#刑事の娘はなにしてる?第29回

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 渋谷道玄坂交番の前――朝陽は、交差点を行き交うカップルや酔客を視線で追った。
 スマートフォンのデジタル時計はPM9:05......約束の時間を五分過ぎていた。
 三宅から電話の着信もメッセージも入っていなかった。
 もしかして、すっぽかす気か?
 朝陽の胸に、不安が過(よぎ)った。
 同時に、安(あん)堵(ど)している自分がいた。
 三宅にきてほしい気分ときてほしくない気分が、胸の中で綱引きしていた。
 楓を連れてくるという言葉と交番の前でもいいという言葉があったからこそ、三宅との待ち合わせに応じたのだ。
 
 ――朝陽ちゃん、楓から連絡ないかしら?

 いまから一時間前に、憔(しよう)悴(すい)した楓の母から電話がかかってきた。

 ――はい。
 ――連絡がなくなって、今日で三日目よ。学校にも出てないし......。いまから、捜索願いを出そうと思ってるの。
 ――そうですか......。

 警察の捜査が入れば、「トキメキ倶楽部」や三宅の存在が浮かび上がるだろう。
 三宅が警察の事情聴取に呼び出されれば、朝陽......若葉の名前を口に出すかもしれない。
 朝陽が恐れているのは、楓をきっかけに自分がレイプされた事実が刑事である父に知られてしまうことだ。
 だが、これ以上、楓の両親が警察に捜索願いを出すのを止める口実はなかった。
 それに、これから楓に会えるのだ。
 今夜、娘が自宅に戻れば捜索願いも取り下げられるだろう。
 スマートフォンが震えた。
 ディスプレイに表示される三宅の文字。
「もしもし?」
『こんばんは俺ミヤケ酒飲み過ぎてムネヤケ、でもヤケザケじゃない若葉ちゃんに会える嬉しさ超マックス平成ギャルはルーズソックス伝説のジョンコルトレーンはサックス数字の六は英語でシックス......』
「いまどこですか?」
 電話に出るなりいきなりラップを始める三宅を、朝陽は冷え冷えとした声で遮った。
『俺ら肌を重ねた仲なのに連れないな~』
「いま、どこですか?」
 恥辱と嫌悪に耐えながら、朝陽は冷静な声音で同じ質問を繰り返した。
『左見て』
 朝陽は首を左に巡らせた。
 十メートルほど先に停められた四駆のポルシェ――ドライバーズシートの窓から顔を出している白のフードを被った下膨れ顔の男、スマートフォンを耳に当てた三宅が朝陽に手を振っていた。
「早くミミを連れてきてください」
 朝陽は抑揚のない口調で言った。
 三宅には、一ミリたりとも愛想を使いたくなかった。
『そうしたいのヤマヤマ俺の元彼女マヤマヤだけどミミちゃんジジョーがあってここにいない因みに俺が好きなアニメはあしたのジョー......』
「約束が違うじゃないですか! どうしてかえ......ミミはこないんですか!?」
 我慢の限界――朝陽は大声で三宅を問い詰めた。
『そんなに大声を出したら鼓膜が破れちゃうじゃないか~。俺だって連れてきたかったけど、ミミちゃんが三十九度二分の高熱を出したから無理だったんだよ~。それとも、高熱を出してウンウン唸っているミミちゃんを無理やり連れてきたほうがよかったっつーの?』
 三宅が芝居がかった口調で言った。
 楓が発熱?
 俄(にわか)には、信じることができなかった。
「なんの熱ですか?」
『さあ、俺は医者じゃなくてヒップホッパーだからな、イェア~!』
「信じられません。ミミと電話で話をさせてください」
 楓が高熱を出しているというのは三宅の嘘に決まっているので、承諾できないはずだ。
『電話してもいいよ~』
 予想に反して、あっさりと三宅が受け入れた。
「じゃあ、ミミの携帯に......」
『あ、最初に言っておくけど、彼女の携帯は紛失したからいまは俺のを使ってるよ』
 三宅が朝陽を遮り言った。
「じゃあ、携帯番号を教えてください」
『それは無理だよ。俺のプライベートの番号だから』
 にべもなく、三宅が拒否した。
「そんな......だったらミミが高熱を出してるのが本当かどうかを、どうやってたしかめるんですか!?」
 やはり、高熱の話は嘘だ。
 三宅はなにかを企(たくら)んで......。
『俺が電話をかけて、ミミちゃんが出たら代わってあげるよ』
 朝陽の心で確信に変わりつつある疑念を、三宅の言葉が打ち消した。
『だから、俺がミミちゃんに電話をするからこっちにおいで』
 三宅が手招きしていた。
「三宅さんがこっちにきて、ミミに電話をかけてください」
 もう、騙(だま)されはしない。
 同じ手に、二度も乗る気はなかった。
『わかった。若葉ちゃんが俺をそんなに疑うなら、もう信用してくれとは言わない。じゃあ、これで......』
「ちょっと、待ってください! ミミが高熱を出しているのが本当かどうか......」
『だから、俺の嘘でいいよ。ミミちゃんが高熱を出したと嘘を吐いて若葉ちゃんをどこかに誘い出してまたおまんこする。そう企んでいる男でいいよ。だから、もう、これっきりにしよう』
 三宅がそれまでとは打って変わって、冷めた口調で言った。
「ま、待ってください!」
『なになに? 俺のこと信用できないから、交番の前から離れたくないんだろう? だから、もういいって言ったんだ。そこまでして、若葉ちゃんに協力する必要もないしね』
 三宅が不(ふ)貞(て)腐(くさ)れたように言った。
 本心なのか? 芝居なのか?
 三宅の本心が読めなかった。
『どうする? 俺を信じてこっちにくるならミミちゃんに電話するし、疑ってこないなら帰るから。早く決めて。俺も暇じゃないから』
 三宅が二者択一の決断を迫ってきた。
 三宅は信用できない。
 だが、朝陽が三宅のもとに行かなければ本当に帰ってしまう。
 そうなれば、楓を家に連れて帰ることができない。
 だからといって、三宅の話を鵜(う)呑(の)みにすることは......。
『くるの? こないの? あと十秒で決めて。十、九、八、七......』
 三宅が淡々とした口調でカウントを始めた。
 どうする? どうする? どうする!?
 焦燥感が朝陽の背筋を這い上がった。
『六、五、四......』
 三宅のカウントは続いた。
 高熱の話が嘘だとしても、楓が三宅に囚われている可能性は高い。
 ここで三宅が帰れば、楓を救い出すことができなくなる。
 交番から離れても、三宅の車に乗らなければいい話だ。
 公衆の面前で朝陽を誘拐することはできないだろう。
 朝陽は自らに言い聞かせた。
『三、二......』
 朝陽は、意を決して歩を踏み出した。
『イェア~!』
 ドライバーズシートの窓から顔を出した三宅が、中指を立てて舌を出した。

#刑事の娘はなにしてる?

イラスト/伊神裕貴

Synopsisあらすじ

4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。

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