母親からの小包はなぜこんなにダサいのか第二話 ママはキャリアウーマン(4)

「今日、お弁当食べてたらさ、係長さん、それ、何? って渡辺さんに聞かれちゃってさ」
 翌日、大樹が莉奈に空のお弁当箱を渡しながら言った。
「何って? どういうこと?」
 夫がお弁当が理由で何かいちゃもんをつけられたのかと顔色が変わった。
 渡辺さんというのは、転勤してきてからずっと、仕事以外ではほとんど話しかけてくれなかった、大樹の年上の部下だ。その人が甘納豆の赤飯に気づいたらしい。
「それ、こっちのお赤飯でしょ。何? 奥さん、こっちの人なの? って」
 その日のお弁当は、残った赤飯を朝、蒸し直しておにぎりにし、玉子焼きやから揚げを付けたものだった。
「いや、妻がスーパーで買ってきてくれたんですけど、これおいしいですね、甘くてって答えたら、話しがはずんじゃって。やっぱり、北海道では家で手作りするんだって。親戚が集まる時やお正月、お祝い、運動会の定番なんだってさ。渡辺さんの奥さんの赤飯は皆に評判で、そういう時には山のように作って持ち寄るとすごく喜ばれるんだって」
「えー、いいなあ。その作り方、習いたい!」
 思わず、声が出ていた。
 次の日、夫はそれをすぐに伝えてくれたらしく、また翌日には渡辺さんの奥さんから手書きのレシピと二個のおにぎりが届いた。
 奥さんはおひつにぎっしり甘納豆赤飯のおにぎりを詰めてくれ、渡辺さんはそれを支社の皆にも振舞ったそうだ。莉奈に届いたのはその残りだった。
 さっそく、おにぎりを噛みしめながらレシピを見た。
 餅米とうるち米は同量、甘納豆は米一合につき百グラムくらい、そして、食紅は入れすぎないように箸の先に付くくらい、ほんの少しだけ......。
 几帳面な字と説明からは、きっと料理上手なすてきな人なんだろうな、ということが伝わってきた。スーパーで買ってきた赤飯はご飯に少し塩味があって、それが旨味にもなっていたが、その分、味がくどかった。渡辺さんの赤飯は甘納豆とお米だけでさっぱりとしており、赤い色もほのかで品が良い。
 心から嬉しくて、手作りクッキーを作ってお礼に渡してもらった。
 それを機会に、大樹も少しずつ部下の人と話せるようになったらしい。自分のおかげとは言わないが、夫の仕事の力になれるのは嬉しいことだった。
 さらに数週間後、夫は会社で「いももち」というものを食べた話しをしてくれた。
「渡辺さんがまた、奥さんの手作りだって持ってきてくれたんだ」
「いももち? サツマイモかなんかが入ってるおまんじゅうとか?」
「いや、ぜんぜん違う。なんというか、甘辛くて、もちもちしてて、でも、ちょっと芋の香りもして......」
「えー、私も食べたかったあ!」
 大樹はまたそれも渡辺さんに伝えてくれたらしい。
 同様に、また、プラスチック容器いっぱいのいももちとレシピをくれた。
 すぐにその晩、ご飯と一緒に食べた。
 いわゆる、餅米をついたお餅とも、白玉団子とも、上新粉で作った団子とも違う、でも確かにモチモチと芋の香りのする餅だった。絡めてある甘辛いタレもうまい。
「おいしいねえ、これ。こんなの初めて食べた」
「東京じゃ、食べたことのない味だよね」
 レシピを見ると、ジャガイモを蒸すか茹でて潰し、片栗粉を芋の個数毎に大さじ一杯から芋と同量くらいまで好みで混ぜる。少し芋の形を残してもおいしい。それを丸く丸め、フライパンで焼いて、醤油、砂糖、みりんを同量混ぜたタレをからめる......らしい。
「おもしろいなあ」
 莉奈は思わず、レシピを見ながら言った。
「何が?」
「こんなおいしいものなのにさ、あの赤飯もそうだけど、東京や日本中ではぜんぜんしられてない料理じゃない? 不思議だなあと思って。いももちなんて、手軽だし、子供のおやつとかに大流行してもいいようなものなのに」
「そんなに気に入ったのか」
「北海道料理っていうと、カニとかいくらとか、お寿司とかジンギスカンとか......ご馳走は有名だけど、そういうのじゃなくて、こういう普段の料理は知られてないよね。ここにいる間に習いたいなあ」
「そうか」
 莉奈はまた、丁寧にお礼の手紙をしたため、今度はカップケーキを焼いて、渡辺さんに渡してもらった。
 渡辺さんからは奥さんがとても喜んでいる、という伝言と、「秋になったら、うちに一度遊びに来たら。その時、いろいろ教えてあげるから」というお誘いを受けた、と報告された。
 大樹も莉奈も、やっと北海道という土地になじめそうな気持ちになっていた。

 ――そろそろ、私も北海道に行ってみたいんだけど。
 九月の半ばに母からLINEが来て、また、ぎゅっと胸をつかまれたような衝撃が走る。
 実の母からの連絡なのに、こんなにショックを受けるなんて、と思いながら、それを開いた。
 ――来週、仕事の関係で札幌に行くので、一日、観光できませんか。夜は大樹さんも含めてご飯を食べられれば嬉しいです。札幌駅前のホテルを取りました。
 指定された日は金曜日で、平日だけど、大樹も一緒にご飯を食べることは問題がなさそうだった。土曜日に仕事をして、日曜日に東京に戻るらしい。
 ちゃんと読めば、何日も母と行動するわけではなく、たった一日付き合えばいいらしいということがわかる。
 八月の終わり頃からぐっと温度が下がり、涼しい日々が続いている。朝晩は寒いほどだ。まだ残暑が厳しい東京からきたら、それだけでも満足してもらえるかもしれない。
 どんなところを回りたいのか尋ねると、札幌は初めてなので一般的な観光地に行ければいいという答えが返ってきた。
「じゃあ、俺はその日、車を使わないようにするから、莉奈がお母さんを案内してあげればいいんじゃない?」
「そうだね......」
 大樹と相談するうちに、少し気持ちが落ち着いてきた。
 結婚するまでは同居していたわけだし、一日くらい一緒に行動するだけでどうしてこんなに気持ちが揺れたのか、と自分でもおかしく思う。
 きっと、一日中「仕事を探せ」「女性でも仕事がなかったら生きていく甲斐がない」「人生何がおきるかわからないのだから」等々、説教されるのがわかっているから気が重いのだと思った。
 しかし、それも、もうしばらく適当に流して、そのうち子供ができたらそれを理由に延長すればいい。
 不安の気持ちを見つけ出し、答えを見つけると、やっと母を迎える心がまえができた。

母親からの小包はなぜこんなにダサいのか

Synopsisあらすじ

吉川美羽は、進学を機に東京で念願の一人暮らしをはじめる。だがそれは、母親の大反対を振り切ってのものだった。
頼れる知人も、また友人も上手く作れない中で届いた母からの小包。そこに入っていたものとは……?

Profile著者紹介

原田ひ香(はらだ ひか)
1970年神奈川県生まれ。2006年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。
著書に『三千円の使いかた』、『口福のレシピ』などがある。

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