#刑事の娘はなにしてる?第22回


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『老害、老害って若者が言うけどさ、僕はちょっと違うと思うな~。親を殺す高校生、アルコールにセックスドラッグを盛り、女性をレイプする大学生、少女に性的悪戯(いたずら)をするサラリーマン......若者にも、害虫みたいな奴らは大勢いるわけでさ。年を取ってるだけで害悪と決めつける風潮はナンセンスだよ~。女性蔑視発言する政治家やスポーツ選手OBを老害だと言ったりしてるけど、ぶっちゃけ、若者も悪口言うよね~。あ、それから僕は若者でも老人でもない四十五歳なんだけど、同世代にも害虫は一杯いるよ~。だからね、僕が言いたいのは世代を問わず益虫も害虫もいるってことさ』
「いっぽーん! この若者は素晴らしい! わしの言いたいことを、すべて言ってくれた!いやいや、お見事一本!」
 赤坂のタワーマンションのペントハウス――三十畳のリビングルームにU字型に設置されたソファに座る俵(たわら)良(りよう)助(すけ)が、テーブル上のパソコンで流されるYouTubeに向かって満面の笑みで手を叩いた。
 白髪の坊主頭、猪(い)首(くび)、分厚い胸板、丸太のような両腕......七十八歳の俵は、元柔道五輪金メダリストだ。
 俵の柔道で培った人脈は警察庁から裏社会まで幅広く、盆暮れ時には警察庁長官と広域指定暴力団の組長から贈り物が届く。
「まったくだ! 俺らを老害扱いする大馬鹿者が多い中で、彼のような素晴らしい発言をする若者がいるとは、日本もまだまだ捨てたものじゃないな」
 ロマンスグレイのオールバック、白い眉の下の鋭い眼光、ブルドッグさながらに垂れた頬、スーツのボタンを弾き飛ばしそうな太鼓腹......俵の隣に座る大(だい)善(ぜん)光(こう)三(ざぶ)郎(ろう)が、ブランデーグラスを掌(てのひら)で揺らしながら満足げに言った。
 八十三歳の大善は総理大臣経験者であり、一昨年政界を引退するまでは与党の幹事長を務めていた。
 議員バッジを外してからも大善は、政界のキングメーカーとして多大な影響力を誇っていた。
 いまでも重要案件の決定前には、時の首相を始めとする各大臣が揃って大善詣(もう)でをする。
「見込みのある若者じゃ。大日本帝国も、まだまだ捨てたもんじゃないのう。テレビジョンも、こういう若者を起用するべきじゃな」
 白髪の七三、灌(かん)木(ぼく)の樹皮のような乾燥した皺々の肌、垂れ下がった上瞼の皮膚に覆われた瞳、童話に出てくる魔女のような鷲鼻......九十二歳の渡辺茂が、高齢の老人特有の頭を小刻みに横に揺らしながら言った。
 渡辺は震える手で赤ワインの入ったグラスを口もとに運んだ。
 渡辺は日本最古の歴史を持つ三友財閥の流れを汲む三友商事グループの会長であり、三友ホテル、三友金属、三友銀行、三友ビルディング、三友新聞社、三友大学、三友大学病院などのグループ企業を傘下におさめる経済界のドンだ。
「おい、ポチ。このヨーチューブとやらに出ている若者はなんていう名だね?」
 禿げた頭頂、側頭部に残る白髪、グレーのちりめん生地の着流し、黒地に唐(から)花(はな)模様の角帯......七十八歳、作家の岩(いわ)田(た)明(めい)水(すい)が老人達の給仕に動き回るポチに訊ねてきた。
 岩田は日本文学史上最高の実売、六百万部のセールスを記録した不倫の物語『金沢兼六園』の原作者である。
 ほかにもミリオンセラー作品を何作も刊行しており、歴史上に残る作家の一人だ。
 四人の老人にポチと呼ばれている男を、唯一ポチと呼ばないのは、渡辺茂の息子であり三友商事の社長である満だ。
 六十八歳の満はポチの父だ。
 といっても本妻の子ではなく妾腹なので、老人達に蔑(さげす)まれていいように使われていた。
「ポチ、なにか摘まみを持ってこんか! 気が利かんやっちゃのう!」
 俵がウイスキーのロックグラスを掲げ、ポチに命じた。
「かしこまりました!」
「ポチ、ブランデーに合う摘まみも用意しろ!」
 大善がブランデーグラスを掲げ、ポチに命じた。
「かしこまりました!」
「ポチ、わしはワインじゃからな!」
 祖父が枯れ枝のような腕を震わせながら、ワイングラスを宙にかかげた。
「かしこまりました!」
 ポチはキッチンとリビングを何往復もし、老人達の酒と摘まみを運んだ。
 三友不動産のタワーマンションのペントハウスを本部とした「昭和殿堂会」が結成された五年前から、ポチは雑用係として参加していた。
