#刑事の娘はなにしてる?第36回
☆
「まったく、こんな時間に呼び出してどういうつもりだ?」
鑑識係のフロア――デスクに座った宝田が、迷惑そうに言った。
「切り取られたおっぱいと、これを科捜研に回してDNA鑑定をしてくれ」
神谷は宝田の問いに答えず、髪の毛が入った証拠品袋をデスクに置いた。
「誰の髪の毛だ?」
宝田が怪訝そうな顔を神谷に向けた。
「俺の娘の友達だ」
「娘さんの友達? 事件に関係してるのか?」
神谷は移動の車内で三田村に説明したのと同じ話を宝田にした。
「つまり、『トキメキ?楽部』の社長が偽名を使って楓ちゃんを食い物にした上に殺害した可能性がある......そういうことなのか?」
確認する宝田に、神谷は厳しい表情で頷いた。
「娘さんは楓ちゃんを救い出そうとしていた。楓ちゃんが毒牙に掛かった責任を感じて、佐藤大作を殺した後、自分も死にたいと思っている。一方で、『トキメキ?楽部』代表の佐藤が『粗大ゴミ連続殺人事件』に関わっているとしたら、どこかのゴミ置き場に楓ちゃんの遺体が遺棄されているということになるな。過去四人のときは、切り取った一部を警察に送りつけたりしなかっただろう?」
「俺もそう思います。それから、これを見てください」
三田村が宝田に同調し、「本当の都市伝説」が表示されたスマートフォンをデスクに置いた。
宝田が投稿記事を読んでいる間、神谷はフロアを往復した。
焦りと不安で、じっとしていられなかった。
朝陽のことを考えると、脳みそが爆発してしまいそうだった。
「なんだこれ? 有名人ばかりじゃないか。この投稿の内容を鵜(う)呑(の)みにすれば、彼らが犯人ということになるな。動機はさておき、現実問題として老人達には体力的に無理だろう」
宝田が懐疑的に言った。
「だから、ジジイどもが佐藤に殺(や)らせてるんだよ! そこに名前のある三友商事の社長が佐藤の親父で、会長が祖父(じい)さんだっ」
いら立たしげに、神谷は口を挟んだ。
「え? でも、苗字が違うじゃないか」
「佐藤大作は渡辺満と愛人の間にできた子供で、母方の姓を名乗っているんです」
三田村が説明した。
「だとしても、渡辺茂の孫であり、満の息子であることに変わりはないだろう? 孫や息子に、連続殺人なんてやらせるか? しかも老害と言われただけで、殺そうと思うかね」
あくまでも懐疑的な宝田に、神谷のいら立ちに拍車がかかった。
「そこらの陰口とは次元が違うんだよ! 殺された四人はメディアで影響力のある人間ばかりだっ。もしお前の嫁さんや子供が、連日テレビやネットで誹(ひ)謗(ぼう)中傷されてみろ。好奇の目にさらされ、嫌がらせをされ......当人にしかわからない地獄があるはずだ。しかも、周りにイエスマンしかいない環境で何十年も暮らしていた裸の王様達だ。少しの非難でも俺らの百倍の怒りを覚えたって不思議じゃねえ」
「まあ、可能性はゼロではないがな。だが、それは極めて低い可能性だ。それに、『昭和殿堂会』とやらのメンバーは権力者や社会的名声のある者ばかりだ。確固たる証拠もないのに、下(へ)手(た)に手を出して見込み違いだったらどうする? すみませんでした、じゃ済まないんだぞ? とくに大善光三郎は総理大臣経験者で政界のキングメーカーだ。本庁のトップに圧力をかけるなんて朝飯前だろう。お前の首程度じゃ事態は収拾できないんだぞ? 悪いことは言わないから、無謀な行動は慎むんだ」
宝田が諭すように言った。
「政界のキングメーカーだかなんだか知らねえが、殺人犯にはかわりねえだろう!」
「だから、証拠もないのに推測だけで突っ走るんじゃないと言ってるんだ!」
「証拠を持ってきてやるよ! 佐藤のくそ野郎を締め上げて、洗いざらい吐かせてやる!」
「落ち着けって。気持ちはわかるが、あくまでもお前の憶測だろ? まだ、そうだと決まったわけじゃ......」
「だったら、ノートの書き残しはなんだ!」
神谷はデスクに掌(てのひら)を叩きつけ、宝田の慰めの言葉を遮った。
「死にたい、でも死ねない。死にたい、まだ死ねない。楓を救うまで死ねない。三宅を殺すまで死ねない。ノートにそう書いてあると言っただろうが!」
神谷は宝田に顔を近づけ、やり場のない怒りをぶつけた。
「とにかく落ち着け。お前の言う通りだとすれば、なおさら冷静になる必要がある。まずは科捜研の結果を待とう」
宝田が懸命に神谷を宥(なだ)めた。
「朝陽の命がかかってるんだ! そんな悠長に構えてられるか! 行くぞ!」
神谷は三田村に言うと、鑑識係のフロアを出た。
「今度は、どこに行くんですか!?」
三田村の声が追ってきた。
「下膨れの豚野郎のとこに決まってんだろう!」
神谷は吐き捨て、エレベーターに乗った。
Synopsisあらすじ
4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。
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