?
 楽しみですね。
 ハワイですか? ヨーロッパなら旅費も高いですよね。
 どちらにしても、支援しますよ。
 疑うわけではないんですけど、学生証を持ってきて貰ってもいいですか?
 名前と住所は伏せて構わないので、写真と年齢だけを確認させてください。
 僕は十代の女子に支援すると決めているので、二十歳以上だと対象外になるので。
 僕は最短、明日の五時から顔合わせ可能です。
 場所は都内であれば合わせます。
 では、ご連絡お待ちしています。

「十代の女子だけが支援対象なんて、ありえないんだけど」
 朝陽の両腕には鳥肌が立っていた。
 だが、我慢だ。
 一刻も早く楓をみつけなければならない。
 楓は学校も欠席し、昨日から今日まで朝陽にも連絡がなかった。
 本当は父に相談したかったが、楓がマッチングアプリに登録して父親ほども年の離れた男とパパ活しているとバレたら大変なことになる。
 三宅に会えば、楓についてなにかがわかるはずだ。
 朝陽も楓のことが心配だったが、それは彼女の母親の心配とは種類が違う。
 楓の母親は娘がなにか事件に巻き込まれていないかを危惧しているが、朝陽は違った。
 朝陽は楓が、どこか男のもとへ転がり込んだのではないかと疑っていた。
 楓は父親と折り合いが悪く、早く一人暮らしをしたいというのが口癖だった。
 楓の父親は人気芸人だが、テレビで見せている道化的な姿とは対照的に、家庭では厳格な父親だった。
 門限を一分でも過ぎれば電話が十分おきにかかってきて、二時間は説教されていたらしい。
 母親には口が裂けても言えないが、朝陽は失踪ではなく家出している可能性が高いと思っていた。
 もしかしたら、三宅の家に転がり込んでいるのかもしれない。
 朝陽なら絶対に考えられないことだが、楓には昔から大胆なところがあった。
 それは男性に関しても同じだ。
 楓は男性経験が豊富だ。
 朝陽が知っているだけでも、三人の男子と肉体関係を結んでいた。
 三人はすべて同年代だが、年上でも気後れするタイプではなかった。
 厳し過ぎる父親への反動なのかもしれない。
 家族にバレる前に、楓を見つけ出し連れ戻さなければ大変なことになる。
 
 ご連絡ありがとうございます。
 では、明日五時に渋谷の宮益坂にある「珈琲家族」というカフェで顔合わせをお願いします。
 私は白のニットのセーターにデニムのショートパンツで行きます。
 三宅さんの服装がわかれば教えてください。
 では、明日、よろしくお願いします。

「珈琲家族」はレトロな喫茶店で、いまの時代に喫煙スペースが設けられており利用客のほとんどが中高年の男性だった。
 朝陽が顔合わせの場所に選んだ理由は、同年代が利用しないからだ。
 三宅のような中年男と一緒にいるところを、クラスメイトに見られたくはなかった。
 
 若葉さん、メッセージありがとうございます。
 五時に渋谷の「珈琲家族」ですね?
 了解しました。
 白のニットセーターにデニムのパンツですか?
 とても若々しく素敵なコーディネートですね。
 当日、僕は白いキャップを被(かぶ)っているのですぐにわかると思います。
 では、お会いできるのを楽しみにしています。
 有意義な時間にしましょう。
 
