#刑事の娘はなにしてる?第12回
「実は、私......」
「現金渡せば、このあとオッケー?」
朝陽を遮り、三宅が身を乗り出してきた。
「中出しNG、アナルNG以外に、なにかNGあるなら教え......」
「昨日、かえ......ミミって女の子と食事しましたよね?」
三宅の聞くに堪えない言葉に、朝陽は本題を切り出した。
「ミミ......ああ、ミミちゃん。あの色っぽい女の子ね。知ってるよ。え? もしかして、君、友達?」
三宅が驚いた顔で訊ねてきた。
「はい。騙(だま)したようで申し訳ないのですが、実は、支援してほしいっていうのは嘘で、本当はミミの行方を探しているんです」
朝陽は一息に言った。
いつまでも伏せたままパパ活を装い、三宅と苦痛な時間を過ごしたくはなかった。
「ミミちゃんの行方を探してる? それは、どういうこと?」
三宅が身を乗り出した。
「ミミが昨夜から、家に帰っていないんです。家の人も心配していて......。三宅さんは、昨日、ミミとご飯を食べたんですよね? ミミとは、何時まで一緒にいたんですか?」
朝陽は訊ねながら、三宅の表情を窺(うかが)った。
もしかしたら、三宅の家にいるのかもしれない。
いや、その可能性が高い。
三宅と会いに行くと言ったまま、連絡が取れなくなったのだから。
「なるほど、そういうことか。もしかして、僕のこと疑ってる? ミミちゃんを監禁しているとか?」
三宅が冗談めかして訊ねてきた。
「い......いえ、そんなことありません!」
慌てて朝陽は否定した。
「そんなに動揺して、認めているようなものじゃないか」
三宅が苦笑いした。
「すみません、そういうつもりじゃ......」
「いいんだ、いいんだ。君がそう思うのも仕方がないさ。いくら僕が若く見えると言っても、君達のお父さんくらいの年齢だからね」
三宅がウインクした。
少しも若く見えはしない。三宅は父と同年代だが、無理をして若作りをしているぶん、かえって老けて見える。
もちろん、口が裂けても言えなかった。
「じつは、ミミちゃんのことは僕も心配していたんだ」
不意に、三宅が顔を曇らせた。
「ミミになにかあったんですか?」
朝陽の胸に不安が広がった。
「いや、なにかあったというほどじゃないんだけど、実は昨日......やっぱりやめておくよ」
三宅が急に口を噤(つぐ)んだ。
「教えてください! ミミのことが心配なんですっ」
「気持ちはわかるけど、友人の君にも知られたくないことだから連絡してないんだろうしさ」
「お願いします! このままだと、ミミの親が警察に捜索願いを出してしまいます」
朝陽は頭を下げた。
「まるで、警察に捜索願いを出されたら困るみたいな言いかただね。親だったら、誰だって心配して警察に頼るのが普通だよ」
三宅が怪訝な顔で言った。
「もしかしたら、ミミになにか事情があって家を出たのかもしれませんし......三宅さんに会えば、なにか知っているんじゃないかと思ったんです。お願いしますっ」
ふたたび朝陽は、頭を下げた。
「困ったな......ミミちゃんにも彼にも恨まれたくないしな」
三宅が困惑の表情で独(ひと)り言(ご)ちた。
「彼?」
朝陽が繰り返すと、三宅が掌で口を押さえた。
「彼って誰ですか!? ミミは男の人と一緒なんですか?」
朝陽は矢継ぎ早に訊ねた。
「じゃあ、特別に教えるけど、君にも一つ約束してほしいことがあるんだ」
三宅が半分ほどになったミルク色のコーヒーに、スティックシュガーを五本入れた。
見ているだけで、胸焼けしそうだった。
「約束って......」
「ミミちゃんが男の人といることを、誰にも言わないことさ」
朝陽を遮り、三宅が言った。
「やっぱり、ミミは男の人といるんですね?」
訊ねる朝陽に、三宅が二重顎を引いた。
「ミミのお父さんとお母さんにもですか?」
ふたたび、三宅が二重顎を引いた。
楓と一緒にいる男性に、なにか事情があるのだろうか。
