#刑事の娘はなにしてる?第34回


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 インターホンのベルが鳴ると同時に、神谷は玄関にダッシュした――解錠し、勢いよくドアを開けた。
「お疲れ様です!」
 三田村が沓(くつ)脱(ぬ)ぎ場に飛び込んできた。
「なんだ、お前か」
 神谷は落胆した声で言った。
「え!? ひどいじゃないですか!? 慌てて駆けつけてきたのに」
 三田村が唇を尖らせた。
「馬鹿野郎! 朝陽が帰らねえんだよ! さっさと入れ!」
 神谷は三田村に怒声を残し、リビングルームに引き返した。
「前から思ってましたが、神谷さんって、ほんっとーにジコチューっすね」
 三田村が文句を言いながら、神谷のあとに続いた。
「で、なにがわかった?」
 神谷は長ソファに座り、いらついた様子で三田村に訊ねた。
「ポール......いや、佐藤大作の親父と祖父を探っていたら、こんな書き込みを発見しました」
 神谷の隣に座った三田村が、スマートフォンのディスプレイを向けた。
 
【本当の都市伝説】
 
 みなさんは、「昭和殿堂会」という地下組織を知っていますか?
 メンバーは、三友商事グループ会長の渡辺茂氏、息子で社長の渡辺満氏、元総理大臣の大善光三郎氏、元柔道五輪金メダリストの俵良助氏、国民的ベストセラー作家の岩田明水氏という錚(そう)々(そう)たる面々です。
「昭和殿堂会」という名前の通り、渡辺茂氏が九十二歳、満氏が六十八歳、大善光三郎氏が八十三歳、俵良助氏が七十八歳、岩田明水氏が七十八歳と高齢者です。
 彼らは月に一回、最終土曜日の昼過ぎから某所で会合を開いてます。
 会合といっても、ほとんどの場合はテレビやネットを観ながら、「老害」を糾弾する著名人に五人の老人が激しく毒づいているだけです。
 老人達は、メディアで高齢者を「老害」扱いする者達を粗大ゴミと呼んでいました。
 五人とも地位と名声がありますが、残念ながら過去の栄光です。
 金も唸るほどありますが、人生の終着駅が見えてきた彼らには使い道がありません。
 彼らが何十億の金と引き換えにしてでもほしいのが若さです。
 若さがあれば有り余る金で人生を謳(おう)歌(か)できるし、現役の勝ち組として光り輝くことができます。
 若き日に十数頭の雌をはべらせ、敵の猛獣を蹴散らし、我が物顔でサバンナの支配者として君臨してきた百獣の王のライオンも、老いには勝てません。
 牙が抜け、足腰が弱り、視力が落ち、耳が遠くなり......力を失った百獣の王は、若い雄ライオンとの戦いに群れから追い出されます。
「昭和殿堂会」の五人の老人の境遇は、群れを追われた老ライオンに似ています。
 俺様は百獣の王と恐れられてきたんだぞ、たくさんの雌ライオンに囲まれていたんだぞ、俺様が現れるとヒョウもチーターも慌てて逃げ出したんだぞ......老ライオンが得意げに語ることは嘘ではありませんが、すべて過去形でしか語れません。
 老ライオンの現実はヒョウやチーターを蹴散らすどころか、シマウマを仕留めることもできません。
 飢えを満たすために、老ライオンが選んだ新たなターゲットは人間です。
 みなさんは、人食いライオンと聞いたら恐ろしく強く獰(どう)猛(もう)なイメージを思い描きませんか?
 でも、現実は素早く力のある獲物を捕らえることができなくなった非力なライオンが、より非力な人間を狙うしか生きる術(すべ)がないというのが理由です。
「昭和殿堂会」の五頭の老ライオンも、生き残るために狩りをしています。
 今日はここまでです。
 続きは、また、気が向いたときに投稿します。

「これは......」
 神谷は息を呑んだ。
「佐藤大作の父親と祖父の名前を検索してたら、これがヒットしたんです!」
 三田村が興奮気味に言った。
「老害......粗大ゴミ......もしかして......」
 神谷の脳裏に、四人の顔が浮かんだ。
 一人目の被害者の清瀬歩はワイドショーのコメンテーターを務めていたIT社長で、唇が削ぎ落とされていた。
 二人目の被害者の沢木徹はフリーのライターで、十指を切断されていた。
 三人目の被害者の石井信助は情報番組のMCで、唇を削ぎ落とされていた。
 四人目の被害者の中城敦也はネットショップのオーナーで、十指を削ぎ落とされていた。
「『粗大ゴミ連続殺人事件』の四人の被害者の共通点は......」
「老害糾弾だな?」
 神谷は、三田村を遮り言った。
「そうです。『昭和殿堂会』が犯人と決めつけるのは早計ですが、この書き込みが本当なら投稿者は重要参考人になりますね」
 三田村が言った。
「書き込んだ奴を追えないのか?」
「サイバー犯罪対策課に追跡を依頼してますが、ネカフェなどからのアクセスの可能性が高いと言ってましたね」
「ネカフェってなんだよ?」
 神谷は怪訝な顔で訊ねた。
「もう、ネカフェも知らないんですか? ネットカフェのことですよ」
 三田村が呆れたように言った。
「馬鹿野郎っ。ギャルみてえになんでもかんでも略すんじゃねえ!」
 神谷は三田村の七三頭を平手ではたいた。
「また、叩く......暴力刑事」
 三田村が乱れた髪を整えながら呟いた。
「ネットカフェだと問題あるのか?」
「スペシャルなアナログ人間の神谷さんにはわからないでしょうね。IPアドレスは、わかりやすく言えば住所や電話番号みたいなものです。投稿人が自分のパソコンやスマホを使っていたら、IPアドレスを追えば簡単に割り出せます。でも、ネカフェ、いや、ネットカフェのパソコンを使用していれば不特定多数の利用者が対象となります。しかも、ネットカフェの利用者は身分証など提出しないので、監視カメラで確認するくらいしか追跡方法がありません。とにかく、サイバー犯罪対策課からの報告を待ちましょう」
「そんなゆったり構えてられるか! あの下膨れ野郎を捕まえて、どうして石井さんを知らないと言ったのか吐かせねえとな。奴は、絶対になにかを隠してやがる」
 神谷は太(ふと)腿(もも)を拳で殴りつけた。
「その下膨れ野郎......佐藤大作について、新たにわかったことがあります。この前の覆面の内通者に連絡していろいろ話していたのですが、佐藤は『トキメキ?楽部』で未成年漁りをするときに、複数の偽名を使っています。一般の男性会員なら身分証の提出が義務づけられていますから偽名で登録するのは無理ですが、佐藤は経営者なので好き勝手に偽名を使えます。佐々木の他にも、東山、田辺、瀬川、富岡、三宅、斎藤......」
「ちょっと待て! いま、三宅って言ったか!?」
 神谷は、三田村の胸倉を掴み訊ねた。

#刑事の娘はなにしてる?

イラスト/伊神裕貴

Synopsisあらすじ

4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。

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