#刑事の娘はなにしてる?第26回


     13

「ここでいい」
 神谷が言うと、三田村がクラウンを路肩に停めた。
「ポールに伝言残してこなくてよかったんですか?」
 ドライバーズシートの三田村が訊ねてきた。
「もう、ポールなんて呼ぶな。奴は佐藤大作だ」

 いま家にいるから

 パッセンジャーシートの神谷は、朝陽からのLINEの文面を視線で追いながら吐き捨てた。
「ポー......いや、佐藤はどうしますか?」
 三田村が質問を重ねた。
「早朝から乗り込む」
 神谷は当然のように言った。
「佐藤社長は早朝からきますかね?」
「こないだろう」
「だったら......」
「周辺の海に糸を垂らしたら、面白い魚が釣れるかもしれない。明日、八時にきてくれ」
 神谷は一方的に言い残し、クラウンを降りて自宅玄関に向かった。

     ☆

 朝陽の部屋のドアを、神谷は躊躇(ためら)わずに開けた。
「もう、ノックしてって言ってるでしょ」 
 デスクチェアに座った朝陽が、背を向けたまま不機嫌な声で言った。
 デスクには、参考書と教科書が開かれていた。
「勉強か?」
 神谷は朝陽の背中に声をかけた。
「遊んでいるように見える?」
 朝陽の素っ気ない声が返ってきた。
「夜遅く帰ってきて、朝早く出て行く。いったい、なにをやってるんだ? 誰といた?」
 神谷は本題を切り出した。
「一人」
「一人!? そんなわけねえだろ!」
 神谷は大声で言った。
「一人だから、しようがないじゃない」
 相変わらず、背を向けたまま朝陽は言った。
「正直に言え!」
 神谷はデスクチェアを回転させ、朝陽と向き合った。
「正直って、私が誰といたって言うのよっ」
 朝陽も強い口調で返してきた。
「わからないから、訊いてるんだろうが! 誰といた!? まさか、男じゃないだろうな!? 男か!? どこのどいつだ!? いますぐにここに連れてこいっ。顔が変形するくらいにぶん殴ってやる! 同級生か!? それとも他高か!?」
 神谷は朝陽の両肩を掴んだ腕を前後に揺すりながら問い詰めた。
「もう、やめて! 友達が学校にきてないから、ほかの友達と心当たりを探していたのよ!」
 朝陽が神谷の腕を振り払った。
「友達って、誰だ!?」
「パパには関係ないでしょ! とにかく、男の子といたわけじゃないんだから! 勉強があるから、もう出て行って!」
「まだ、話は終わってない! 相手が女の子だろうとも、最近、物騒な事件が多いから遅くまでフラフラしてちゃだめだ!」
 不意に神谷の脳裏に、捜査一課に届いた切り取られた乳房が蘇った。
「わかったから、早く出て行って!」
 朝陽がデスクチェアから立ち上がり、神谷を部屋から押し出しドアを閉めた。
「おいっ、朝陽! 開けなさ......」
 神谷の声を、スマートフォンのコール音が遮った。
 舌打ちをしながら、神谷は上着のポケットからスマートフォンを引き抜いた。
 ディスプレイに表示される三田村の名前に、神谷はふたたび舌打ちした。
「こんなときに、なんだ!?」
 通話ボタンを押すなり、神谷は不機嫌な声を送話口に送り込んだ。
『神谷さん、いま、ご自宅ですよね?』
「ああ、そうだ」
 神谷は素っ気なく言った。
『ご自宅の前に車を停めてますから、出てきて貰っていいですか?』
「はぁ!? なんでだよ!? 娘と大事な話があるっつうのに!」
『すみません。佐藤大作について、情報提供者が現れまして』
「情報提供者!? 誰だ!?」
 神谷はスマートフォンを持つ手を替えて、三田村を問い詰めた。
『現時点では、「トキメキ倶楽部」の男性スタッフだということしかわかりません。内部告発なので、情報提供者も慎重になっているみたいですね。情報源を明かさないと約束するなら、いまから会ってもいいと言ってます。どうしますか? もしあれなら、僕だけで会ってきますか?』
 三田村が遠慮がちに訊ねてきた。
「馬鹿野郎! 俺も行くに決まってるじゃねえか! お前みてえな、ちん毛も生え揃ってない半人前に任せられるか!? 待ってろ!」
 神谷は一方的に怒鳴りつけると、玄関にダッシュした。

