#刑事の娘はなにしてる?第4回

     2

「あ~、早く来週にならないかな。テストが終わったら、『スイーツギャング』に行こうよ。一杯頑張った自分へのご褒美に、ケーキを食べまくろうっと」
 渋谷の「スターバックス」で日本史Bの試験勉強をしながら、朝陽は楓(かえで)に言った。
「うん......」
「やっぱり、モチベーションを高めないとね。マリトッツォもいいし、カヌレもいいし......ねえ、楓はなにがいい?」
 朝陽は教科書にマーカーを引きながら、楓に訊ねた。
「うん......」
「どうしたの? さっきからうんばっかり......」
 教科書から顔を上げた朝陽の視線の先――楓がスマートフォンを操作しながらニヤついていた。
「ねえ、なに見てるの?」
 朝陽が訊ねると、悪戯(いたずら)っぽい顔で楓がスマートフォンを差し出してきた。
「なに?」
 朝陽は楓のスマートフォンに視線を落とした。
 黒髪のショートヘア、切れ長の眼......ディスプレイに表示されている写真は、加工されて雰囲気は違うがマスクをつけている楓だった。
 写真の右下には、「ラブ&ピース」と文字が入っていた。
「どう? 盛れてるでしょ?」
 楓が身を乗り出した。
「なにこれ?」
 朝陽の質問に答えず、楓が画像をスクロールした。

 ミミ
 18歳 東京都世田谷区

 自己紹介
 
 医療関係の専門学生です。
 素敵な方と出会うために登録しました。
 私はファザコンで同年代や若い方は苦手なので、年上の方との出会いを希望します。
 お茶やお食事をしながら、私の知らない世界についていろいろ教えてください。

 詳細情報
 
 外見
 身長165センチ
 スタイル スレンダー
 
 職種 学歴
 専門学生

 性格 その他
 性格 明るい
 お酒 飲まない
 暇な時間 平日の夕方
 同居人 家族
 
 希望する男性のタイプ

 年齢 30代~50代

「ちょっと......なによこれ!? 楓、まさか出会い系アプリに登録したの!?」
 朝陽は弾(はじ)かれたように、スマートフォンから顔を上げた。
「うん」
 楓が無邪気な笑みを浮かべ頷いた。
「うんじゃないわよ! こんなの親や学校にバレたらどうするつもり!?」
「大丈夫だって。加工してるしマスクもつけてるし、名前も年も全部でたらめだから。男性会員は登録するのに身分証とかが必要だけど、女性会員は必要ないの」
 楓が悪びれたふうもなく言った。
「そういう問題じゃないでしょう!? これは援助......」
 楓が朝陽の唇を人差し指で押さえた。
「朝陽の大声のほうが、バレちゃうよ」
 楓が声を潜めた。
「楓、援助交際なんて......いったい、どういうつもり?」
 朝陽は声のボリュームを下げて楓を問い詰めた。
「そんなことするわけないし、するつもりなら刑事の娘にこんなもの見せないって」
 楓が笑いながら言った。
「じゃあ、どうしてこんなアプリに登録したのよ? それに、希望するタイプの三十代から五十代ってなんなの? 援助交際じゃないなら、自分のパパと同じくらいの男の人と二人きりで会う目的はなによ?」
 朝陽は楓に顔を近づけ、矢継ぎ早に質問を浴びせた。
「待って待って。もう、刑事みたいに問い詰めないでよ。最近、朝陽パパに似てきたんじゃないの?」
 楓がうんざりした顔で言った。
「親友が援助交際しようとしてるんだから、問い詰めるのはあたりまえでしょ」
「だから、援助交際じゃないって。ほら、私と男性会員のメッセージのやり取り見たらわかるから」
 薄い頭頂、八の字眉、生白い下膨れ顔、毛穴の開いた団子鼻――楓が中年男性のプロフィール画像を朝陽に見せた。
「こいつアッくんっておっさんだけどさ......っていうか、五十過ぎのおっさんがアッくんなんてニックネームをつけるのキモくない?」
 楓が顔を顰(しか)めながら、メールのアイコンをタップした。
「超キモいから読んで」
 
 はじめまして! 都内で不動産会社を経営しているアッくんです。
 ミミちゃんが、あまりにもかわい過ぎてメッセージしました。
 まだ10代なのに、こんなアプリに登録して大丈夫ですか?
 まあ、僕には好都合ですけどね。
 ホテル代別、ゴム有で大人三万でどうですか?
 電マ、お掃除フェラはOKですか?
 あと、アナルOKなら別途5000円払います。
 ご連絡お待ちしています。

 アッくんさん、すみません。
 大人はやっていません。
 
 ご連絡ありがとうございます。
 わかりました。
 アナルは諦(あきら)めます。
 ノーマルの大人で大丈夫です。
 いつお会いしますか?