 メッセージを確認した朝陽の腕に、ふたたび鳥肌が立った。
「楓のためよ」
 朝陽は自らを鼓舞するように言い聞かせ、足を踏み出した。

     ☆

「珈琲家族」は、予想通り中高年の客で溢(あふ)れ返っていた。
 白いキャップ......。
 朝陽は店内に巡らせていた視線を最奥の壁際の席で止めた。
 斜めに被った白い「ニューエラ」のキャップ、ダボダボのオレンジのビッグTシャツ、白のワイドパンツ、首に巻いた金のネックレス、指に嵌められた複数のごつい色石......奥の席の男は白いキャップを被っているが年が違う。
 三宅は四十五歳だが、男は十代......。
 朝陽は眼を凝らした。
 ビッグTシャツ越しの突き出た腹、キャップの下の弛(たる)んだ頬――男は若作りしているが、若者ではなかった。
 十代どころか二十代......いや、三十代でもなかった。
 朝陽はスマートフォンに表示されている三宅のプロフィール写真と、ヒップホップストリートファッションの男に交互に視線をやった。
 下膨れの頬、八の字に下がった公(く)家(げ)眉、腫れぼったい一(ひと)重(え)瞼(まぶた)......スーツ姿に七三分けの髪型でわからなかったが、プロフィール写真の顔と若作りした男の顔は同じだった。
 たしかに白いキャップを被るとは書いてあったが、まさかこんな格好でくるとは思わなかった。
 これなら、スーツ姿のおじさんとお茶を飲んでいるほうがまだましだ。
 十代の尖(とが)ったダンサーが着るようなストリートファッションに身を包んだ中年男など、イタイだけだ。
 薄気味悪さと困惑に背を押され、朝陽は三宅のもとに向かった。
「こっちこっち!」
 朝陽に気づいた三宅が、大きく手を振った。
 周囲の客の視線が三宅に向いたあと、朝陽に移った。
 あんなイタイ中年男と待ち合わせていると思われただけで、顔から火が出るほど恥ずかしかった。
「はじめまして、若葉です」
 朝陽は周囲の客に聞こえないように小声で言いながら、席に着いた。
「めちゃめちゃ小顔だね! 鬼かわいいじゃん!」
 三宅が、無理に若者ふうの言葉を使った。
 ふたたび、周囲の客の視線が集まった。
「めっちゃアイドルみたいじゃん! めっちゃ好み!」
 三宅が下膨れの頬肉を揺らしながら、若者ぶってハイテンションに言った。
「ところで、びっくりした? プロフィールじゃスーツ姿のおっさんだったのに、目の前の僕はこんな感じでさ」
 こんな感じと言いながらも、三宅は得意げだった。
 どんなに若作りをしても、おじさんに変わりないということに気づいていないのだろうか?
 スーツ姿でも三宅は気持ち悪いが、十代を装うことで気持ち悪さに拍車がかかっていることにも......。
「え......ああ、はい」
 正直な感想を口にするわけにはいかず、朝陽は曖昧に言葉を濁した。
 注文を取りにきたウエイトレスに、朝陽はアイスティーを注文した。
「若葉ちゃんに気を遣わせないように、ファッションを合わせてきたんだよ」
 三宅が恩着せがましく言うと、ホットコーヒーを音を立てて啜(すす)った。
 やはり、本人はストリート系ファッションが似合っていると思っているのだろう。
「これなら、二人でお茶してても違和感ないでしょ? ヒップホッパーとデートしている女子高生って感じ。イャア~」
 三宅が中指を突き立て舌を出した。
 朝陽は眩暈(めまい)に襲われた。
 三宅は想像以上に、危ない男かもしれない。
 不意に、楓のことが心配になってきた。
「早速だけど、若葉ちゃんはいくら支援してほしい? 遠慮なしに言って。見返りがあればいくらでも協力できるからさ」
 見返りという言葉に、朝陽はゾッとした。
 早く、本題を切り出さなければ......。
 朝陽の背筋を、焦燥感が這い上がった。 
「あの......」  
「海外旅行はどこに行きたいの? ハワイ? ヨーロッパ? それともアメリカ?」
 朝陽を遮り、三宅が矢継ぎ早に訊ねてきた。
「僕が旅行費用出したら、いつ大人できる?」
 三宅が下卑た笑いを浮かべながら訊ねてきた。

#刑事の娘はなにしてる?

イラスト/伊神裕貴

Synopsisあらすじ

4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。

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