母親からの小包はなぜこんなにダサいのか第五話 北の国から(3)

 拓也が小包の話をすると、奈瑞菜はすぐに来て、ほんの少し季節外れのおせち料理を食べてくれた。
「これ、おいしいねえ」
「そう? きんとんとか、好きだった?」
「大好きだった! でも、うちは子供が多いからさ。栗なんてなかなか食べられなかったの。でも、これすごい。栗がごろごろ入ってる」
 確かに、栗がぎっしり入っているのが、透けて見える。
 奈瑞菜は嬉しそうに、栗を掘り出すように取り出して頬張った。
「これ、本当に食べちゃっていいの?」
「いいよ。酒も開けようか」
「それはお正月に取っておきなよ」
「そんな、どうせ」
 一人だし、と言いそうになって口をつぐんだ。
 今年の正月、いや、その前のクリスマスをどうすごすのか、まだ話してなかった。
「クリスマスどうする? お正月は実家に帰るの?」と、一言、尋ねればいいだけなのに、彼女への重荷になってしまいそうで怖かった。
「......奈瑞菜ちゃんの家では、おせち料理は食べるの?」
 そんな腰の引けた質問になった。
「マ......おかんが適当に買ってきたのを食べるよ」
 拓也が欲しい答えは何も返ってこなかった。
 しかし、普段、彼女は母親のことをおかん、と呼ぶが時々、ママ、と言いそうになるのはどこかかわいらしい。
 それで、勇気を出して聞いてみた。
「千葉には毎年、帰るの?」
 毎年をつけることで、ただの習慣を尋ねただけのように見せた。
「まあ、帰るかなあ。今年は年末に一日くらい帰って、すぐ戻ってくるつもり。バイトもあるし」
「あ、そうなんだ」
「初詣とか、行く?」
 彼女の方から尋ねてくれて、助かった。
「まあ、行く、かなあ......一緒に行こうか」
 やっと言えた。
「うん」
「元旦......でも、二日でもいいけど」
「自分もどっちでもいい」
 ちょっと目が合って、お互いに微笑んだ。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
「二十四日は?」
 さらに勇気を出してみた。
「バイト」
「あ、そうか。あ、気にしないで。客商売だもんね。聞いた方が馬鹿だよね」
 思わず、慌てて口ごもってしまった。言ってしまって、顔が熱くなった。
「でも、二十五日は空いてる」
 心がぱっと明るくなった。
「あ、そうなんだ。じゃあ、ご飯でも食べに行くか」
「ここで食べてもいいよ。安くなったチキンでも買ってさ。下北とか、そういうの、いっぱい出るから」
「それでもいいけど、せっかくだから食べに行ってもいい」
「高いよ。二十五日はまだクリスマス料金だから......」
「たまにはいいじゃん」
 遠慮する奈瑞菜がかわいらしくて、その時、つい彼女の肩をつかんでキスしてしまった。
 彼女の唇は甘いきんとんの味がした。

 北海道の槇さんには、まず電話をしてみた。
 最初は平日の夜、会社から帰宅した夜九時。ちょっと遅いが、それでも、残業続きだったからこの時間になってしまった。
 何度も鳴らしたけど、まったく出なかった。
 それで、次は日曜日の昼間に電話してみた。それでも、電話の向こうはむなしく、呼び出し音をくり返すばかりだった。
 そして、会社からもお昼と、三時に電話した。
 やっぱり、出ない。
 これほど電話に出ないことってあるのかな、と切りながら思った。もしかしたら、電話番号が急に変わったとか、間違っているのかもしれない。
 しかたなく、手紙を書くことにした。
 そうは言っても、手紙なんて上京してから一度も書いていない。便せん封筒を新しく買うのも面倒だった。葉書というのも父の死を知らせるのにふさわしいのかわからなかった。
 しかたなく、上司に断って会社の備品の、白い便せんと封筒をもらった。
 自宅に帰って、便せんを広げ、ネットで季節の挨拶の言葉などを調べながら、数日かけてやっと書き上げた。

槇恵子様
 
 年末ご多端の折り、槇様におかれましてはますますご清祥でご活躍のことと存じます。 
 はじめまして、こんにちは。僕は内藤慎也の息子の、内藤拓也と申します。
 いつもお世話になっています。
 槇さんには毎年、実家に昆布を送っていただいておりましたが、実は、父慎也が先々月、脳内出血で他界いたしまして、先日四十九日の法要もすませました。
 お知らせが遅くなり、申し訳ありません。
 母は十年前にがんで他界しましたが、父も母も生前、槇さんからの昆布を毎年楽しみにしていました。
 ありがとうございました。
 僕は今、東京の会社の寮で、一人暮らしをしています。
 変な言い方ですみません。無作法だったら、許してください。
 父も亡くなりましたし、一人ですと、昆布はとても食べきれないので、来年からは止めていただけないでしょうか。(今年の分は失礼ながら、実家のご近所の方たちにもらっていただきました)
 重ね重ね申し上げますが、両親はとても喜んでいました。
 本当に、ありがとうございました。
 寒さ厳しき折、槇様におかれましては、お身体、ご自愛くださいませ。

        内藤拓也

 そこまでやっと書いた後、少し迷って付け加えた。

 追伸
 もしも、よろしければ、父に毎年、昆布を送ってくださることになった経緯など、教えていただけるでしょうか。お忙しかったら結構ですが、もし、お時間がありましたら、よろしくお願いします。
 
 下手くそな手紙だな、無作法だと怒られたらどうしようと心配しながら、「昆布はもういいです」ということをどうやって伝えればいいのか、他に思いつかなかった。
 数日後、槇恵子からの返信が来た。
 寮のポストに入っているそれを見つけて、少し心が躍った。まったく知らなかった父の一面が少しわかるかもしれないと思ったからだ。
 帰宅して、すぐに開けた。
 槇恵子の字は、伝票と同じ、読みやすい字だった。

 
内藤拓也様
 
 ご連絡いただきまして、ありがとうございます。
 お父様が亡くなったこと、心からお悔やみ申し上げます。
 お父様には生前、大変お世話になりました。その感謝の気持ちとして、送らせていただいていました。
 拓也様のご多幸を心から祈っております。

        槇恵子

母親からの小包はなぜこんなにダサいのか

Synopsisあらすじ

吉川美羽は、進学を機に東京で念願の一人暮らしをはじめる。だがそれは、母親の大反対を振り切ってのものだった。
頼れる知人も、また友人も上手く作れない中で届いた母からの小包。そこに入っていたものとは……?

Profile著者紹介

原田ひ香(はらだ ひか)
1970年神奈川県生まれ。2006年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。
著書に『三千円の使いかた』、『口福のレシピ』などがある。

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