母親からの小包はなぜこんなにダサいのか第三話 疑似家族(4)

 今回、愛華が頼んだ小包の中には新しいチラシが入っていた。
 ――ありんこ農場の「お野菜定期便」始めます!
 そこには、月二千円から、無農薬の米、野菜、芋などの定期通販を開店したというお知らせが入っていた。
 回数と値段もそれぞれ選べて、五千円でお米だけ、千円で野菜だけなどいろんなコースがあった。いつも通りの、一回限りの紅はるかや米の販売も続けるらしい。
 ――お客様のご希望に添って、小包をお作りします。遠慮なくご要望ください。
 専用のLINEも開設しました、ぜひ、お気軽にご連絡くださいという一文の後、LINEアドレスが書いてあった。
 確かにLINEで連絡取れるなら気軽だわ、と愛華は思わずつぶやいた。しかも、メルカリ取引よりも五百円ほど安いらしい。手数料を取られないからだろう。
 メルカリでもずっと「匿名取引」を選択していて、通常なら安易に個人情報をさらすようなことはしない愛華だったけれども、ずっとやり取りをしている「群馬のありんこ」さんだし、現在は幸多と住んでいる。男性と住んでいることで安心感が増していることは否めなくて、LINEを送ってみた。
 ――紅あずまやお米を送っていただいている「LOVE27」こと石井愛華と申します。お野菜定期便のチラシを見てLINEしました。この間、送っていただいたばかりなのでしばらくはお願いできないのですが、在庫がなくなりましたらご連絡させていただきますね。
 返事はすぐに来た。
 ――いつもありがとうございます! ありんこ農場、都築(つづき)めぐみと申します。家庭内でこつこつ作っている野菜ですが、メルカリで訳ありものを売っているうちに、皆様に食べていただきたい、直接、お声を聞いてみたいという気持ちが強くなりまして、通販部門を増やしてみる試みを始めました。ご注文、ご要望、お気軽にお声がけください。家族でやっているものですから、至らないことはあると思いますが、よろしくお願いします!
 ありんこさんは都築というのか、初めて知ったな、と愛華は思わずつぶやいた。
 ――こちらこそ、よろしくお願いします。ありんこさんの野菜がとてもおいしくて、いつも楽しみにしていました。
 ――ありがとうございます。これから、時々、お得情報など流させていただきますが、もし、うるさいようなことがありましたら、遠慮なく通知を切っていただいて結構ですので、必要な時にお声がけください。
 その後、時々、連絡が来た。
 ――「紅はるか」の訳ありが出ました。十キロを箱に詰めてお送りします。少しおまけも入れさせていただきます。お安くお出ししますのでよろしくお願いします。
 ――今年の新米の予約を始めました! ご予約承っています。よろしくお願いします!
 ――今日は芋の植え付けをしてきました。
 そんな言葉と共に写真が貼り付けられていることも多かった。
 一度は、都築めぐみ本人らしき人が泥付きのサツマイモを持ち上げている写真もあった。彼女は五十代くらいに見えた。つばの大きな帽子をかぶって、にっこり笑っている。美人ではないが、目尻に皺が寄っていても可愛らしい顔立ちだった。
 愛華も時には一言、返事を送った。
 ――もう、サツマイモの季節なんですね。今年も楽しみです。
 ――ありがとうございます! お待ちしております。
 愛華は通知を切ることなく、数日に一回くらいのその連絡を、まるでまだ見ぬ家族からの手紙のように楽しく読むようになっていた。

