母親からの小包はなぜこんなにダサいのか第二話 ママはキャリアウーマン(3)

 こちらに引っ越してきてから、スーパーに、ずっと違和感のある一角があった。
 惣菜売り場だ。
 ほとんど手作りで食卓を整えているから、そこに立ち寄ることはまずない。けれど、スーパーの売り場の最後の方に並んでいるから、動線に従っていると自然に前を通り目を奪われる。
 数々の揚げ物やおいしそうな煮物に混じって、赤飯が二種類、並んでいる。
 普通のと、なんだかやたらと豆が大きい赤飯と。普通の小豆の三倍くらいある赤い豆は、金時豆のように見えた。
 最初は、「ふーん、北海道は金時豆を使う赤飯があるのかな」と思ったくらいだった。
 時間が経つにつれ、「赤飯を炊く時、小豆と同じように金時豆を一緒に入れて、ちゃんと柔らかくなるのかしら?」「ならないとしたら、豆は別に煮ておくのかな。手間がかかりそう」「小豆みたいに金時豆はご飯を赤くできるのかな」......次々、疑問がわいてきた。最初に気になってから数週間後、やっと手に取った。
 その時、気がついたのだ。その赤飯のシールには「赤飯(甘納豆)」と書いてあることに。
「甘納豆......?」
 さらに頭をかしげずにはいられなかったが、一方で妙な納得感もあった。
 この大きな豆は甘納豆だったのか。さらに近くで見るとご飯の部分が妙に赤い。
 赤飯なのだから当たり前だと言われそうだが、隣の普通の赤飯と比べても、鮮やかなピンク色である。
 味がまったく想像できない。
 食べてみたい、という気持ちもないではない。しかし、特に何もない普段の日に赤飯を食べる、という習慣は莉奈にはなかった。
 だいたい、と惣菜売り場を離れながら、莉奈は考えた。
 普通の赤飯というもの自体、あまり食べたことないな、と思う。
 まず、母の敬子が赤飯を作らないし、教えてもらったこともない。
 敬子はお祝い事があれば高級レストランでご飯を食べることを好んだし、もしどうしても赤飯が必要なら買ってきたはずだ。
 赤飯は確か、小豆を水に浸して、ご飯は餅米を使うのではなかったか......我ながら料理上手と思っている莉奈でも、とっさには作り方が思い浮かばなかった。
 結婚してからも赤飯を炊いたり食べたことはない。夫の大樹は和食があまり好きではないし、赤飯を炊くような行事もなかった。
 そんなふうに考えながら、莉奈はスーパーに寄るたびにちらっと北海道の甘納豆の赤飯を見てしまうようになった。
 時には手に取って、じっと見たりする。でも、買う気にはなれない。
 赤飯を食卓にのせるなら、他のおかずも和にしなければならないし。いったい、この甘納豆が混ざったご飯になんのおかずを合わせたらいいのかわからない。
 さらに一ヶ月ほど経った時、いよいよその機会が訪れた。
 莉奈が甘納豆赤飯をじっと見ていたら、それをまさに手に取ってカゴに入れた老婦人がいたのだ。
「あの」
 自分でも驚いたことに、莉奈は話しかけていた。そんなこと北海道に来て初めてのことだった。
「はい? 何?」
 ありがたいことに、彼女は温和な顔でこちらを振り返った。
「あの、これ......お赤飯ですけど、あの、どんな味っていうか、あの、この赤飯と、こっちのと、味、違うんですか」
 あまりにもドキドキして、質問がしどろもどろになってしまった。
「あなた、もしかして、内地の人?」
「え?」
「北海道じゃないの? 本州の人なの?」
 北海道では東京など、本州のことを「内地」と呼ぶのは知識としては知っていたが、使っているのを聞くのは初めてだった。
「あ、はい」
「じゃあ、知らないのね。これはね、北海道の赤飯。甘納豆が入っててね、おいしいのよ」
 彼女はにっこり笑った。
 しかし、その説明では味のことはわからない。
「甘いんですか」
「うーん、甘いって言うか......まあ、甘いけど、ご飯の部分はそんなに甘くないわよ。お店によってはね、しょっぱいときもあるの。店によって結構、味が違うからね。私はここのが好きなの。昔は自分でも炊いたけど、一人になったからもう作らなくなって、もっぱらここのを買ってるの」
「じゃあ、ご飯の味は普通の赤飯と同じですか」
「いえ、それは違うわよ、ぜんぜん違う。だって甘納豆だもの」
 どうも、自分で食べてみないと味はわからないような気がした。
「このピンク色は、甘納豆の色ですか」
「いいえ、これはね、紅。食紅を使ってるの」
「へえ」
 感心していると、彼女は「とにかく、食べてみなさいよ。おいしいわよ」と言って、去って行った。

