#刑事の娘はなにしてる?第1回


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 代官山(だいかんやま)のデザイナーズマンションの周囲にたむろする野次馬を掻き分け、神谷(かみや)はバリケードテープの前で警備する制服警官に歩み寄った。
 野次馬の中には事件を嗅ぎつけたワイドショーのレポーターや新聞記者が紛れていた。
「あ! コルレオーネ刑事(デカ)がきたぞ!」
 記者の一人が神谷を認めると、一斉にフラッシュが焚かれた。
「また、『粗大ごみ連続殺人事件』ですか!?」
「今回の殺人事件も連続殺人犯の仕業ですか!?」
「同一犯なら四件目ですよね!? 前回の事件から、まだ十日しか経っていませんが、犯人の手がかりはまったく掴めていないんですか!?」
 レポーターと記者がマイクやICレコーダーを競うように差し出してきた。
 制服警官が神谷を見て身構えた。
「こんなに有名な警部補を不審者だと思うとは、お前は新人だな?」
 神谷は報道陣の質問を無視して、制服警官に言いながら警察手帳を見せた。
「お、お疲れ様です!」
 制服警官が戸惑いながら敬礼した。
 彼の視線は神谷の頭部に注がれていた。
「俺の顔を覚えろよ。次に手帳を出させたら金玉握り潰すからな」
 神谷は制服警官の股間を掴みバリケードテープを潜ると、マンションのエントランスに向かった。
 二か月間に三件起きた連続殺人事件は、マンションやビルのゴミ置き場に死体が遺棄され、「有料粗大ごみ処理券」が貼ってあるという共通点があった。
 犯人が下調べをしているのだろう、死体が遺棄されたゴミ置き場は監視カメラが設置されていないところばかりが選ばれていた。
「被害者が続出しているのにダンマリを決め込むつもりですか!?」
 背中を追ってくる質問に、神谷は足を止め振り返った。
「てめえらクソバエが事件現場まで押しかけて、あることないこと派手に報道しやがるから、ホシが有名人気取りになって遺体が増えるんだろうが!」
 神谷は報道陣に罵声を浴びせた。
「クソバエって......あんた、それが国民を守る刑事の言葉か!」
 新聞社の男性記者が気色ばみ、対照的にワイドショーの女性レポーターはいいネタになるとばかりにほくそ笑んだ。
「国民を守るためにクソバエを追い払うんだよ! てめえらがやってることはな、言論の自由を盾にした情報漏洩とホシへの扇動行為だ! ホシは毎日面白おかしく報じられる『粗大ごみ連続殺人事件』のワイドショーや記事から情報収集しながら行動してるのがわからねえのか! つまりてめえらは、無意識のうちにホシの共犯者になっちまってるんだよ!」
 神谷は一方的に速射砲のような暴言を浴びせると、踵(きびす)を返し木製の自動ドアを通り抜け裏口に向かった。
 裏口のドアは開きっ放しになっており、手前にバリケードテープが貼ってあった。
「裏口にまで聞こえてきたぞ。マスコミに喧嘩売った翌日に、マフィア刑事が暴言を吐く、って何度も叩かれてるんだから学習しろよ」
 バリケードテープ越し――特大の綿帽子の耳かきのような検出刷毛(はけ)で、裏口のドアノブの指紋を採取していた小太りの鑑識官、宝田(たからだ)が振り返り眉をひそめた。
 宝田の背後には四人の鑑識官が、現場の写真を撮影し、地面を這いずりピンセットで体毛を採取し、足跡痕を採取し、遺体の隅々まで観察していた。
 宝田は神谷の警察学校時代の同期だった。
 互いに刑事課の強行犯係と鑑識係に配属となるまでは、同じ地域の交番に勤務していたこともある。
 喜怒哀楽が激しく直情的な神谷と冷静沈着な宝田は正反対のタイプだったが、昔から不思議とウマが合った。
「学習しているから、暴言を吐いてやってるんだ。あのクソバエどもは、おとなしくしてればどんどんつけあがるから、誰かがガツンと言わなきゃならねえんだよ」
「お前の口の悪さ、なんとかならないか? それからいい加減、マフィアみたいだからやめたほうがいいぞ」
 宝田が検出刷毛で、神谷が被った黒のボルサリーノハットを指した。
 神谷は帽子に合わせて、黒のダブルスーツと黒のワイシャツでコーディネートしていた。
 同じ黒色の帽子とスーツを五セット揃えており、現場ではいつも同じファッションで通している。
 独特なファッションに、いつしか神谷はマスコミからコルレオーネ刑事と呼ばれるようになった。
 偶然にも神谷は、彫りの深いバタ臭い顔をしているせいか若い頃からイタリア人のハーフとよく間違われていた。
「極悪犯を征伐するときの俺の戦闘服だ」
「どうせコスプレするなら、せめて保安官の格好をしろよ」
 冗談とも本気ともつかない口調で宝田が言った。
「ふざけんな。コスプレじゃねえぞ。それに俺は、司法を正義の味方なんて思っちゃいない。目には目を、歯には歯を、悪党には悪党をだ」
 本音だった。
 神谷が相手にするのはほとんどが殺人犯......人殺しだ。
 殺人に情状酌量もへったくれもない。
 どんな事情があっても、人を殺していいという理由にはならない。
 だが、法治国家という正義は殺人犯をランク分けする。