 それは本当に、売り言葉に買い言葉だったのだ。
 休日のご飯のあと、二人で皿を洗っていた。
「来週の日曜日、うちの親とご飯食べない?」
 愛華が洗った皿を、彼が布巾で拭きながら言った。
「え」
「うちの実家の行きつけの中華があるんだけど、そこのチャーハンが絶品でさ。あれ、愛華にも食べさせたいってずっと思ってたんだ」
 ちょうどいい機会だなあ、と彼は鼻歌でも歌いそうなくらい、気軽に言う。
「......ちょっと、そんなこと......私、なんにも聞いてないよ」
 驚きすぎて、そんなことしか言えなかった。
「だって、今言ったもん。さっきの電話で誘われてさ」
 確かに食事の終わりに電話がかかってきて、幸多はしばらく隣の寝室で話していた。仕事の電話かと思っていたが。
「......急に言われても......私、幸多のお父さんやお母さんみたいな人とうまく話せないし」
 幸多の父は一部上場企業の役員をしているし、母は専業主婦だけどずっと点字のボランティアをしている。
 そんな立派な仕事をして、ちゃんと社会貢献もしているような人と何を話したらいいのかわからない。
 しかし、何より、彼らがいったいどんなことを考えて、愛華と食事をしたがっているのか......それを考えると怖くて震えそうだ。
「別にそんなに気構えることないんだって。ちょっとご飯食べて話すだけだし」
 幸多は本当になんでもないことのように言う。
 愛華は声が出ない。
「ただ、僕と一緒に住んでる人を見たいって、それだけだから」
「......話したの? 一緒に住んでること」
 思わず、声が一段低くなった。
「うん。だって、この間会った時、母親がさ、幸多なんかいいことあったみたい、幸せそうだねって言うから、実は付き合う人ができたって。それでさ、向こうはうちに来て欲しいって言われたんだけど、うちのたいしておいしくもないご飯を食べてもしかたないから行きつけのオークラの中華にしてもらうことにしたわけ。あそこならシェフも知り合いで気兼ねないし」
「いや、だから、どんなことを、親に話したの?」
「話したって何を」
「同棲してるって言ったの? それとも付き合ってるって」
「なんて言ったかな......まあ、一緒に暮らしてる人がいて、すごくいい子でご飯も作ってくれて」
「だから、そんなことじゃなくて、なんて言ったの!」
「一緒に住んでるって」
「ああ、もう」
 ぬれたままの手で顔を覆ってしまう。
「なんで? いけなかった?」
 あんまりにも純粋な、子犬みたいな目で見つめられて、口ごもってしまう。
「......急に一緒に暮らしてるなんて言ったら、驚かれたんじゃない?」
「いや、うちの親は僕のこと信用してるから。恋人ができたならぜひ会いたいって」
 本当だろうか。  
 本音のところは愛華を見て、どんな女か判断したいんじゃないだろうか。
 いや、どんな親だってそうする。彼らが特別なわけがない。息子が同棲したら、その相手がどんな人か気にしない親はいないだろう。もしかしたら、結婚して、これからずっと付き合うことになる相手かもしれない、と考えるだろうから。
 愛華は自分が、彼の親に気に入られるとはとても思えなかった。
 幸多一人ならなんとか取り繕って、毎日をすごせる。だけど、きっと親の前になんか出たら何か大きな失敗をする。
 自分の育ちを見透かされそうだと思うと、怖かった。
「......そんなの、無理だよ。私、とても会えない」
「なんで、どうして? 別に怖い人とかじゃないよ。父はダジャレばっかり言ってるおじさんだし、母もざっくばらんな人だよ。兄のお嫁さんとも結構うまくやってる」
 彼の義姉......お兄さんのお嫁さんは弁護士だ。今は育休を取って、子育てを楽しんでいるらしい。
 一度、彼女のフェイスブックを見せてもらったこともある。
 頭が良いのに、きれいで、料理も完璧だった。彼の兄や娘さんとの写真がたくさんあった。
 絵に描いたような夫婦、家族......自分にはとても真似できない。
 いや、彼らのようにエリート家庭でなくてもいい。自分が母に少しでも愛されていたら、もっと自信を持って会うことができるだろう。
「......やっぱり、無理」
「別に飯食うだけだって。中華だから、気も遣わないじゃん」
「気を遣うとか、遣わないとかじゃなくて」
「なんだよ、わけわかんないよ。理由になってないよ。理由を話して」
 その理由を言えたら、どんなにいいだろうか。 
「きっと私のことなんて気に入らないし、もしかしたら、別れろって言われるかもしれない」
「そんなことを言う人たちじゃないよ。向こうだって、反対してもそれを素直に聞く息子だとは思ってないよ」
 幸多は愛華の頬を触る。
「そんなこと絶対ないけど、もし、そんなことあったら、僕が説得するよ。説得できるまで諦めない」
 その言葉がどれだけ嬉しかっただろうか。
 でも、その席で「愛華さんのお父さんやお母さんはどこに住んでいるの? どんな方なの?」と聞かれたらなんと答えたらいいのだろう。
 自分はまた、嘘を重ねるのかと思ったら、感情が爆発した。
「無理って言ったら、無理! あなたの家族に会うような付き合いでもないでしょ。まだ!」
 気づくと、幸多の手を振り払っていた。
「なんだよ......」
 愛華の剣幕に彼は驚いていた。
「そんなふうに思っていたの? 僕は結構本気だったのに」
 彼は後ずさるように離れると、布巾をキッチンの台に置いて、無言のまま寝室に入っていった。
 慌てて寝室に入ると、彼が毛布をかぶって丸まっていた。叱られた子供みたい、と思ったら、申し訳なさが襲ってきた。
「ごめん。まだって思っただけなの、まだ、早すぎるって」
 そう言って、彼の肩の辺りに戸惑いながらそっと手を置いた。
「ごめんね」
「ほんと」
 彼はぱっと起き上がって、毛布を跳ね返した。愛華が置いた手を握る。
「それって、まだ、早いってこと? 時間の問題?」
 愛華は声を出さずに、うん、と小さくうなずいた。
 そうするしかできなかった。彼の表情があまりにも希望に満ちていて。
「なんだー。そういうことかー。僕、ちょっと早まったかな。恥ずかしい」
 笑って、もう片方の手を頭に置く。
「じゃあ、もう少しだけ、時間を置こう。親には適当に言って断っておくよ」
「なんて言うの?」
「仕事が忙しいとか、なんとか」
 本当にそれですむんだろうか、と思いながら、彼のハグを受けた。

母親からの小包はなぜこんなにダサいのか

Synopsisあらすじ

吉川美羽は、進学を機に東京で念願の一人暮らしをはじめる。だがそれは、母親の大反対を振り切ってのものだった。
頼れる知人も、また友人も上手く作れない中で届いた母からの小包。そこに入っていたものとは……?

Profile著者紹介

原田ひ香(はらだ ひか)
1970年神奈川県生まれ。2006年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。
著書に『三千円の使いかた』、『口福のレシピ』などがある。

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