#刑事の娘はなにしてる?第37回

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「誰の家を張ってるんですか?」
 午前七時。渋谷区松(しよう)濤(とう)の住宅街――路肩に停車したクラウンのドライバーズシートに座った三田村が、二十メートル先の斜(はす)向(む)かいに建つ豪邸に視線を向けながら訝(いぶか)しげに訊ねてきた。
「渡辺満だ」
 神谷は豪邸の門(もん)扉(ぴ)から眼を離さずに言った。
「え!? 佐藤を探さないんですか!?」
 三田村が驚きの声を上げた。
「佐藤はこの一週間、自宅にも会社にも寄りついていない。いったい、どこを探せと言うんだ?」
 神谷達の動きを察したように、佐藤は姿を消した。
「だからって、親父の家に顔を出すとは思えないんですけど......」
 遠慮がちに、三田村が意見を口にした。
「佐藤を待ってるわけじゃない。親父が出かけるのを待ってるんだ」
「親父を? なぜですか?」
「今日は何曜日だ?」
 神谷は質問を質問で返した。
「え......土曜日ですけど。それがなにか?」
「第何土曜日だ?」
 神谷は質問を重ねた。
「第四土曜......あ!」
 三田村が手を叩き、大声を張り上げた。
「『昭和殿堂会』の会合ですね!」
「いま頃わかったのか、馬鹿タレが! お前がみつけた『本当の都市伝説』に書いてあったんだろうが」
 神谷は呆れた口調で吐き捨てた。
「そうでした、すみません。昼過ぎと書いてあったんで、まだ五時間はありますね。張るのが早過ぎませんか?」
「会合に直行するとはかぎらねえだろ? どこかに立ち寄ってから向かうかもしれねえ」
「たしかに、それは言えますね。でも、佐藤が犯人なら警戒して出てこないんじゃないですか? 『本当の都市伝説』のことも投稿したんじゃないかと、メンバーに疑われている可能性も高いですし」
「だから、顔を出すのさ。会合に出なくなったら、投稿者は自分だと告白するようなものだからな。佐藤にとって親父や祖父さんは警察と同じくらい、いや、警察以上に恐れる存在に違いねえ。こっちでもIPなんとかの尻尾を掴めなかったくらいだから、ジジイどもが佐藤の投稿だと証明するのは不可能だろうしな」
 サイバー犯罪対策課から報告があったのは昨日。
 予想通り「本当の都市伝説」は、渋谷区のネットカフェからの投稿だった。
 防犯カメラにも近隣に駐車されていたドライブレコーダーにも、怪しい人物は映っていなかった。
「神谷さんって感情のまま突っ走る野獣みたいな人かと思ったら、推理も得意なんですね」
「お前、馬鹿にしてんのか?」
 神谷は三田村を睨みつけた。
「あ、いえ......そういう意味じゃなくてですね......あ! それより、朝陽ちゃんは帰ってきましたか!?」
 三田村が慌てて話題を変えた。
「いや。連絡はあるがな」
 楓は相変わらず行方不明で、朝陽も帰ってこなかった。
 だが、捜索願いを出されたくないのか、大丈夫だから、という短いメッセージとともに無表情な自撮り写真を毎日送ってきた。
 三宅と楓のこと......ノートに書いていたことを問い詰めたかったが、神谷は我慢した。
 いまは、朝陽と繋がっていることが最優先だ。
 へたに刺激して、朝陽から連絡が途絶えることだけは避けたかった。
「そうですか。でも、連絡があるなら一安心......なわけないですよね」
 神谷の地雷を踏みそうになったことを察し、三田村が自主規制した。
「あの......一つ訊いてもいいですか?」
 改まった口調で、三田村が神谷に言った。
「なんだ?」
「佐藤を捕まえることができたとして、どうするつもりですか?」
「絞り上げて、すべてを自白させるに決まってんだろ! 楓ちゃんのことも、『粗大ゴミ連続殺人事件』の被害者のことも、どんな手を使ってでも吐かせてやる!」
 神谷はダッシュボードを蹴りつけた。
「もし、佐藤が犯人じゃなかったらどうします? 宝田さんも言ってたでしょう? 佐藤の背後には政界のキングメーカーの大善光三郎がいますし、祖父の渡辺茂は財界のドンで政界や法曹界に顔が利きます。仮に佐藤が犯人でも、権力と金で圧力をかけてくるでしょう。それなのに無実だったら、大変なことになりますよ! 署長に話を通したほうがいいですって!」
「署長なんかに話を通してる余裕はない! その間に、朝陽の身になにかが起こったらどうする!? それに、お前の言う通り上は圧力に屈して捜査の許可なんか出すわけねえだろうが! 心配すんな。絶対に佐藤の豚野郎はクロだ。俺の刑事の勘に狂いはねえ!」