     ☆

「言っておきますけど、生えてますからね」
 ドライバーズシートの三田村が、根に持った口調で言った。
 クラウンは池尻大橋を走っていた。
「くだらねえことはどうでもいいから、まだ着かねえのか!?」
 パッセンジャーシートで佐藤大作のインスタグラムを見ながら、神谷はいら立った口調で訊ねた。
「くだらねえって......人にさんざん暴言を吐いておいて勝手な人ですね。あと一、二分ですから」
 三田村が呆れた口調で言った。
「それにしても、こいつは救いようのねえナルシスト男だな」
 神谷は佐藤のインスタグラムの投稿に視線を巡らせ吐き捨てた。
 ホテルの夜景を見下ろすスカイラウンジでマティーニのグラスを片手にポーズを決める佐藤大作、クルーザーのデッキチェアに海パン姿で座り葉巻を咥(くわ)える佐藤大作、フェラーリに寄りかかりウインクする佐藤大作......どの投稿も見栄と虚勢に塗(まみ)れたものだった。
「到着しました」
 クラウンは、瀟(しよう)洒(しや)なビルの前に停められていた。
「情報提供者は、このビルの地下のバーにいますから。行きましょう」
 三田村は言うと、ドライバーズシートのドアを開けた。
 神谷もほとんど同時に、パッセンジャーシートから飛び下りた。
 ビルの地下へと続く階段を下りると、「バロック」という電飾看板が現れた。
「いらっしゃいませ」
 店内に入ると、グレイのボブヘアの女性スタッフが笑顔で出迎えた。
「野沢さんという方の予約は入ってませんか?」
 三田村が訊ねた。
「お見えになって個室でお待ちになっています。こちらへどうぞ」
 女性スタッフが、細長いフロアを奥へと進んだ。
 三田村、神谷の順で女性スタッフのあとに続いた。
「お連れ様がお見えになりました」
 女性スタッフが声をかけながら引き戸を引いた。
「えっ......」
 四畳半ほどの個室のテーブルに座る男性を見て、女性スタッフが驚きの声を漏らした。
「マジか......」
 三田村も眼を見開き、まじまじと男性を見ていた。
 無理もない。
 情報提供者の男性......恐らく野沢だろう男性は、Tシャツにデニムという格好で赤いラメの生地のプロレスの覆面を被(かぶ)っていた。
「とりあえず、ウーロン茶を二つお願いします」
 神谷は女性スタッフを追い払うように注文すると、覆面男の前に座った。
「あの、お電話を頂いた野沢さんですよね?」
 三田村が神谷の隣に座りながら、覆面男に訊ねた。
「はい。野沢です。偽名ですが、刑事さんにお電話した者です。このことが社長にバレたら、僕は間違いなく解雇されます。解雇ならまだましですが、身の危険もあります。だから、失礼ながら素顔をお見せするわけにはいきません。それで無理なら、この話は忘れてください」
 覆面男......野沢が怯えた様子で言った。
 覆面から覗く眼の感じと声から、野沢が二十代だろうということはわかった。
 が、いまは野沢の素性はどうでもよかった。
 野沢の提供する情報が、ガセかどうかを判断するために訊き出すのが先決だ。
「そのままで大丈夫です。早速ですが、提供したい情報というのを教えて頂けますか?」
 神谷は単刀直入に言った。
 野沢が単なる冷やかしなら、すぐに帰って朝陽と話の続きをしたかった。
「ポール社長は、『トキメキ倶楽部』を利用して個人の欲求を満たしています」
 震える声で、野沢が切り出した。
「個人の欲求を満たす? どういう意味ですか?」
 すかさず、神谷は訊ねた。
「ポール社長は俗に言うロリコンなんです。それも、未成年なら誰でもいいというわけではなく、学生じゃないと無理なんです。ポール社長はいつも女性会員のリストを調べて、未成年の子を探してます」
 野沢の眼には、軽蔑の色が浮かんでいた。
「探してどうするんですか?」
 神谷は質問を重ねた。
「男性会員に成り済まして接触するんです」
「男性会員に成り済ますなんて、そんなことができるんですか?」
 三田村が怪訝そうな顔で訊ねた。
「はい。ポール社長は偽名と偽のプロフィールを使い未成年女子を漁(あさ)ってます。今使っている名前とプロフィールです」
 野沢がスマートフォンを差し出してきた。

#刑事の娘はなにしてる?

イラスト/伊神裕貴

Synopsisあらすじ

4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。

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