#刑事の娘はなにしてる?第28回
「粗大ごみ連続殺人事件」の被害者四人に共通していたのは、各メディアで老害を社会悪として糾弾していたことだ。
神谷の脳内で、バラバラだったパズルのピースが嵌(はま)ってゆく......。
「え?」
三田村が怪訝な顔を向けた。
「いや、なんでもない。野沢さん、石井さんが亡くなったことはご存知でしたよね?」
神谷は三田村を受け流し、野沢に再度確認した。
「はい、ニュースで大々的に報じてましたから」
野沢が即答した。
「ということは、佐藤社長も石井さんが殺害されたことは知ってましたよね?」
神谷は畳みかけた。
「もちろんです。僕がニュースサイトを見せましたから。オーマイガーッド! を連発してました」
神谷と三田村は顔を見合わせた。
佐藤は石井と交友関係があったことだけではなく、殺害されたことも知らないと嘘を吐いていた。
この事実はいったい、なにを意味するのか?
一つだけ言えることは、佐藤大作が石井に関して明かせない秘密を持っているということだ。
「ほかに、佐藤社長はなにか言ってましたか?」
神谷が訊ねると、野沢が腕を組み考え込む仕草をした。
ノックに続いて女性スタッフが、新しい生ビールのグラスを野沢の前に置いた。
「特別には、なにも言ってませんでした。というより、石井さんの名前を出すと露骨に不機嫌になり、スタッフも事件についてなにも言えなくなりました」
女性スタッフが退室すると、野沢が口を開いた。
「そうですか......」
今度は神谷が腕組みをし、眼を閉じた。
佐藤が明かせない秘密とは?
石井の死と関係のあることなのか?
石井が殺害される心当たり......つまり、犯人の心当たりがあるのか?
それとも、佐藤自身、なんらかの形で事件に関わっているのか?
「一つ訊きたいことがあるのですが?」
神谷は眼を開け、野沢を見据えた。
「野沢さんは今回の石井さんが殺害された事件に、佐藤社長がなんらかの形で関係していると思ってますか?」
神谷は直球を投げ、野沢の様子を窺った。
覆面をしているので表情の変化はわかりづらかったが、黒目が泳いでいた。
「それは、どういう意味ですか?」
「佐藤社長は我々に石井さんが殺害されたことも知らないと言っていましたし、それどころか石井さんと面識もないと言っていました。佐藤社長は、なぜこんな嘘を吐いたんですかね?」
「そう言われれば、たしかにそうですよね。どうして、ポール社長はそんな嘘を吐いたんだろう」
野沢が首を捻(ひね)った。
野沢が惚(とぼ)けているようには見えなかった。
そもそも、身の危険を顧みずに内部告発を決意した野沢が佐藤を庇(かば)うはずがない。
「わかりました。今日は、いろいろ参考になりました。明日、我々は佐藤社長に会いに行きます。何時頃、出社するかわかりますか?」
「ポール社長は、なにも用事がなければ十一時頃に出社します。あの、今日のことは......」
「スタッフと会ったことは言いません。その点は、ご安心ください。あなたの顔はわかりませんが、明日、我々が伺っても知らないふうを装ってください。あと、できる範囲で構いませんから、佐藤社長についてなにか新しいことがわかれば連絡ください。野沢さんには絶対にご迷惑をかけませんから」
神谷は、佐藤に内部告発がバレてしまうかもしれないと危惧する野沢を安心させるように言った。
「わかりました。僕もポール社長のやっていることは許せませんから、できるかぎりの協力をさせて頂きます」
野沢が神谷の瞳を直視し、力強い口調で約束した。
「ありがとうございます。なにかあれば、こちらからお電話させて頂きたいのですが大丈夫ですか?」
神谷が訊ねると、野沢が頷いた。
「では、我々はこれで失礼します」
神谷は伝票を手に取り席を立つと、三田村を促し個室を出た。
☆
「それにしても、驚きましたね」
クラウンのドライバーズシートに乗り込んだ三田村が、パッセンジャーシートの神谷に言った。
「最初から胡(う)散(さん)臭(くさ)い野郎だと思ったが、増々怪しくなったな」
神谷は買い置きしていたスティックキャンディをダッシュボードから取り出し、口に入れるなり噛み砕いた。
立て続けに三本のスティックキャンディを噛み砕いた。
脳みそが糖分を必要としていた。
「佐藤社長の祖父が三友商事の会長ということもですけど、石井さんと飲みに行く仲だったということも驚きでした。渡辺会長を番組で批判したことで佐藤社長と石井さんが大喧嘩したと言ってましたが、事件に関係あるんですかね?」
三田村が好奇の色を浮かべた眼で神谷を見た。
「関係あるかないかで言えば、間違いなくあるだろう。ただ、直接的に関係あるのか間接的なのか......それが問題だな」
「どういう意味ですか?」
三田村が身を乗り出した。
「どうしてあんなことを言ったんだ、ウチの祖父がカンカンに怒って大変なんだぞ......みたいなことを佐藤社長は石井さんに電話で言ってたそうじゃないか? つまり、佐藤は石井さんの老害批判の件で渡辺会長にメチャメチャに怒られた。だから石井さんを恨んだのか? それとも祖父の怒りを静めるために動いたのか?」
神谷は頭の中でパズルのピースを嵌めたり外したりしながら、言葉を並べた。
「まさか神谷さんは、佐藤社長が犯人だと思っているんですか!?」
三田村が大声を張り上げた。
「うるせえな。いきなりでけえ声を出すんじゃねえよ。クロとまでは言ってねえが、シロでもねえ。佐藤が石井さん殺害事件に関係してるのは間違いねえな。こうなったら、あのとっちゃん坊やを徹底的に洗うぞ。とっちゃん坊やだけじゃなく、親父とジジイも洗いまくれ!」
神谷は三田村に命じた。
佐藤だけでなく、渡辺父子も事件に関係しているに違いない。
「親父とジジイって、三友商事の社長と会長のことですか?」
三田村が確認してきた。
「ああ、そうだ。親子なのに苗字も違う。そのへんの事情も含めて、佐藤大作と周辺の関係者を丸裸にしろ!」
「わかりました! 明日は何時に迎えにきますか?」
「明日はこなくていい。とっちゃん坊やのところには俺一人で行く」
「どうしてですか!? 僕も......」
神谷は三田村の七三分けの頭を平手ではたいた。
「髪が乱れるから......」
「馬鹿野郎! 言っただろう! お前は佐藤について徹底的に洗え!」
神谷は三田村を怒鳴りつけた。
「口で言ってくれればわかりますよ。暴力刑事」
三田村が不満を呟いた。
「は? なんか言ったか?」
「いえ! なにも! 車、ご自宅でいいですか?」
「こんな時間から、自宅以外のどこに行くんだよ!」
神谷が吐き捨てると、三田村がため息を吐きながらイグニッションキーを回した。
Synopsisあらすじ
4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。
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