 大人はやっていません。
 連絡は最後にしてください。

「大人ってなに?」
 メッセージを読み終わった朝陽は、嫌悪に歪んだ顔を楓に向けた。
「大人も知らないの? エッチのことだよ。それより、私が援交してないってこれでわかった?」
「じゃあ、なんのためにこんなアプリに登録してるの? みんな、楓とその......大人とかいうの目的で連絡してくるんでしょう?」
「八割はね。あとの二割の中で、私が今度会う約束している人」
 言いながら、楓が別の男性とのメッセージをディスプレイに表示した。
「あとの二割って?」
「とりあえず読んで」
 楓に促され、朝陽はメッセージの文字を視線で追った。

 三宅さん、ご連絡ありがとうございます。
 最初に言っておきますけど、私は大人はしません。
 お茶1 食事2 で楽しく過ごせる方を探してます。
 それでもよければ、お会いできるスケジュールをください。

 返信ありがとうございます!
 はい。お茶やお食事だけで十分です。
 私の職場は老人ばかりなので、若い女性との出会いは皆無です。
 ミミさんみたいな美少女とお食事できるだけで大満足です。
 是非、顔合わせお願いします。

「お金はあるけど若い子との出会いがない。お茶やご飯に一、二時間つき合うだけでお金をくれる人。そういう人達をお茶パパ、飯パパと呼ぶの。都合のいい男でしょ?」
 楓がケタケタと笑った。
「だめ! そんな人に、絶対に会っちゃだめ!」
 朝陽は思わず大声を出していた。
「なんでよ? ご飯をつき合うだけで二万も貰えるんだよ? こんな割のいいバイトないから」
 楓があっけらかんと言った。
「楓、正気なの? メッセージではそう書いてても、会ったら怖い人かもしれないでしょ?」
「大丈夫、大丈夫。ほら、こいつだから」
 楓がスマートフォンを朝陽の顔前に突きつけた。
 ディスプレイには、ザンギリ頭に白縁眼鏡の男性のプロフィール写真が表示されていた。
「この人が三宅さんって人?」
 朝陽は訊ねた。
「そう。金持ちの馬鹿息子みたいに若く見えるけど、四十五のおっさんだから。女にモテそうもない顔してるよね。だから、現役の美少女JKの私が人助けだと思ってご飯につき合ってあげるのよ。こんな素晴らしいボランティアに、なんで反対するの?」
 楓が腹を抱えて笑った。
「なにかあったら、楓パパにも迷惑がかかるんだよ? 楓パパはテレビに出てる有名人だから......」
「心配ないって。これで最後にするから」
 楓が朝陽を遮り言った。
「だったら、いますぐにやめなよ。お小遣いがほしいなら、お金持ちなんだから楓パパに貰えばいいじゃない」
「やだよ。お小遣いあげる代わりに門限は七時にすること、お小遣いあげる代わりに次のテストで学年五十位以内に入ること......パパは必ず条件をつけるから絶対にやだ。テレビのイメージと違って、家では面白いことなんて一つも言わない堅物なんだから」
 楓がため息を吐いた。
 楓の父親は有名な芸人で、テレビで観ない日はないくらいの売れっ子だ。
 十年前に老人にたいする毒舌ネタでブレイクした。
 ネタにするターゲットは、老害と呼ばれる政治家、スポーツ界の大物OB、芸能界の大御所などが多かった。
「だからって、こんなことしちゃだめ......」
「ごめん! もう行かなきゃ」
 突然、楓が席を立った。
「どこに行くの?」
「三宅さんとご飯!」
 言いながら、楓がダッシュした。
「あっ......楓! 待って!」
 朝陽の声を無視して、楓が店を飛び出した。
「もう、楓ったら......」
 朝陽は胸奥で蠢(うごめ)く不安から意識を逸らし、教科書に視線を落とした。
 

#刑事の娘はなにしてる?

イラスト/伊神裕貴

Synopsisあらすじ

4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。

Newest issue最新話

Backnumberバックナンバー