#刑事の娘はなにしてる?第10回

「神谷さん、丼(どんぶり)、そば、うどん、どれがいいっすか?」
 偶然にしては、被害者四人が老害をテーマにしているのは不自然だ。
 だが、老害非難と連続殺人事件がどうしても結びつかない。
 老害を非難した四人、唇を削ぎ落とされた死体、十指を切り落とされた死体......。
 これらが意味するものはなにか?
「神谷さん、丼とそばとうどん......」
「うるせえっ! 気が散るだろうが!」
 神谷は、三田村の頭を平手ではたいた。
「また叩く! 髪型が崩れるからやめてくださいって、言ってるじゃないですか! 適当に頼んじゃいますから、文句を言わないでくださいよ!」
 三田村が髪型を整えながら自分のデスクに戻った。
 唇を削ぎ落とされたのが、ワイドショーのコメンテーターの清瀬歩と情報番組MCの石井信助で、十指を切り落とされたのがライターの沢木徹とカリスマインスタグラマーの中城敦也だ。
 二人は唇、二人は十指......。
 なにかの警告か?
 単なる偶然か?
 いくら考えても、答えはみつからなかった。
 わかっているのは、死体の額に粗大ごみのシールを貼るなど、犯人が警察をおちょくっていることだった。
「くそっ!」
 神谷はデスクに掌を叩きつけた。
 署員達は気にするふうもなく、各々の作業に没頭していた。
 神谷がいら立ったときに、デスクを殴ったり壁を蹴ったりするのはいつものことだ。
 なので神谷のデスクは凸(でこ)凹(ぼこ)になっており、捜査一課のフロアの壁はそこここに靴跡がついている。
「また、神谷遺跡が増えたな。粗大ごみ事件にイラついてるのか?」
 呆れたように言いながら、小太りの男......鑑識課の宝田が神谷の隣のデスクに座った。
「捜一に油を売りにきて、鑑識は指紋と足跡を取る以外仕事がないのか?」
 神谷は中城敦也のインスタグラムのキャプションを視線で追いながら、皮肉を返した。
「嫌味を言うな。忙しいのは一課ばかりじゃないんだぞ。中城敦也の検死解剖の結果が出た」
 神谷はスマートフォンから宝田に視線を移した。
「ガイシャの体内から、過去三人と同じ硫酸タリウムが検出された」
「やっぱり、同一犯か......」
 神谷は呟いた。
「まあ、そう考えるのが妥当だな。今回はアルコールの成分も検出された」
 宝田が言った。
「アルコール?」
「ああ。酒の席で混入された可能性が高いな」
「中城さんは、ホシと飲んでたってことか?」
 神谷は間を置かず訊ねた。
「ホシと飲んでいたか、ホシが異物を混入できる場所で飲んでいたか......まあ、過去の三人も飲料に硫酸タリウムを混入された手口から考えると、ホシとガイシャが見ず知らずの人間以上の関係であるのはたしかだな」
 宝田が持参のタンブラーに口をつけた。
 妻が宝田の肥満気味の身体を気遣い、自家製の健康茶を持たせているという話を以前に聞いた覚えがあった。
「ホシが経営している飲食店に出入りしているとか、または勤務している飲食店......なんにしても、もっとガイシャの交友関係を洗う必要があるな。それにしても、ふざけた野郎どもだっ。ゲーム感覚で次々と殺しやがって!」
 神谷が右手をデスクに振り下ろそうとしたとき、宝田が目の前にエビデンス袋を突きつけてきた。
 エビデンス袋の中には、ピンクのシュシュと熊のキーホルダーが入っていた。
「現場に続くマンションのエントランスに落ちていた。女子中高生の間で、シュシュとキーホルダーを学生カバンにつけるのが流行(はや)っているそうだ」
 宝田が言った。
「シュシュってなんだ?」
 神谷は訊ねた。
「お前、高校生の娘がいながらシュシュも知らないのか? 髪を結ぶやつだよ」
 宝田が呆れたように言った。
「なんだ、輪ゴムのことか」
 神谷が吐き捨てた。
「輪ゴムじゃない、シュシュだ。お前の頭は、昭和で止まってるのか?」
 宝田がため息を吐(つ)いた。
「いい年したおっさんが、シュシュなんて知ってるほうが気持ち悪いだろ!」
「刑事はなにが捜査の手掛かりになるかわからねえから、視野を広げておけ......って、言ってたの誰でしたっけ?」
 悪戯(いたずら)っぽい表情で言いながら、三田村が神谷のデスクに歩み寄ってきた。
「うるせえ! で、このシュシュとやらがどうした?」
 神谷は三田村を一喝し、宝田に顔を戻した。
「マンションの居住人には聞き込みをしたが、持ち主はいなかった。だからといってホシの落とし物と決めつけるのは早計だが、お前の耳に入れておこうと思ってな」
 宝田が神谷のデスクにエビデンス袋を置いた。
「ホシが女子高生の可能性があるってことですか!?」
 三田村が素頓狂な声で話に割り込んできた。
「その可能性は低いが、ホシの娘の持ち物の可能性、ホシの知人の持ち物の可能性、ホシの愛人の持ち物の可能性は考えられるな。メーカーは割り出したか?」
 神谷は目まぐるしく思考を巡らせながら、宝田に訊ねた。
「俺はお前の部下じゃないぞ」
 言いながら、宝田がスマートフォンを操作した。
 神谷のスマートフォンがデスクの上で震えた。
「販売店の情報を送っておいた。仕事の早い俺に感謝しろよ」
 宝田が恩着せがましく言った。
「ファンシーショップ『いろ色』。渋谷区道(どう)玄(げん)坂(ざか)......どうして絞り込めた?」
 神谷はLINEアプリを開き、宝田から送信された店舗情報を読みながら訊ねた。
「そのシュシュが卸されていた店は都内に二百四十八店舗。キーホルダーが卸されていた店は都内に百三十五店舗。シュシュとキーホルダーの両方が卸されていた店は都内に、新宿、渋谷、池袋、下北沢、吉祥寺の五店舗だ。五店舗とも、十代の女子をターゲットにした雑貨店だ」
「おい、行くぞ」
 神谷はデスクチェアから腰を上げ、三田村を促した。
「えっ、どこに行くんですか?」
「五軒の雑貨店を回るに決まってんだろ!」
「でも、もうすぐ出前が......」
 神谷は三田村の尻にタイキックを浴びせた。  
「痛(い)てっ......。わかりましたよ!」
 三田村が膨れっ面で追いかけてきた。
「あ、お前、頑張った褒美として二人分の出前を食ってもいいぞ」
 神谷は振り返らずに宝田に言った。
「糖尿にする気か!」
 フロアを飛び出す神谷の背中を、宝田の声が追ってきた。

#刑事の娘はなにしてる?

イラスト/伊神裕貴

Synopsisあらすじ

4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。

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