 会合は毎月最終土曜日の昼と決まっており、短いときで一時間、長いときで五時間を超えるときもあった。
 会合の内容は、酒を呑みながら世の中や現役世代の者にたいしての愚痴と不満がほとんどだった。
 五人は十分過ぎるほどに地位も名誉も金もあるが、現況に満足していなかった。
 いまでも各々影響力を持っているが、表舞台から身を引いたのは事実だ。
 強欲な彼らは余命が短くなってもなお、表舞台でスポットライトを浴びる者にたいしての嫉妬心と憎悪心で腸(はらわた)が煮え繰り返っているのだ。
 とくに、現役世代が老害を口にしたときの激(げつ)昂(こう)ぶりは凄まじかった。
 老人達は脳梗塞になりそうなほどの太い血管を額に浮かび上がらせた鬼の形相で、入れ歯が外れるほどの罵(ば)詈(り)雑(ぞう)言(ごん)を「ゴミ」に吐きつけるのだった。
 そして今年に入ると、彼らはゴミの「分別」をおこなうようにうなった......。
「彼はTと名乗り、五、六年前にゲームソフトの開発で財を成し、時代の寵児としてマスコミに大々的に取り上げられました。いまはゲーム業界からは離れ、『代弁者』と称してYouTubeを中心に活動しています。登録者数は一千万人を超え、広告収入だけで年収五億はゆうに超えているようです」
 ポチが説明すると、老人達がどよめいた。
 ヨーチューブという言い間違いを、岩田には敢えて指摘しなかった。
「五億だと! 小説だと、三百万部以上売れないとその金額には達しないぞ! しかも小説の場合、完成するまでに推(すい)敲(こう)期間まで含めると数年がかりだ。こんなにだらだらと好きなことを喋っているだけで、ヨーチューブとやらはそんなに儲かるのか!?」
 岩田が興奮した口調で言った。
「はい。でも、毎日UPしなければなりませんし、編集やらなんやらで大変みたいですよ」
 今回もポチは、ヨーチューブという岩田の言い間違いをスルーした。
「なるほど。ヨーチューブというのも、それなりに大変なんだな」
 みたび、岩田が言い間違えた。
 仏の顔も三度まで――もう、我慢の限界だった。
「あの......ヨーチューブでなくて、YouTubeです」
 怖々と、ポチは岩田の間違いを指摘した。
「は? だから、なんだ? ユとヨの間違いが、そんなに重要か?」
 気色ばむ岩田を見て、ポチは早くも後悔した。
「あ、いえ、そういう意味ではなく......」
「ここに正座しろ」
 岩田がポチを遮り、足元を指した。
「お気を悪くさせてしまったなら、申し訳ありません」
 ポチは詫びながら、岩田の足元に正座した。
「人の揚げ足を取ってないで、自分の無能さをなんとかしたらどうだ!? この空っぽの頭をな!」
 岩田は取り出した扇子で、ポチの頭頂を何度も叩いた。
「渡辺会長の孫だから会合に呼んでやってるが、本当は四流大卒の無能なお前なんぞ私と口を利くこともできない立場なのを忘れるな! もしかして、ポチよ、お前、自分のことを人間だと思ってるんじゃないだろうな? 犬コロの分(ぶん)を弁(わきま)えて、人間と会話しようなんて思うんじゃない!」
 岩田が最後に、扇子でポチの頬を叩いた。
 ポチは奥歯を食い縛り、屈辱に耐えた。
 老害達の寿命は、そう長くはない。
 五、六年経てば、六十代の父以外は全員いなくなるはずだ。
 その父も、そう長くはない。
 十年もすれば死ぬまで行かなくても、耄(もう)碌(ろく)して使い物にならなくなるだろう。
 十年後、ポチはまだ五十代だ。
 だが、十年もこの生き地獄に耐えるのは長過ぎる。
 長老達が死んだら、父を社会的に葬るつもりだ。
 父を刑務所送りにできるだけの材料はいくらでもあった。
 もちろん、共犯であるポチも罪に問われてしまう。
 だが、父を刑務所送りにする気はない。
 掴んでいる弱味は、第一線から引かせるための切り札にするだけだ。
 親子の暴露合戦になれば、ダメージが大きいのは失うものが多い父のほうだ。
 父は要求を呑み、「昭和殿堂会」を息子に譲るしかない。
 あと五、六年なら、なんとか我慢できる。

#刑事の娘はなにしてる?

イラスト/伊神裕貴

Synopsisあらすじ

4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。

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