#刑事の娘はなにしてる?第42回


     ☆

 神谷は警察手帳をカメラの前に掲げながら、4001号のインターホンを押した。
 一分以上経っても、反応はなかった。
 第四土曜日ではないが、渡辺満を張っていたら赤坂のタワーマンションに入ったので会合が開かれているのはたしかだ。
 使い走りの佐藤大作が殺害され、緊急会議でも開いているのだろう。
 神谷がふたたびインターホンを押そうとしたときに、解錠音に続いてドアが開いた。
「警察の方が、どういったご用でしょうか?」
 長身で屈強な身体を黒いスーツに包んだ若い男が、無表情に訊ねてきた。
 いわゆるカリフラワーと呼ばれる潰れた耳を見なくても、男が格闘技経験者ということは肌で感じた。
 恐らく、ボディガードなのだろう。
「『昭和殿堂会』の会合が開かれているだろう? メンバーに用があるから上がらせて貰うぞ」
 靴脱ぎ場に入りかけた神谷を、男の太い腕が遮った。
「令状を見せてください」
 男が平板な口調で言った。
「老害に会うのに、そんなもんいるか! どけ!」
 無理やり入ろうとする神谷を、男が力ずくで押し返した。
「邪魔するな! ぶっ殺すぞ!  こら!」
 神谷は男の胸倉を掴み、狂気の宿る眼で睨みつけた。
 脅しではなく、本気だった。
 神谷はもう、どうなっても構わなかった。
 朝陽の人生を奪った老害達を地獄に叩き落とすためなら、この手を汚すことも厭(いと)わなかった。
「入れてやれ!」
 奥からドスの効いた声が聞こえた。
 テレビで聞き覚えのある声......大善光三郎の声に違いなかった。
「どうぞ、こちらへ」
 男が渋々と神谷を促した。
 神谷は土足のまま上がり、男を肩で突き飛ばすと声のするほうへと駆けた。
「待て!」
 男が血相を変えて追ってきた。
 神谷がドアを開けると同時に、男が羽交い締めにしてきた。
 三十畳のリビング――U字型の革ソファに座った五人の老人が、一斉に振り返った。
 大理石のテーブルには、ワイン、ブランデー、ウイスキーのグラスとキャビアや生ハムメロンの皿が並べられていた。
「なんだ土足で、けしからん刑事じゃな」
 渡辺茂が、言葉とは裏腹に上機嫌な顔でワイングラスを傾けた。
「まったくですね」
 渡辺満が追従した。
「殺すとかなんとか聞こえたが、刑事というよりもヤクザみたいな男だな」
 大善光三郎がブランデーグラスを掌で回しながら、小馬鹿にしたように吐き捨てた。
「私達が寛大じゃなければ、君は不法侵入で逮捕されるところだよ」
 岩田明水がブリにキャビアを載せながら、皮肉を浴びせてきた。
「賛否はあるが、わしは昭和的な型破りな刑事は嫌いじゃないぞ! 昭和のマル暴みたいであっぱれ! お見事いっぽーん!」
 俵良助が、立てた人差し指を神谷に突きつけてきた。
 五人の余裕の言動に、神谷の激憤に拍車がかかった。
「てめえらっ、佐藤大作に何人も殺させておいて、その態度はなんだ!」
 神谷は五人を睨みつけた。
「佐藤大作? 誰じゃ?」
 渡辺茂が白々しく惚けた。
「誰のことですか?」
 満も白々しく惚けた。
「そんな男、知らんな」
 大善も白々しく惚けた。
「吉田栄作なら知ってるが」
 岩田も白々しく惚けた。
「なんだかようわからんが、佐藤大作にいっぽーん!」
 俵だけが悪乗りした。
 神谷が拳銃を抜くと、どよめきが起こった。
「な、なにをする気じゃ......」
「じ、自分でなにをやっているのか、わかっているんですか!?」
「き、貴様、血迷ったか!?」
「ば、馬鹿なことはやめなさい!」
「こ、これは一本はやれんぞ......」
 渡辺父子が、大善が、岩田が、俵が顔面蒼白になり動転した。
「政治的圧力で逃れても、そのときは俺がてめえらを裁く! 震えて待ってろ!」
 神谷が天井に向けて発砲すると、五人が悲鳴を上げながら頭を抱えた。
 本当は、この場で皆殺しにしたかった。
 耐えた......朝陽のために。
 闇に囚われた朝陽を支えるために、神谷は殺人犯にはなれなかった。
 神谷は大理石のテーブルを引っ繰り返し、リビングルームをあとにした。

#刑事の娘はなにしてる?

イラスト/伊神裕貴

Synopsisあらすじ

4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。

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