#刑事の娘はなにしてる?第2回

「十指とも切断面が......」
 宝田が言いかけて、なにかを思い出したように言葉を切った。
「そう、沢木さんの十指の切断面は焼かれていた。遺体を運ぶときに血痕を残さないように止血するためだ。中城さんの十指の切断面も焼かれている。警察はマスコミに十指の切断面が焼かれていたことを話していない。沢木さんの遺体が発見されたときにマスコミが報じたのは、十指が切断されていたことだけだ。さすがに二つも奇跡的な偶然は重ならないだろう」
「たしかに、そうだな」
 宝田が納得したように頷いた。
「ただ、動機がわからねえ。なぜこの四人を殺さなければならなかったのか、なぜ指や唇を切り落とさなければならなかったのか、単独犯か複数犯か......くそっ。人をおちょくりやがって!」
 神谷は吐き捨てた。
「四件の現場に残されたゲソ痕は、俺らと同じようにカバーをつけた履物が一人ぶんだ。複数犯だとしても、少なくとも遺棄現場に足を踏み入れているのは一人だけだ」
 宝田が言った。
「単独犯にしても複数犯にしても、実行犯は猟奇性のある変態に違いねえ。じゃないと、唇を削いだり指を切り落としたりしねえだろう」
「それだけ被害者にたいしての恨みが強かったとも言えるがな」
 ふたたび、宝田がやんわりと反論した。
 腹立ちはなかった。
 むしろ宝田は歓迎すべき存在だった。
 冤罪を生み出さないために、捜査には違う角度から物を見る相手が必要だ。
「遺体をわざわざ別の場所に遺棄するホシは、愉快犯の可能性が大だな」
 宝田が独り言ちた。
「そんなかわいいもんじゃねえだろう。ホシは俺らやクソバエどもを使って、てめえらの力をみせつけてやがるのさ」
 神谷は遺体の切断された十指を凝視しながら吐き捨てた。
「てめえらの力って?」
 宝田が訝(いぶか)しげな顔を向けてきた。
「さあな。ただ、一つだけ言えるのは、このふざけた連続殺人事件にはホシなりのメッセージってやつがあるんだろうよ。好き放題やりやがって......」
 神谷は奥歯を噛み締めた。
「今度は、杉並(すぎなみ)区の高山(たかやま)って人の出した粗大ごみから剥がしてきたようだな」
 宝田が言った。
 これまでの三人同様に、額に貼られた「有料粗大ごみ処理券」は新品ではなかった。
「有料粗大ごみ処理券」には発行している区が印刷してあり、購入者の名前が書いてあった。
 購入すると区役所に履歴が残るので、犯人は出された粗大ごみから処理券を剥がしているのだ。
「どうせ監視カメラがないところから引っ剥がしてきてるんだろう。こざかしい野郎だ」
 ふたたび神谷は吐き捨てた。
 これまでの三件の事件に使用された「有料粗大ごみ処理券」の購入者に事情聴取を行ったが、いずれも犯人とは無関係だった。
 そして死体を遺棄するゴミ捨て場と同じく監視カメラのない場所を選んでいるので、犯人の姿を確認することはできなかった。
「あ、そうだ。科捜から返事きたか?」
 神谷は思い出したように宝田に訊ねた。 
 徹底して監視カメラを避けていた「粗大ごみ連続殺人事件」の犯人も手がかりは残していた。
 犯人が遺体を運んできたと思しき車の映像が、過去三件の遺棄現場周辺の監視カメラに映っていたのだ。 
 白のハイエース、黒のオデッセイ、シルバーのエルグランド......三台の車は盗難車で、それぞれの遺棄現場から一キロ以内の場所に乗り捨てられていた。
 三件目の事件......情報番組のMCの遺体を運んだ車から採取した指紋、足跡痕、体液、体毛、皮膚、爪を、鑑識係から科学捜査研究所に鑑定に回していた結果が出る頃だった。
 その前の二件の事件......ワイドショーのコメンテーターを務めていたIT社長とフリーライターの遺体を運んだ車からは、犯人の手がかりになる痕跡はみつからなかった。
「残念ながら、今回も盗まれた車の所有者と被害者の痕跡ばかりだったよ」
 宝田が渋面を作りながら言った。
「くそったれ!」
 神谷は太腿を拳で叩いた。
 盗難車から手がかりが出なければ、捜査状況はかなり厳しいものとなる。
 家族、恋人、愛人、友人、仕事関係者......これまでの捜査で、被害者達の周辺を徹底的に洗ったが匂う人物は一人もいなかった。
 被害者の自宅周辺の住民や仕事関係者数百人以上に聞き込みを行ったが、手がかりは皆無だった。
 快く思っていない人間はいたかもしれないが、少なくとも殺害した上に唇を削ぎ落とし十指を切り落とすほど恨んでいる者はいそうにもなかった。
 被害者達がそれぞれ使用していたパソコンからも、犯人に繋がる怪しいメールのやり取りや通話履歴は見当たらなかった。
「戻りました!」
