#刑事の娘はなにしてる?第9回


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『テレビの情報番組は視聴者を洗脳しています。まず、女性蔑(べつ)視(し)発言。ドラマや映画でも、女になにができる? みたいなセリフが一切NGになってます。知人の小説家から聞いたのですが、女性の幸せは嫁入りして子宝に恵まれることだと思う、って登場人物に言わせたら校閲のチェックが入ったとか。世の中がこれほど過敏になっているのは、テレビの責任が大です。もうこれは、立派な集団洗脳ですよ。作り手が導きたいほうに視聴者を誘導するやり口は、女性蔑視発言だけではありません。若者が悪で中高年が善という構図もテレビは作りたがりますね。なぜだかわかりますか? テレビ局の神様のスポンサーのほとんどが中高年だからですよ。だからテレビでは中高年のことを悪く言いづらいのです。最近の若者はなってないとか......私に言わせれば中高年も若者も、有能な人もいれば無能な人もいます。たしかに、ハロウィンで暴徒化した若者の集団が車を引っ繰り返したという事件はありましたし、サッカーの日本代表のワールドカップ進出が決まったときに、フーリガン化した若者が店の窓を叩き割り商品を盗み出したという事件もありました。中高年はそういう事件を引っ張り出して最近の若者はどうとか言いますが、中高年だってとんでもない馬鹿はいます。アクセルとブレーキを踏み間違えて店に突っ込んだり歩行者を轢き殺してしまったりする高齢者ドライバー、女性にたいしての差別発言を繰り返す老政治家、専門外のサッカーやラグビーの選手のプレイを公共の電波を使って独断と偏見でバッサリ斬り捨てる老野球OB......中高年にだって、老害は一杯いますよ。いや、むしろ中高年......中でも高齢者のほうこそ日本の政治、経済、文化の成長と発展を妨げている負の遺産だと僕は思いますけどね』
 捜査一課のフロアのデスク――神谷は、ノートパソコンで「YouTube」チャンネルを観ていた。
 チャンネルでは一人目の被害者でITビジネスの風雲児......清瀬歩が、ワイドショーのコメンテーターとして持論を展開していた。
 テレビのコメンテーターでありながらテレビを批判する清瀬歩が、各局のワイドショーで引っ張りだこになるには理由がある。
 アイドル系の甘い顔立ちと歯に衣(きぬ)着せぬ舌(ぜつ)鋒(ぽう)鋭い発言のアンバランスさが主な視聴者である主婦層に受け、視聴率が稼げるからだ。
 だが、生放送でのこの日の番組で、スポンサーの名前を出した清瀬歩は番組から降ろされてしまった。
 いくら視聴率が稼げても、「神様」を怒らせたら番組自体が打ち切られてしまう。
 神谷は保存していた次の「YouTube」チャンネルを再生した。
『おはようございます! 月曜日です。今週も元気に一週間を乗り越えましょう! さて、今朝の「モノ申す!」のコーナーは、いま、テレビ界を震撼させているあるコメンテーターの、テレビは視聴者を洗脳している発言についてです。そのコメンテーターが言うには、テレビはスポンサー世代に忖(そん)度(たく)し、高齢者贔屓(びいき)の報道をして若者を悪者に仕立て上げているそうです。冗談じゃありません! 僕は「モーニングフラッシュ」のMCを十年続けさせて貰っていますが、ただの一度も視聴者を欺いたり洗脳しようとしたことはないし、そもそも高齢者の肩を持ったこともありません! 肩を持つどころか、僕は老害撲滅派ですから! 去年も元幹事長の女性蔑視発言が物議を醸しましたよね? 女性は話が長いとか女性は感情的だとか、令和の時代に、しかも世界が注目している国際的イベントの席でこういった発言をすること自体、僕には考えられませんね。誤解を恐れずに言いますけど、老害は一国を滅ぼす元凶です!』
 三人目の被害者で情報番組MCの石井信助が、顔を赤く染めて訴えた。
 石井信助は芸能界に入る以前は自衛官という変わり種で、彼の熱血発言が視聴者から支持され、朝の時間帯にもかかわらず視聴率は驚異の十五パーセントに達していた。
 神谷はノートパソコンを閉じ、スマートフォンのフォルダをタップした。
 フォルダには、二人目の被害者の沢木徹のコラムが保存されていた。
 
