#刑事の娘はなにしてる?第7回


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 試験勉強の休憩に、ベッドに仰向けになった朝陽は室内に視線を巡らせた。
 若草色のカーテン、若草色のベッドシーツ、若草色のクッション......子供の頃から、朝陽は若草色が大好きだった。
 厳密に言えば、母が好きな色だった。
 最初の頃は、若草色が嫌でたまらなかった。
 小学生時代に母が生きていた頃に、若草色のスカートやワンピースばかりを買ってきたことが影響していた。
 ランドセルも、ほかの女子は赤やピンクが多い中、朝陽は若草色だった。
 
 ――ねえ、ママはどうして緑ばかり買ってくるの?

 あるとき、朝陽は訊ねた。

 ――緑じゃなくて若草色ね。あなたの名前ね、春に芽吹く若葉みたい、明るく元気にすくすくと育ってほしいって願いを込めて若葉にしようと思ったの。だけど、朝陽のほうがもっと明るく幸せな人生を歩めそうだからって、パパに押し切られちゃったの。だから、お洋服とか持ち物は若草色にしようと思ってさ。

 ――ママがそうしたいだけじゃない。
 
 朝陽は唇を尖らせた。

 ――バレた? でもね、若草色って見ているだけで幸せな気分にならない?

 屈託のない母の笑顔が、脳裏に蘇った。
 朝陽が小学校四年生の頃、母はスキルス性の胃癌で亡くなった。
 発見から一ヵ月という短い期間で母は逝ってしまった。
 早く元気になって貰おうと、朝陽は毎回、若草色のワンピースやスカートを身につけて母の見舞いに行った。
 朝陽の願いは通じず、母の退院は叶(かな)わなかった。
 朝陽は自分の力が足りずに母の病気が治らないのではないかと落ち込んでいたが、ある一言で救われた。

 ――朝陽がいつもママを幸せな気分にしてくれるから、病気が怖くなくなったわ。ありがとうね。これで、笑顔で天国に行けるわ。

 それから三日後に、母は息を引き取った。
 朝陽は記憶の扉を閉め、スマートフォンを手に取った。
 
 (ご飯はどうだった?)
 (連絡待ってるね)
 (おーい)
 (まだ寝てないよね?)

 朝陽はスマートフォンのディスプレイに向かってため息を吐いた。
 五分前に送った最後のメッセージの時間は23:25。
 楓に送った四件のトークには、既読がついていなかった。
 最初に送ったLINEが午後七時二十五分なので、もう四時間前だ。
 楓はレスポンスが早いタイプで、起きていれば三十分以内で返してくる。
 いまは寝ているとしても、最初にLINEを送ったときは起きていたはずなので既読もついていないのは心配だ。
「もう、なにしてるのよ。早く連絡......」
 朝陽がスマートフォンを置こうとしたとき、ディスプレイに楓ママの名前で着信が入った。
「おばさん、こんばんは」
 朝陽は弾(はじ)かれたように起き上がった。
『遅くにごめんね。もしかして、朝陽ちゃんの家に楓がお邪魔してる?』
 楓ママの不安げな声が、朝陽の不安に拍車をかけた。
「いえ、お昼に一緒にいましたけど、一時間くらいで別れました。楓、家に帰ってないんですか?」
『そうなのよ。ウチは門限が八時と決まっていて、いままでこんなことは一度もなかったのに......。ねえ、楓が泊まりそうな友達に心当たりはないかしら?』
 楓ママが弱々しい声で訊ねてきた。
「じつは私も楓と連絡が取れていなくて、心当たりの友人に連絡したんですけどいませんでした」
『いったい、どうしたのかしら......。朝陽ちゃん、昼間会っていたときに楓に変わった様子はなかった?』
「変わった様子ですか?」
 朝陽は訊ね返しながら、目まぐるしく思考を回転させた。
 もしかしたら出会い系アプリでトラブルに巻き込まれた可能性もあるが、いまの段階では楓ママに言えなかった。
「楓は、いつもと変わらない感じでした」
 本当のことを楓ママに伝えられず、心が痛んだ。
『そう......。ごめんなさいね、試験も近いのに。なにかわかったら、連絡ちょうだいね』
 消沈した様子で、楓ママが電話を切った。
 朝陽は立ち上がり、檻(おり)の中の動物のように室内を歩き回った。
 楓が家に帰っていない。
 もしかして、援助交際......。
 危惧と懸念が、朝陽の不安を掻き立てた。
「楓はそんな子じゃないわ」
 慌てて、朝陽は疑念を打ち消した。
  
 ――お金はあるけど若い子との出会いがない。お茶やご飯に一、二時間つき合うだけでお金をくれる人。そういう人達をお茶パパ、飯パパと呼ぶの。都合のいい男でしょ?
 
 おかしそうに笑いながら説明する楓の言葉が脳裏に蘇り、ふたたび朝陽の胸に疑念が膨らんだ。
 アプリは「トキメキ倶楽部」、食事を約束した男性会員は三宅という名前だったはずだ。
 朝陽はデスクチェアに座り、出会い系、「トキメキ倶楽部」のワードで検索した。
 すぐにヒットした。
 朝陽は「トキメキ倶楽部」のアプリをダウンロードし、男性会員のプロフィールのページを開いた。
 三宅の名前を、検索エンジンに打ち込んだ。
 三件がヒットした。
 ざんぎり頭に白縁眼鏡のプロフィール写真を、朝陽はクリックした。
 
 三宅
 45歳 東京都渋谷区
 
 自己紹介
 
 企業のCEOだよ。
 正直、お金持ち(笑)
 10代の女の子を支援するために登録したから、お金ほしい子はメッセージよろしく!
 
 詳細情報
 
 外見
 身長170センチ
 スタイル ナイスバディ
 
 職種 学歴
 IT関連
 
 性格 その他
 性格 フランク
 お酒 シャンパン ワイン
 暇な時間 女性に合わせる
 同居人 一人暮らし
 
 希望する女性のタイプ
 年齢 10代~
 スタイル 10代なら気にしない。

#刑事の娘はなにしてる?

イラスト/伊神裕貴

Synopsisあらすじ

4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。

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