 濃紺のスーツにツーブロックの七三――刑事課に配属されたばかりの三田村(みたむら)が、バリケードテープを跨ぎながら入ってきた。
「遅かったな。なにか掴めたのか?」
 神谷は訊ねた。
 三田村には三人目の被害者......石井信助の妻への聞き込みを指示していた。
「はい! 激熱のネタを仕入れました!」
 三田村が得意げな顔で胸を叩いた。
「馬鹿野郎! ワイドショーのネタみたいに言うんじゃねえ!」
 神谷は三田村の頭をはたいた。
「髪型が崩れるじゃないっすか......」
 三田村が唇を尖らせながら、乱れた自慢の七三を整えた。
「髪型だと! ふざけ......」
 ふたたび腕を振り上げた神谷の手首を、宝田が掴んだ。
「毛髪や頭皮が飛ぶからやめろ」
「怒られた~」
 三田村が茶化すように言った。
「テープの外に出たら治外法権だからな」
 神谷は舌打ちをして、三田村を睨みつけた。
「や、やだな......冗談ですよ。それより、面白い情報を仕入れてきました!」
 三田村は話を逸(そ)らすように大声で言った。
「なんだ?」
「ここじゃ、ちょっと......」
 三田村が言い淀んだ。
「なんだ? 俺には聞かせたくないことか?」
 宝田が三田村を睨んだ。
「いえ、そういうわけじゃ......ホトケさんの前では話しづらいことなので、あとから神谷さんに聞いてください」
 三田村は宝田に言い残し、バリケードテープを超えた。
「なんだよ、もったいつけやがって。たいした情報じゃなかったら、自慢の半グレ七三をバリカンで刈ってやるからな!」
 三田村のあとに続きながら、神谷は毒づいた。
 マンションの建物内に入った三田村は、足を止めて神谷と向き合った。 
「じゃあ、たいしたネタだったらそのマフィア帽子を捨てても......痛(い)てっ」
 神谷は拳骨を三田村の頭に落とした。
「生意気を言ってねえで、さっさと報告しろ!」
「いつか傷害罪で訴えて......」
「一発じゃ足りないか?」
 ふたたび神谷は拳を振り上げた。
「わかりました、わかりましたよ! 今日になってやっと奥さんが話してくれたんですが、石井さんは出会い系アプリにずっぽりと嵌(はま)っていたようです」
「出会い系アプリってなんだ?」
 神谷は鸚鵡(おうむ)返しに訊ねた。
「出会い系アプリも知らないんですか? 個人情報を登録して交際相手を探すアプリのことっすよ」
「インターネットで恋人を探すのか? 直接会わなきゃ、どんな相手かわからないだろう?」
 神谷は率直な疑問を口にした。
「インターネットって......まったく、神谷さんの頭は昭和で止まってるんですか? 写真やメールをやり取りしながら、フィーリングが合えば顔合わせをするって流れですよ」
 三田村が呆れたように言った。
「通信販売じゃあるまいし、インターネットで交際相手を探すなんて......」
「いまはそういう時代なんです!」
 三田村が神谷を遮(さえぎ)り言った。 
「石井さんが登録していたのは、男性会員はセフレ探し、女性会員は援助交際やパパ活が目的の出会い系アプリです」
「は? 交際相手を探すアプリじゃないのか!?」
 神谷が素頓狂な声を上げた。
「いいですか? 僕がレクチャーしてあげますからよく聞いてください。結婚を前提にした交際相手を探すアプリ、純粋に恋人を探すアプリ、セフレやお金目的のアプリ......マッチングアプリは大別すると三通りがあります。でもって石井さんは若い子に目がなくて、とくにギャル好きでアプリで女漁(あさ)りをしていたそうです。奥さんは石井さんの女癖の悪さに、相当悩まされてきたみたいですね」
「旦那が殺されて一ヵ月も経ってねえのに、よくそんな話を引き出せたな」
 神谷が言うと、三田村が得意げに自分の右の前腕を叩いた。
 神谷は舌を鳴らし、三田村を睨(ね)めつけた。
「じょ......冗談ですから、そんなに怖い顔しないでくださいよ。マジな話をすると、夫婦仲は冷え切っていたようです。過去にも二十歳のギャルと、写真週刊誌に不倫スキャンダルを報じられたことがあります。しばらくはおとなしくしていましたが、出会い系アプリを知ってからは盛りのついた猫のように女と顔合わせをしていたようです。これ、奥さんが旦那の浮気の証拠を押さえるために自分のスマホに転送したものです」
 三田村がスマートフォンを差し出してきた。

#刑事の娘はなにしてる?

イラスト/伊神裕貴

Synopsisあらすじ

4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。

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