 お年寄りを大事にしなさい。
 誰しも一度は言われたことがある言葉だ。
 本当にそうだろうか?
 もちろん、大事にしなければならないお年寄りは数多くいる。
 だが、それと同じくらいのろくでもない年寄りもいる。
 永田町を見るといい。
 七十を超えた妖怪達が、権力と金を手に入れるために連日のように足の引っ張り合いを繰り広げている。
 社会的弱者であればお年寄りでなくても大事にしなければならないし、社会にとって害悪な存在なら年寄りであっても制裁しなければならないと私は思う。
 政治家以外にも、老害は数多く存在する。

「老害......」
 神谷は呟いた。
 清瀬歩、沢木徹、石井信助、三人の被害者に共通しているのは、テレビや雑誌を介して老害について語っていることだった。
 偶然か?
 そもそも、老害について語ることが殺害の動機にはならない。
 神谷は四人目の被害者である中城敦也のインスタグラムのフォルダを開いた。
 中城敦也は古着販売のショッピングサイトのカリスマオーナーで、インスタグラムのフォロワーの数は百万人を超える。
 白のフェラーリに寄りかかり微笑む、ピンクのセーターに白のハーフパンツ姿の男、ホテルのプールサイドで鍛え上げられた肉体美を惜しみなく披露し、シャンパングラスを傾けている男、広大な芝生の上でゴールデンレトーリーバーと戯れる男......インスタグラムに投稿されているのは、どれもこれもが充実したセレブライフを送る勝ち組の写真だった。
 だが、写真とは違いキャプションに投稿された文章は過激なものだった。

 ペットショップの現実は、生後三ヵ月を過ぎて売れ残ったワンコをバックヤードのケージに閉じ込め、シャンプーもしないし散歩もしないし餌もろくにあげない。
 なぜかって?
 保健所で殺処分にするか大学病院の手術の練習台にするかのどちらかだから、金と手間をかけたくないのさ。
 繁殖業者もメス犬をケージに閉じ込めて、薬物を注射して一年中交配させて妊娠しなくなったら保健所送り。
 悪徳ペット業者に天(てん)誅(ちゆう)を!

 アイドルが男とスクープされたら裏切られたとか時間を返せとかいうファンがいるけど、馬鹿言うなって。
 アイドルなんて虚構の世界の生き物だから。
 ファンのみなさんが恋人です、って言ってる映像を彼氏とセックスしながら観ているのはあたりまえで、それが普通だから。
 本当のファンなら、綺麗なところばかりじゃなくて汚いところも含めて応援してやれって。
 アイドルオタクに喝!
 
 この前、ホテルのバーで酒を呑んでたら女性スタッフを怒鳴ってる酔っ払いがいてさ。耳を澄ましてたら、「どうして俺の注文を先に取りにこない!」「俺がいままでこの店にいくら金を落としてると思ってるんだ!」「社長にクレーム入れてお前をクビにするくらい簡単だぞ!」って喚(わめ)き散らしててさ。
 仕立てのいいスーツを着た六十過ぎのおっさんで、どこかのお偉いさんみたいだけど、もうみっともなくてさ。
 人間ってさ、年を取ってくるとどんどん頑固で横(おう)柄(へい)になって人の話も聞かないし反省しないよね。
 とくに社会的立場のある年寄りが、一番質(たち)が悪いよね。自分の思い通りにならないからって、孫みたいな年の女性スタッフを恫(どう)喝(かつ)するんだからさ。そんなジジイほど、家じゃ立派な父親、優しいお祖父(じい)ちゃんを演じてるんだろうな。
 政界、経済界、スポーツ界、芸能界......キングメーカーってジジイ、会長ってジジイ、OBってジジイ、大御所ってジジイがのさばって利権を貪(むさぼ)るから、どこの世界も風通しが悪くてさ。
 もういっそのこと、役所みたいに還暦過ぎたら隠居するって法律を作ったほうがいいよ。
 還暦過ぎた権力ジジイは一掃!
 
「また、老害か......」
 神谷は腕組みをして呟(つぶや)いた。

#刑事の娘はなにしてる?

イラスト/伊神裕貴

Synopsisあらすじ

4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。

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