#刑事の娘はなにしてる?第13回
7
西麻布の交差点――朝陽は、三宅に続いてタクシーを降りた。
三宅は大通りではなく、住宅街のほうに足を向けた。
「こんな静かなところに、お店があるんですか?」
不安になった朝陽は、三宅に訊ねた。
「若葉はフアン、僕はシアン、それでも行かなきゃならない西麻布のジュータクガイ! イェア~! 若葉はフアン、僕はシアン、それでも行かなきゃならないシンユーを連れ戻すために! イェア~!」
三宅が足を止めて振り返り、ラップで韻(いん)を踏んでいるつもりなのか上半身を上下に揺らしながらリズミカルに言葉を並べ、中指を立てて舌を出した。
「あの、ラウンジってお店はこのへんにあるのですか?」
朝陽は三宅のラップもどきを無視して、質問を繰り返した。
「ラウンジキャバとは違うハンカガイじゃなくジュータクガイ! イェア~!」
ふたたび、三宅が韻を踏んだ。
「真面目に答えてください」
朝陽は三宅の腫れぼったい瞼(まぶた)の奥の瞳を見据えた。
「あ、ごめんごめん。身体に韻が刻まれて、血液に韻が流れてるから、無意識に動いてしまうんだよ。ラウンジは会員制で、著名人が通うことが多いんだ。繁華街から少し離れた場所に店を構えているのは、それが理由さ。こんな説明で大丈夫かな? もし不安なら、ここでバイバイしてもいいけど?」
相変わらず三宅が、上半身を上下に揺らしリズムを取りながら言った。
「いえ、行きます。あと、どのくらいですか?」
朝陽は訊ねた。
不安がないと言えば嘘になるが、楓を連れ戻すために弱音を吐いてはいられない。
「もう、すぐそこだよ。ほら、あの建物さ」
三宅が十メートルほど先の瀟(しよう)洒(しや)なビルを指差した。
クスクスという笑い声が聞こえた。
「見て見て、あの人」
「え......おやじじゃん」
若いカップルが、三宅を見てひそひそ話をしていた。
「おっさんが、若作りしてイタくない?」
「キモいおっさんが、ヒップホッパー気取ってるよ」
「隣の子、ウチらと同じくらいじゃない? 付き合ってるのかな?」
「え!? マジに!? あんなキモいおっさんが彼氏!?」
カップルの興味が、三宅から朝陽に移った。
朝陽の頬が、羞恥に熱を持った。
堪(たま)らず、朝陽はラウンジが入っているビルに向かって駆け出した。
「ヘイ! 若葉ちゃん! 待ってよ!」
三宅が大声で言いながら、朝陽のあとを追ってきた。
朝陽は駆け足のピッチを上げ、ビルのエントランスに駆け込んだ。
カップルの視界から外れ、朝陽はため息を吐いた。
「若葉ちゃん......急に......どうしちゃったの?」
三宅が膝に両手をつき、激しく肩で息を吐きながら訊ねてきた。
「何階ですか?」
三宅の問いかけに答えず、朝陽は逆に質問した。
「地下だよ」
三宅はエレベーターに乗り込み、B1ボタンを押した。
恥ずかしさに自らビルに駆け込んだものの、朝陽の心臓は早鐘を打ち始めた。
「まだ営業前だから、お客さんはいないからさ」
三宅が言いながら、エレベーターを降りた。
「ミミはいるんですか?」
三宅の背中に、朝陽は問いかけた。
「キャストはオープンの三十分前までに店に入るから、あと一時間くらいかな。中で待ってよう」
三宅は朝陽を促し、スチールドアのインターホンを押した。
「三宅だよ」
三宅がスピーカーに言うと、数秒後にスチールドアが開いた。
「よう、秀! イェア~!」
三宅が右肘を突き出すと、秀と呼ばれた黒いパーカー姿の男性も右肘を突き出した。
二人は右肘を軽くタッチさせると、次に両手の拳を触れ合わせ、最後にハグをして背中を叩き合っていた。
「秀とはよくつるんでいて、双子だと間違われるよ」
三宅が、臆面もなくさらりと言った。
秀という男性は三宅より、一回り以上は若く見える。
年齢だけでなく、小太りで下膨れ顔の三宅と筋肉質でシャープな印象の秀とは似ても似つかなかった。
「どうも、秀です。三宅さんから、話は聞いてます」
秀が右手を差し出してきた。
躊躇(ためら)いがちに、朝陽は秀の右手を握った。
「とりあえず、奥にどうぞ」
秀が三宅と朝陽を奥に促した。
店内は意外に広く、L字型になっていた。
三宅と朝陽は、出入口から死角の最奥のソファに案内された。
「ミミはあと四、五十分もすれば出勤するので、ここで待っててください。三宅さん、なに飲みます?」
秀が三宅に訊ねた。
「とりあえず、ビールを貰おうかな? 若葉ちゃんも、同じでいいよね?」
当然のように言う三宅に、朝陽は耳を疑った。
「私は未成年です」
朝陽は硬い声で言った。
「未成年? 関係ないない~。俺は十五歳から呑(の)んでるからさ~、イェア~」
三宅が中指を立て、大きく舌を出した。
まただ。
いったい、三宅は何度このポーズを見せるつもりなのだろう?
「私は、お酒が嫌いなんです」
朝陽は表情を変えずに言った。
少しでも隙を見せれば、三宅は調子に乗って酒を勧めてくるに違いない。
「え~? 嫌いって、呑んだことないんだからわかんないだろう? 騙されたと思って、一口だけでもいいから......」
「私は、ミミに会いにきたんです。お酒を呑みにきたんじゃありません!」
朝陽は、厳しい口調で拒否した。
「おおっ、怖っ! ヤバっ! わかったから、そんなに怒らないでよ。じゃあ、別の遊びをしよっか?」
三宅が、ニヤニヤ笑いながら立ち上がった。
「遊びません」
朝陽の脳内で、危険信号が点(とも)った。
「お酒もだめ、遊びもだめ、あれだめこれだめ......だったら、なにだったらつき合ってくれるのかな?」
三宅は、おどけた口調で朝陽に訊ねてきた。
「だから私は、ミミに会いに......」
「エッチしよっか?」
三宅の言葉に、朝陽は耳を疑った。
「帰ります」
うわずる声で言いながら、朝陽は立ち上がった。
Synopsisあらすじ
4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。
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