#刑事の娘はなにしてる?第18回
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コール音が五回、六回、七回と虚しく鳴り響いた。
刑事部捜査一課のフロアのデスクチェアに座った神谷は、右足で激しい貧乏ゆすりをしていた。
「なにやってるんだ! 早く出ろ!」
神谷はスマートホンを耳に当てたまま、いらだちに声を荒らげた。
コール音が十回を超えても、朝陽は出なかった。
「そんなに心配しないでも大丈夫ですよ」
隣のデスクでかつ丼をかき込みながら、三田村が呑(のん)気(き)な声で言った。
「馬鹿野郎! 昨日の夜に帰ってきてから顔も合わせてないし、LINEを十数本送っても返信がないんだよ!」
神谷はリダイヤルのアイコンをタップしながら、三田村に怒声を浴びせた。
「朝陽ちゃんはもう十七でしょう? そりゃあ、父親に連絡を取れない理由の一つや二つくらい......」
「俺に連絡を取れない理由ってなんだ!? おお! こら! ぶっ殺すぞ!」
神谷は椅子に座ったまま、かつ丼をかき込む三田村の胸倉を鬼の形相で掴んだ。
丼の中身が、三田村の膝の上に零(こぼ)れた。
「ちょっ......神谷さ......ん。苦しい......放して......くだ......さい......」
三田村の白い肌が、みるみる紅潮した。
「おい、神谷、やめろ」
細身の身体に纏(まと)った濃紺のスリーピース、整髪料で固めた一糸乱れぬ七三、ノーフレイムの眼鏡の奥の陰険そうな眼――捜査一課長の田所が、渋い顔で歩み寄ってきた。
神谷は舌を鳴らし、三田村の胸倉から手を離した。
四十七歳の神谷と、七つ年下の警視正は反りが合わなかった。
叩き上げの現場主義の神谷と典型的なキャリアエリートの田所は水と油だった。
「君は、どうしてすぐに手が出る? 暴力はだめだと、何度言ったらわかるんだ?」
田所が苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「部下の教育だよ」
神谷はデスクに両足を乗せ、吐き捨てた。
「もう、いい加減にしてくれ。これまで、君がホシを過剰に殴り過ぎたり容疑者に暴言を吐いたりしたことで、私がどれだけ尻拭いをしてきたと思っている?」
田所が、神谷にうんざりした顔を向けた。
「取調室で薄笑いを浮かべているレイプ殺人犯の前歯を折ったり、抵抗する強盗殺人犯の肋(ろつ)骨(こつ)を折るのは当然だと思うがな」
神谷が、田所を小馬鹿にしたように言った。
「神谷君! 君は、私の足をどれだけ引っ張れば気が済むんだ!」
田所が目尻を吊り上げ、ヒステリックな声で神谷に詰め寄ってきた。
「出世しか頭にない警視正様には、わからねえだろうな~」
神谷は鼻をほじりながら言った。
「か、神谷さん......いくらなんでも、課長にその態度はまずいっすよ」
三田村が、強張った顔で神谷を諫(いさ)めた。
「その通りだ! 誰が誰に物を言ってるんだ!?」
田所が血相を変えて詰め寄ってきた。
「俺が間違っていることを言ったか? 犯罪者を懲らしめる。刑事として当然のことをした俺が、課長の足を引っ張るっつうのはどういう意味だ? あ?」
神谷は態度を改めるどころか、田所を挑発した。
「君は、開き直るつもりか!?」
田所の血相が変わった。
「か、か、神谷さん......か、課長に、謝ってください」
三田村が慌てふためき、神谷を促してきた。
「は? どうして俺が謝らなきゃならないんだ? 逆に、警視総監賞でも貰いたいくらいだ」
神谷は嘯(うそぶ)いた。
「黙って言わせておけば......」
「課長!」
田所の言葉を、フロアに駆け込んできた警部補の宮根が遮った。
「どうした? そんなに慌てて?」
「捜査一課宛ての小包ですが......」
青褪めた宮根が、二十センチ四方の桐の箱を差し出してきた。
「小包がどうした......なんだ、これは!」
田所が、受け取った桐の箱を三田村のデスクに放り投げた。
「そんな大声出してびっくりするじゃ......うあっ!」
桐の箱を覗き込んだ三田村が、田所以上の大声を上げた。
Synopsisあらすじ
4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。
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