「心神喪失云々(うんぬん)で責任能力がないから無罪はおかしい。そもそも人を殺すこと自体が心の病だから。計画的殺人なら罪が重くて衝動的殺人なら罪が軽くなるのはおかしい。どっちも人殺しに変わりはないのだから。一人を殺して死刑にならず、二人なら死刑の確率が五十パーセントで、三人殺して死刑が確実になるのはおかしい。一人の命も三人の命も重さは同じ......だろ?」
 宝田が呆れた顔で神谷に言った。 
「わかってるじゃねえか? 俺は署長も検事も判事も信用してねえ。犯した罪にたいして相応の罰を与えることが、刑事としての使命だと思ってる」
「使命はいいが、お前が檻の中に入るようなことだけはするなよ。昔から損得考えないで、とんでもないことをやるところがあるからな」  
「安心しろ。法を犯すまねはしねえよ」 
 神谷は言いながら、バリケードテープを跨(また)ごうとした。
「履き替えろ! ゲソ痕を消すつもりか?」
 宝田が大声で言いながら、バリケードテープの外側に複数用意してあるスリッパを指した。
 ゲソ痕とは、犯人の残した足跡のことを指す警察用語だ。
 屋外での現場検証の際には、捜査関係者の足跡で犯人の足跡を消さないように底にカバーがつけてあるスリッパに履き替える必要があった。
「はいはい、わかりましたよ」
 神谷は面倒臭そうに言いながらスリッパに履き替え、バリケードテープを跨ぐと被害者の遺体の前に屈み眼を閉じ合掌した。
「今度のホトケさんは、また指だ」
 神谷の隣に屈んだ宝田が言った。
 遺体はシンプルな長袖シャツにデニムといったラフな服装だったが、ハイブランドの高価なものだった。
「中城(なかじょう)敦也(あつや)二十七歳。大学生時代に友人と立ち上げたネットショッピングサイトのカリスマオーナーだ。世界中から仕入れたビンテージものの古着販売で急速に業績を伸ばし、僅か五年で年商十数億の優良企業の仲間入りを果たした。最近では暗号通貨の取り引きに手を広げ、物凄い勢いで資産を増やしていたらしい。インスタグラムのフォロワーは百万人を超え、十代と二十代の若者から絶大な支持を受けていた。会社は家賃四百万の六本木のタワーマンションで、自宅は青山のデザイナーズマンションで家賃は八十万を超えている。若くして誰もが羨む勝ち組なのに、こんな姿になってしまうとはな」
 宝田が悲痛な声で言った。
 遺体の両手の十指は根元から切り落とされていた。
「粗大ごみ連続殺人事件」の過去三件に共通しているのは、別の場所で殺害された遺体が監視カメラのないゴミ置き場に遺棄されていること、遺体の額に役所が発行している「有料粗大ごみ処理券」が貼ってあること、そして、身体の一部が切り取られているということだ。
 一人目の被害者のワイドショーのコメンテーターを務めていたIT社長は唇を削ぎ落とされ、二人目の被害者のライターは十指を切断され、三人目の情報番組のMCは一人目と同じ唇を削ぎ落とされ、今回の四人目の被害者......若者のカリスマ青年実業家は二人目のライターと同じ十指を削ぎ落とされていた。
「指以外に外傷はないようだが、今回も同じ手口か?」
 神谷は遺体の全身に隈なく視線を這わせながら訊ねた。
 三人の被害者......清瀬(きよせ)歩(あゆむ)、沢木(さわき)徹(とおる)、石井(いしい)信助(しんすけ)は、飲料に混入された硫酸タリウムで殺害されていた。
「検視解剖してみないとわからないが、その可能性は高いだろうな」
 宝田が言った。
「毒が入っている飲料を飲ませられるくらいだから、ホシと被害者はある程度は親しい間柄のはずだ」
 神谷は独り言(ご)ちた。
「まあ、普通に考えればそうだろうな。被害者四人と共通の知人であり、四人に恨みを持っている人物ということになるかな」
 宝田が神谷の独り言に乗った。
「でも、恨みがあるからって知り合いを次々に殺すか? 逆を言えば、殺したいほど恨んでる知り合いが四人もいるほうがおかしいだろ?」
 神谷は疑問を口にした。
「だけど、殺害方法から察すると同一犯なのは間違いないだろう。それとも、模倣犯の線を考えているのか?」
 宝田が訊ねてきた。
「いや、同一犯だ。これまで四人に貼られた粗大ごみの処理券は、額の生え際と眉上の中間に張られている。マスコミは遺体の顔に『有料粗大ごみ処理券』が貼られたと報じているだけだ。模倣犯なら鼻の上あたりに貼るだけで、まったく同じ位置に貼る偶然の確率は相当に低い」
 神谷は遺体の額を凝視しながら言った。
「確率の低い偶然かもな。額は貼りやすそうだし」
 宝田がやんわりと反論した。
「とも言える。物事に絶対はない。粗大ごみの処理券だけなら偶然はあり得る。今回の被害者の中城さんと同じように、二人目の沢木さんも十指を切断されていた」
「もちろん、知ってるさ」
「なら、沢木さんの十指の切断面はどうなっていた?」
 神谷は宝田に質問した。

#刑事の娘はなにしてる?

イラスト/伊神裕貴

Synopsisあらすじ

4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。

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