尤(もつと)も、楓の両親に本当のことなど言えなかった。
とくに厳格な父親は、楓が男性といると知ったら大激怒するに違いない。
楓の居場所を突き止めて、朝陽が連れ戻すしかなかった。
「わかりました。約束を守りますから、ミミが誰といるのかを教えてください」
「昨日、ミミちゃんと恵(え)比(び)寿(す)でご飯を食べる約束だったからレストランの前で待っていたんだけど、待ち合わせの時間を過ぎてもこなかったんだよね。十五分くらい待ってたんだけど、ミミちゃんは現れなかった。メッセージを送ったけど返信がなくてさ。アプリのメッセージでやり取りをしていたから、LINEも電話番号も知らないから連絡が取れないし、マッチングアプリはバックレがよくあるから、やられたな、と思って帰ろうとしたんだよ。そしたら、飲み友達から連絡が入ってね。ミミちゃんって女の子と待ち合わせしてたよね? って。その飲み友達は秀(ひで)っていうんだけど、僕と一緒に『トキメキ倶楽部』に登録しててさ。いま、ミミちゃんと一緒にいるから合流する? って」
「どういうことですか? ミミは三宅さんと食事の約束をしてたんですよね?」
話の筋がわからず、朝陽は確認した。
「うん。つまり、ミミちゃんは僕と秀とダブルブッキングしていて、秀との約束を優先したってわけ」
三宅がため息を吐き、肩を竦(すく)めた。
「ミミは、約束を破るような子じゃありません」
朝陽はきっぱりと言った。
交友関係に派手なところはあったが、楓は朝陽との約束をすっぽかすどころか遅刻したこともなかった。
「だと思うよ。僕と秀との約束が被っていることは、ギリギリまで忘れていたんじゃないかな? で、途中で気づいて慌てたけど、結果的に秀を優先したってわけさ。秀は食事でも三万出すと言って、僕とは二万だったから金額で決めたのさ。同じ食事なら、二万より三万を貰えたほうがいいでしょ?」
三宅の言葉に納得した。
気乗りしない中年男と食事をするのだから、楓が手当の高いほうを選ぶのは理解できた。
楓には、打算的なところがあった。
「それでミミはいま、秀さんという人と一緒にいるんですか?」
「じゃないかな。秀は西(にし)麻(あざ)布(ぶ)で会員制のラウンジをやってて、ミミちゃんはそこでバイトをはじめるって聞いたよ」
「ラウンジ?」
朝陽は首を傾げた。
「ラウンジを知らないんだ? 若葉ちゃんはうぶだねぇ!」
三宅の瞳が輝き、急にテンションが上がった。
三宅の気持ち悪さにも慣れ、鳥肌も立たなくなった。
「ラウンジっていうのはさ、芸能人やスポーツ選手やIT会社の社長とか、金と立場のある人達が飲むところだよ。ミミちゃんは、そこでキャストをするみたいよ。時給も稼げるし金持ちのパパを捕まえることもできるし、ミミちゃんにとっては一石二鳥......」
「そのお店を、教えてください」
朝陽は三宅の言葉を遮り言った。
楓は未成年だ。
お酒のある場所で働かせるわけにはいかない。
彼女の両親にバレる前に、なんとしてでも連れ戻さなければならない。
「じゃあ、いまから連れて行ってあげようか?」
「いいんですか!?」
予想外の言葉に、朝陽は思わず声を弾ませた。
正直、一人では不安だった。
秀という男性の友人の三宅が一緒に行ってくれるのは、楓にとって心強かった。
「イャア~」
三宅が親指を立て、舌を出しながらヒップホッパーを気取った。
瞬間、朝陽は後悔したが、すぐに思い直した。
いま一番優先すべきなのは楓に道を踏み外させないこと......速やかに家に連れ戻すことだった。
「ありがとうございます」
朝陽は三宅の気持ち悪さから意識を逸(そ)らして頭を下げた。
Synopsisあらすじ
4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。
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