「なんだよ、今日はなんかあったの?」
 思った通り、食卓に並んだ赤飯を見て、大樹は声を上げた。
「ううん、違うんだけど......まあ、こういうのもたまにはいいかな、と思って」
 お赤飯に何を付けようと悩んで、あさりのすまし汁、おひたし、塩鮭、玉子焼きなどを作ってみた。
「まあ、たまには和食もいいかな」
 そんなふうに言いながら、大樹は箸を取った。
「いただきます」
 莉奈もまずはすまし汁を飲んで箸を潤してから、赤飯を口にした。
「う」
 口に入れたまま、絶句してしまう。
 これ何、と声にならない声を心の中で上げていた。
 まずい......のではない。けれど、自分が思っていた味とあまりにも違っていて、声が出ないのだ。
「んんん?」
 大樹も箸と茶碗を持ったまま、目を泳がしている。
「ごめーん、大樹、これね」
 莉奈が説明しようとした矢先、
「......うまいじゃーん!」
 大樹が大きな声を上げた。
「何これ、甘くておいしいね。こんなおいしい赤飯、初めて食べたよ」
「え」
 大樹は鮭をむしって口に入れ、また、赤飯を食べる。
「しょっぱいものと合わせるとまたおいしいよ。なんだ、これ。莉奈が作ったの?」
「いや......」
 莉奈も慌てて、もう一口、二口、と食べ進んだ。
 そうして食べていくと、確かにこれはこれでおいしい。
 最初は普通の赤飯か、それに近い状態のもの、例えば、かやくご飯のようなものを予想して口にいれたからびっくりしただけで、こういうものだと思って食べれば悪くない。
 これはむしろ、和菓子だ。
 おはぎだとか、豆大福だとかそういうものに近いかもしれない。
 甘納豆の甘みが柔らかくもちもちしたご飯を、優しく包んでいる。
 莉奈は前に、会社でお土産としてもらった、京都の赤飯まんじゅうを思い出した。普通の赤飯を甘い皮でくるんであるものだ。そういうお菓子と同じ部類かもしれない。
「いったい、これ、どうしたの? 莉奈が作ったの?」
 大樹にもう一度、問われて、やっと答えた。
「実はね、これ、こっちのスーパーで前からよく売っていて、赤飯は赤飯でも、甘納豆の赤飯て書いてあるから、いったい、どういうものかと思って買ってきてみたんだ」
「へえ、こんなの初めて聞いたし、初めて食べたよ」
「私も。こんなに甘いと思わなかった」
「でも、おいしいね。北海道っておもしろい」
 ここまで、仕事のつらさもあって、この地に否定的な意見が多かった大樹が初めて褒めた。
「また買ってきてよ」
「うん、自分でも作れるみたいだから、私も試してみたいな」
 思っていた以上に、楽しい夕食となった。

母親からの小包はなぜこんなにダサいのか

Synopsisあらすじ

吉川美羽は、進学を機に東京で念願の一人暮らしをはじめる。だがそれは、母親の大反対を振り切ってのものだった。
頼れる知人も、また友人も上手く作れない中で届いた母からの小包。そこに入っていたものとは……?

Profile著者紹介

原田ひ香(はらだ ひか)
1970年神奈川県生まれ。2006年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。
著書に『三千円の使いかた』、『口福のレシピ』などがある。

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