#刑事の娘はなにしてる?第41回
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赤坂のタワーマンションの前に、覆面パトカーのクラウンが停車した。
「ここの4001号が、ジジイどものアジトか」
フロントウインドウ越し――パッセンジャーシートに座った神谷は、血走った眼でタワーマンションを見上げた。
朝陽が拘置所に拘留されてから五日間、神谷は佐藤大作と「昭和殿堂会」の捜査を血(ち)眼(まなこ)になって行った。
検死解剖の結果、佐藤の性器周辺に三十数ヵ所、心臓部周辺に二十数ヵ所の刺傷があった。
いまだに、朝陽が佐藤を殺害したことが信じられなかった......この手で、娘に手錠をかけたことが信じられなかった。
科捜研からの報告で、捜査一課に届けられた左の乳房と楓の髪の毛のDNAが一致したことが判明した。
佐藤が携行していたスマートフォンから左乳房を切り取られた楓の遺体、「粗大ゴミ連続殺人事件」の四人の被害者の遺体、そして、朝陽の......。
脳裏に蘇る動画の映像に、神谷は理性を失った。
神谷は右の拳でダッシュボードを殴りつけた。
二発、三発、四発......神谷の拳の皮膚が捲(めく)れ、肉が露出した。
「神谷さん! やめてください!」
ドライバーズシートから身を乗り出した三田村が、神谷の右手にしがみついた。
「あの野郎っ、朝陽を......ぶっ殺してやる! 離せ!」
「もう、佐藤は死んでます!」
三田村の言葉に、神谷は動きを止めた。
憤激に支配された神谷の心に、不安が広がった。
「あんなケダモノのために、朝陽は牢獄に囚われの身になってしまった......。殺されて当然の下(げ)種(す)のために、朝陽の人生は......」
神谷は血塗れの拳を握り締め、奥歯を噛み締めた。
「朝陽ちゃんが佐藤にやられたことを考えると、情状酌量の余地は十分にあります! しかも奴は楓さんを殺害し、『粗大ゴミ連続殺人事件』の有力な容疑者ですっ。朝陽ちゃんは、すぐに帰ってきますよ」
三田村が励ましてきた。
「刑務所暮らしにならなくても......朝陽の心は生涯、牢獄に繋がれたようなものだ」
神谷は、絞り出すような声で言った。
パトカーで連行されるときも、拘置所で面会したときも、朝陽は一言も口を利かなかった。
具合が悪いところはないか? ちゃんと食べてるか? などの当たり障りのない問いかけには頷いたり首を横に振ったりの意思表示はするが、神谷が話しかけなければ無表情に、虚ろな眼で一点をみつめているだけだった。
朝陽は神谷の知っている明朗快活な少女とは別人の、生ける屍(しかばね)のようになってしまった。
「あの......こんなときに言いづらいんですが、どうしてここにきたんですか?」
三田村が、遠慮がちに訊ねてきた。
「まさか、乗り込むつもりじゃないですよね?」
重ねて質問してくる三田村に、神谷は無言を貫いた。
「だめですよ。この事件は娘さんが絡んでいるので神谷さんは外されて、里石警部が捜査することになったわけ......」
「里石はだめだ」
神谷は三田村を遮った。
里石は署長の息がかかっており、署員からは操り人形と陰口を叩かれている。
「昭和殿堂会」には、検事総長や警察庁長官と昵(じつ)懇(こん)の仲の大善光三郎や渡辺茂がいる。
検察庁や警察庁に圧力をかけ、形式的な捜査で終わらせることなど容易なはずだ。
佐藤のスマートフォンから『粗大ゴミ連続殺人事件』の実行犯であるという証拠になり得る写真も出てきた以上、トカゲの尻尾切りで終わらせようとするはずだ。
死人に口なし――すべてを佐藤の責任にして、事件を幕引きにするつもりだろう。
「昭和殿堂会」のメンバーが佐藤に殺人教唆した証拠の音声でもないかぎり、いや、あったとしても握り潰される可能性が高い。
朝陽を凌辱し人生を台無しにした佐藤を裏で操っていたのが「昭和殿堂会」ならば、見過ごすことはできない。
「言いたいことはわかりますが、神谷さんは捜査から外されているわけですから。引き返しましょう」
三田村が神谷を気遣いながら言った。
「お前だけ帰れ」
神谷は言い残し、パッセンジャーシートのドアを開けた。
「待ってください! どういう意味ですか!?」
三田村が神谷の腕を掴んだ。
「俺のことを少しでも思ってくれてるのなら、黙って言うことを聞いてくれ」
神谷は切実な瞳で三田村を見つめた。
「神谷さん......」
三田村が、神谷の腕を離した。
神谷は車を降り、タワーマンションのエントランスに向かった。
「戻ってくるまで待ってますから!」
三田村の声から逃れるように、神谷はエントランスに駆け込んだ。
Synopsisあらすじ
4件の連続殺人事件が発生した。被害者の額にはいずれも「有料粗大ゴミ処理券」が貼られ、2人は唇を削ぎ落とされ、2人は十指を切断されていた。事件を担当するコルレオーネ刑事こと神谷は、3人目の被害者が、出会い系アプリで知り合った女子大生と会った翌日に殺害されたことを知る。連続殺人の犯人と被害者が抱える現代の増幅する憎悪に迫る!!
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『血』『少年は死になさい…美しく』『168時間の奇跡』(以上中央公論新社)『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『絶対聖域』『動物警察24時』など多数。映像化された作品も多い。
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