「だとしても、手順を踏まないとだめですよ! 令状もなくて佐藤を引っ張ったら、ただじゃすみませんっ。僕は神谷さんが心配なんです! 警察手帳を奪われたら、『粗大ゴミ連続殺人事件』の犯人を追うことができなくなるんですよ!」
 いつもはすぐに引き下がる三田村が、懸命に食い下がった。
「だから、佐藤を叩くんだろうが! 独断の捜査でも、ホシをあげた刑事をクビにするわけにはいかねえから心配するなって」
 神谷は三田村の肩を叩いた。
「DNA鑑定の結果、送りつけられたのは楓さんの右胸でした。しかし犯人が佐藤だとしたら、『粗大ゴミ連続殺人事件』の犯人ではないということになりませんか? 有料粗大ゴミシールは貼ってありましたが、いままでとは明らかに手口が違います。過去の四人の被害者、清瀬歩と石井信助は唇を、沢木徹と中城敦也は十指を切り落とされていました。清瀬さんと石井さんは、ワイドショーと情報番組でそれぞれMCという立場で老害を糾弾しました。沢木さんと中城さんは、カリスマライターとフォロワー数百万人超えのインスタグラマーという立場で老害を糾弾しました。言葉で糾弾した二人が唇を切り取られ、活字で糾弾した二人が十指を切り取られた......僕はそう考えています。神谷さんも、同じ考えですよね? ところが、今回は女子高生の右胸でした。右胸が老害を糾弾したならば別ですが、ありえません。しかも、現時点で死体はゴミ置き場から発見されていません」
 三田村の推理は、たしかに一理あった。
「粗大ゴミ連続殺人事件」の犯人は、明確なメッセージ性を持って遺体の肉体の一部を切り取り、ゴミ置き場に遺棄している。
 己の性的興奮を満たすために、残虐な殺害法を取る猟奇殺人犯とは違う。
 楓の左乳房を送ってきたやり口と、『粗大ゴミ連続殺人事件』の四人の遺体を晒(さら)したやり口は明らかに違う。
 三田村の言う通り、佐藤が楓を殺したのなら四人の殺害犯とは違う可能性が高くなる。
「佐藤が猟奇殺人犯でも愉快犯でもないなら......」
 神谷は、頭の片隅に浮かんだ疑問を口にした。
「え? どういうことですか?」
「『トキメキ?楽部』で未成年女子漁りをしていたことから、佐藤はロリコンだ。一方で、『本当の都市伝説』の投稿人が佐藤だった場合、五人の権力者達にたいして相当の鬱憤が溜まっているようだ。使い走りみたいなことをやらされていたのかもしれないな。仮説として、老害糾弾をした四人の殺害を『昭和殿堂会』のジジイどもが佐藤に指示したとしたら......受けると思うか?」
 神谷は三田村に訊ねた。
 普通の人間なら、命令されたからといって殺人を犯したりしない。
 普通の人間なら、糾弾されたからといって殺人を教唆したりしない。
 だが、普通の人間だったらの話だ。
 そもそも、人を殺す人間は普通ではない。
 異常だからこそ、殺人を犯せるのだ。
「絶対服従の関係なら、あり得ると思います。でも、あくまでも想像の範囲です。投稿者が佐藤であってもただの嫌がらせかもしれないし、なによりIPアドレスはネットカフェのものなので投稿者を特定できません。楓さんの事件で佐藤を追うならまだしも、証拠もなしに『粗大ゴミ連続殺人事件』の容疑者として追うのはやめてください」
 三田村が懇願の色が浮かぶ瞳で神谷をみつめた。
「昭和殿堂会」の権力者達の圧力で神谷が懲戒免職に追い込まれないかを、心配してくれているのだ。
「とりあえずは、楓ちゃんの件で佐藤を押さえる。科捜研からのDNA鑑定の結果もじきに出るだろう。送りつけられてきた左の乳房と楓ちゃんの髪の毛のDNAが一致したら、最重要容疑者だ」
「ですね。『トキメキ?楽部』で偽名を使って楓さんとやり取りしてるメッセージデータは覆面内通者から送って貰いましたし、ガサ入れかけたら証拠が出てくる可能性が高いです」
 神谷は厳しい表情で頷いた。

 朝陽、まさかお前は......。

 神谷は、心に浮かびかけた最悪の結果から意識を逸(そ)らした。

#刑事の娘はなにしてる?

イラスト/伊神裕貴

Synopsisあらすじ

4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。

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