#刑事の娘はなにしてる?第21回
神谷の脳裏に、アメリカドラマの日本語吹き替えさながらのイントネーションで喋る下膨れ顔が蘇った。
「ポールって、運営の人?」
神谷が訊くと、つむぎが頷いた。
「運営の人が女性登録者に特定の男性を勧めることは、よくあるんですか?」
神谷の疑問を、三田村が代弁した。
「さあ、ほかの人のことは知りません。あ、そう言えば、ポールさんと石井さんは知り合いみたいです」
つむぎが、思い出したように言った。
「知り合い!?」
神谷は大声を出し、身を乗り出した
ポールという男は、そんなことは一言も言わなかった。
石井のことだけではなく、つむぎとも話したことがないと言っていた。
つむぎの話が本当なら、どうしてポールはそんな嘘を吐いたのか?
「はい。そう言ってました」
「どんな知り合いだ!?」
間を置かずに、神谷は質問した。
「そこまで聞いてないです。ただ、知り合いに良質な太パパ候補がいるから私のことを推薦してくれるって......こんなことになるなら、顔合わせなんてしなきゃよかった」
つむぎが、半泣き顔になった。
「石井さんとは、どんな会話をした? トラブルに巻き込まれているとか、誰かに脅されているとか、女と揉(も)めているとか......なにか、言ってなかったか?」
「そんな話、聞いてません。好きな体位、フェラは得意か? クリ派か中派か? おもちゃは使っていいか? 大人をすることしか、頭にない人だったから」
つむぎが、アスファルトの吐(と)瀉(しや)物(ぶつ)を見たときのような顰(しか)めた顔で吐き捨てた。
「じゃあ、ポールさんとはどんな会話をしたんだ?」
神谷は質問を変えた。
ポールは、なにかが匂う。
石井と知り合いだったという情報だけが理由ではなく、最初に会ったときから胡(う)散(さん)臭(くさ)い男だった。
「なにも話してません。石井さんのときも、いきなり電話がかかってきて言われただけですから。もう、帰ってもいいですか?」
「ああ。その代り、連絡したらすぐに電話に出ろよ。ここにかけろ」
神谷はスマートフォンをつむぎの前に置いた。
ディスプレイには、神谷の電話番号が表示されていた。
「刑事だからって、どうしてそんなに偉そうなんですか!? 私は犯人じゃないんですよ!」
つむぎが、鬱積した不満をぶつけてきた。
「そうですよ。つむぎさんは捜査に協力してくれているのに、当たりが強過ぎますよ」
三田村がつむぎを擁護した。
「お前は黙ってろ! おい、姉ちゃん。俺があんたに厳しく当たるのは事件とは関係ねえ。父親ほども年の離れた男に身体を売って楽に金を稼ごうとする、その腐った性根が許せねえのさ。娘を持つ父親として言わせて貰うが、パパ活なんてやめろ! 金がほしいなら、汗水垂らして働け! 将来、てめえの娘が同じことをしたら、よくやったと褒めてやるつもり......」
神谷の熱の籠った叱咤の声を遮るように、つむぎが右手を出した。
「なんだよ?」
「顔合わせの二万をください」
つむぎが、表情を変えずに言った。
「はぁ!? お前、刑事からカツアゲするつもりか!?」
神谷は眼を剥いた。
「カツアゲなんて、人聞きの悪いこと言わないでください。私は、正当なお金を要求しているだけです。捜査にも協力したんですから、上乗せして貰いたいくらい......」
「これで十分だ!」
神谷は五千円札をテーブルに叩きつけ、立ち上がった。
「なんですかこれ!? 全然足りません!」
「勘違いするな。お茶代引いた残りがお前のぶんだ。ここの会計、払っておけよ」
神谷は言い残し、出口に向かった。
「ちょっと、ふざけないでよ!」
つむぎの声を振り切るように、神谷はカフェラウンジを出た。
「待ってくださいっ。どこに行くんですか!?」
神谷のあとを追いかけながら、三田村が訊ねてきた。
「アメリカかぶれの佐藤大作のところに、決まってんだろ! 急ぐぞ!」
神谷は吐き捨て、鬼の形相でホテルを飛び出した。
Synopsisあらすじ
4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。
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